それが恋じゃなけりゃなんだってんだ

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前の話→これを恋と呼ぶわけにはいかない

 雨宮とは、たまたま退社時刻が被りエレベーターで一緒になった。何やら深刻そうな顔をしていたので声をかけると、飲みに誘われた。あまり人と話したがらない雨宮がオレを誘ってきたということは、おそらく彼女にとってオレは話しやすい部類の人間なのだろう。特に予定もなかったので付き合ってやることにした。

 雨宮は入社当初はそこそこ積極的に発言するタイプだったのだが、言葉足らずというか忖度を知らないというか、物言いがとにかく率直で、場の空気を凍らせる天才だった。オレは雨宮のそういう破天荒さが面白いと思っていたが、本人は案外と繊細なのか、そういう雰囲気を察して次第に周囲と話さなくなっていった。とはいえ話しやすい人間はいるようで、決まった相手と一緒にいるところをよく見る。女子連中はそれが気に食わないのか、コイツに対してあることないこと噂していることがある。オレは面倒臭いので首を突っ込まない。触らぬ神になんとやらだ。業務に支障が出ない限りは。

 愚痴る相手がオレでいいのかと聞いたら「ランサー先輩はまかり間違っても絶対にわたしのこと好きにならないから」と雨宮は言った。「そんなの、きっかけがあればお前にだってオレにだってわからねーだろ」と返したら、「それ最近別の人に全く同じことを言われました」と少し苦しげに笑っていた。

「むかつくんです」

 ビールを一気に煽り、カウンターテーブルに音を立ててジョッキを置いたあと、雨宮はそう吐き出した。普段は冷静に振る舞い、飲み会でも隅で大人しくしているため、正直この姿は意外だった。

 狭い敷地にできるだけ詰め込まれたテーブルに一部ビールケースを椅子の代わりにした席と、奥行きの狭いカウンターがある大衆的な居酒屋にオレたちは入った。女性を連れて入るのは少し憚られるような安っぽい店だったが、別にコイツを口説くつもりはないのでいいだろう。無愛想な中国人アルバイトにカタコトの日本語で人数を確認され、ちょうど二席空いていたカウンターに通された。念のため席に着く時に店全体をざっと見回したが、幸い同じ会社の人間は見当たらなかった。

「オレ、なんかしたか?」

 怒りの矛先は明らかに自分ではないとわかったが、念のため聞き返す。雨宮は少し焦って、いえ、と短く否定した。

「……むかついてるのはアイツです。あのいけ好かない白髪頭」
「あー。そういや今日はその白髪頭はどうしたんだ?一緒じゃないのか」
「なんで常に一緒にいる前提なんですか」
「実際いつも一緒だろ。お前ら付き合ってんじゃねえの?」
「付き合ってません!」

 雨宮は食い気味に否定した。その声の大きさに、ガヤガヤとした周囲が一瞬静まり返った。左右の客もこちらを訝しげに見ている。ハッと我に返り、雨宮は恥ずかしそうに俯いてしまった。

「てっきりできてるのかと思ってた。ってか、オレじゃなくてもそう思うぜ」
「そんな……アイツはただの同僚、友人です。友人ていうより、利害関係みたいな」
「なんだそりゃ」

 オレは煙草に火をつけた。雨宮はアーチャーとの関係を話し始めた。

 二人は同期入社で、共に一人暮らしだ。偶然にもマンションの部屋が隣で、行き帰りによく鉢合わせていたらしい。顔を合わせる度に雨宮がコンビニ弁当ばかり食べているのを見兼ねて、アーチャーが手料理を振舞って以来、雨宮はほぼ毎日のようにアーチャーの部屋で料理を食べさせてもらっているということだった。

 オレは唖然とした。そこまでの関係で「ただの友人」だなどと、コイツの警戒心のなさも中々だが、アイツの朴念仁ぶりも大概だろう。なんの警戒心もなく自分の家に上がり込む女がいたら、オレなら三回目には手を出す。いや、今はそれはどうでもいい。もちろんご馳走になるので食材はわたしが買ってきています、と雨宮が得意げに付け加えていたが、それはさらにどうでもいい。とにかく二人してどこかおかしいのだけは理解出来た。オレは思わず天を仰ぐ。話しているうちにいつの間にか周囲のざわめきは戻っていた。

 頭を整理するため、煙草を思いっきり吸って煙を吐き出した。自分の常識から外れた関係に面食らってしまったが、主題はそこじゃない。これはまだ前置きだ。気を取り直して最初の言葉を問い直す。

「で、一体何にむかついてるんだ?」
「その……アーチャーが……ほかの女の人に言い寄られてたことです」
「ほう、妬いたのか」

 なんだコイツ、アーチャーに対してそれなりの感情はあるんじゃねえか。オレは少し安堵したが、雨宮は間髪入れずに違います、と否定した。

「違うんです。誓って言いますが、前は全然平気だったんですよ? アイツ、誰にでも優しいじゃないですか。女の人と話してるだけならよくあることだし、言い寄られることもしょっちゅうだから、全然気にならなかった。確かにアーチャーにイライラすることはあったけど……それはあいつが何の見返りも求めないからで……。誰かと話してることにむかつくなんて、これまで本当になくて……」

 早口でまくしたてたと思ったら、話が進むにつれ歯切れが悪くなっていった。それでもオレは黙って聞いていた。相槌の代わりに煙を吐き出す。

「多分、相手はアーチャーのこと好きです。連絡先聞いてたりしましたし……。アーチャーも、満更でもない顔してました。今日、ご飯に行くそうです。アーチャーは帰り際わたしに、ちゃんと栄養に気をつけて食べろと言って帰りました。別に、アーチャーが誰とごはん食べに行こうがわたしは平気ですけど……ただなんかこう……モヤモヤがおさまらなくて……なんでかわからないんですけどむかつくんです」

 少しの間のあと、雨宮は「多分わたしは自分の器の狭さに腹が立ってしょうがないんです」とこぼした。これだけあからさまな状況で出す結論が自責の念だというコイツの難儀さに、少し目眩がした。そもそもこの言い分も、感情と思考がちぐはくで矛盾だらけだ。平気と言いながら、今の状況が全然平気じゃないことの何よりの証拠だ。何がコイツをそこまでさせるのかはわからないが、素直に認められない何かがあるのだろう。

「……雨宮、お前アーチャーのこと好きだろ」
「好きじゃないです」
「どの口が言うか」
「なんでですか」
「お前の話を総合すると、それ以外考えられねえからだよ」

 煙草を灰皿に押し付けて、ジョッキに残ったビールを煽る。酸化してまずくなっていたので一気に飲み干した。二人分の空ジョッキをカウンターに置くと、すかさず屈強そうな店員がやったきて提げようとしたので、ついでに生二つを追加で頼んだ。オレは身体を少しひねって雨宮の方に顔を向けた。雨宮もつられてオレの方を向く。

「いいか、雨宮。こないだアーチャーが言い寄られてるの見てもやもやしたんだろ?」
「はい」
「そりゃ嫉妬ってやつだろ」
「いや、だから違いますよ……仮に、百歩譲ってそうだったとしても、わたしにそんな資格はないです」
「バーカ、感情に資格とか関係ねえよ」

 オレがそう言うと、雨宮は黙り込んでしまった。割と核心を突いた言葉だったらしい。言い返したいけれど言葉が見つからない、といった表情で、オレの顔と膝の辺りに視線を行ったり来たりさせていた。

「チッ、しゃーねぇな。いいか、自分の胸に手を当てて、正直に答えろよ」

 雨宮の視線を捕まえてそう言うと、雨宮もオレの方を再び見て頷いた。その目には若干の不安と戸惑いを孕んでいたが、それでもじっと見つめ返してきた。

「アーチャーの飯は美味いか?」
「はい」
「言い寄られてるのを見て、むしゃくしゃしたんだろ?」
「はい」
「前はしなかったのに」
「はい」
「あいつと一緒にいるのは楽しいか?」
「まあ、はい」
「……あわよくばセックスしたい?」
「…………それはどうだろ?」

 雨宮は少しの間のあと、視線を逸らした。

「いや、そこは『はい』だろ!!流れ的に」
「正直に答えろって言ったのは先輩です」
「そうだけどよ……」

 オレは頭を抱えた。まあ確かに、好きになったら即セックスとか、そもそも恋愛感情さえ自覚できない奴には考えられないか。我ながら質問が性急だったと反省した。誘導尋問など、慣れないことはするべきではない。オレの雑な策略は失敗に終わったが、横目に見えた雨宮の表情は少し緩んでいた。どうやら緊張を解す効果はあったらしい。まあ食え、と手元の枝豆をいくつか取って皿を雨宮に渡すと、軽く頭を下げてから、遠慮がちにひとつ取って口に含んだ。こちらは複数のさやから一気に取り出した枝豆を口に放り込み、さや入れの小皿にさや放り入れた。豆を咀嚼して飲み込むと、オレは再度口を開いた。

「あー、まあセックス云々はともかくだ。お前さっき器が狭いって言ってただろ。前に比べて狭くなったと感じたなら、お前の想いが大きくなったって捉えることはできないのか?」

 オレの言葉に、雨宮はハッとしたように目を見開き、少し考えるようなそぶりを見せた。

「……その発想はなかったです。でも、先輩はわたしの感情をどうしても恋愛方面に持っていきたいんですね」
「オレが持っていきたい訳じゃなくて、客観的に見てそうだって言ってんだよ」
「でも恋愛は主観的な感情ですよ」
「ああ言えばこう言う奴だな……。じゃあ他に可能性があるのか? っつーかお前自身は、その感情に対してどうしたいんだよ」

 雨宮はまた黙り込んだ。こいつは自分の気持ちを語る場面になると黙り込むようだ。別に頭が悪い訳ではない。むしろ人一倍思考が回るから、感情にアクセスするのに時間がかかるのだろう。

「どうしたらいいかわからないから、相談してるんじゃないですか」
「……そうだったな」

 雨宮の目は心做しか潤んでいたが、その涙が酔いのせいか泣きそうなのかの区別はつかなかった。しかし絞り出した声はか細く、ダメージを受けているのは明らかで、流石に詰めすぎたと反省した。

 オレは二本目の煙草に火をつけ、雨宮の言葉を待つことにした。そうこうしているうちに頼んでいたビールが届き、雨宮はまたそれを一気飲みし、大きく息を吐く。しかし言葉はない。沈黙の間を、周囲のガヤガヤとした声が埋めていく。しびれを切らしたオレは、それを振り払うように、灰皿に灰を落とし、口を開いた。

「……あのな雨宮、お前は資格だの何だのと、自分の感情にやたらとケチをつけるがな。そういう細々こまごました言い訳をとっぱらって、一度正直に話してみろ」

 雨宮は不安そうにこちらをちらりと見やった。オレは、別に誰にも言わねえから、とできるだけ優しく付け加えた。

「なんか先輩、カウンセラーみたいですね」
「お前がめんどくせえからこんなんになってんだよ」
「あはは、やっぱわたしって、めんどくさいですよね」

 雨宮は自嘲的な笑みを浮かべた後、視線を泳がせた。そして軽く俯き、少し黙ったあと、ぽつぽつと言葉を紡ぎ始めた。

「……叶うことなら、ずっと、アーチャーのご飯食べたい、です。美味しいし、ちょっとめんどくさいところはあるけど、気も合うし。……アイツの前では、飾らずにいられる」

 それなら、とオレが言いかけたところで、畳み掛けるように言葉を重ねる。

「誰かが好きだってんならそれでも構わない。それがアイツの幸せなら、わたしはそれでいいです。それを素直に喜べないこんなモヤモヤ、いらないんです。わたしには」

 雨宮は必死に何かを堪えながらそう言って、最後の最後に「ただ……関係がこじれて嫌われるのは、いちばんイヤです」と、シンプルな本音を零した。

 好きなことは認められないのに、関係を壊したくないという気持ちだけはハッキリとある。ああ、コイツはただ怖いだけなのだ。目の前の安寧が壊れてしまうことが。そしてその原因が、自分の中にあるということも薄々気付いているんだろう。しかし、それを認めるのも怖い。コイツは結局のところ、ただ臆病なだけなのだ。他人にも、自分の感情に対してさえも。

 感情を理性で断じるような思考は、強い感情から自分を守る為の殻だ。周囲に対する歯に衣着せぬ物言いも、その臆病さを隠すためのものなのだろう。だから誰もコイツの本質には気付いてない。本人さえも無自覚だ。アーチャーはどうだろうか。せめて、アイツくらいは気付いてやれてるといいんだが。しかしどうやったらこんな、自分でも解けない迷路みたいな精神構造になるんだか。

「あー……それの解決方法、いっこだけあるぞ」

 オレの言葉に、雨宮はパッと顔を上げた。目には涙が滲んでいる。これは酒のせいか、それとも。いや、その問いはもう野暮だ。雨宮の目をしっかり見据え、念を押す。

「お前がちゃんとアイツが好きだって認めることだ。そんでそれを伝えて、付き合え」

 もっと頭がキレてちゃんとした資格のある奴ならもう少し優しく丁寧なアドバイスができたのかもしれないが、生憎とオレは回りくどいのは得意じゃない。迷路の壁は壊して最短距離を進む。

「言っただろ。感情に資格とか関係ねえって。だいたい、そんなもん誰にもねえんだよ。お前が素直に、アーチャーのことをどう思ってるかを認めろ。嫌われるのが怖いってことは、それほど相手が大好きだって言ってるのと同じだ」

 雨宮は息を飲んだ。そして何かを口にしようと微かに唇が動くが、言葉にはならない。代わりに目の奥が揺らぐ。しかし、そのあとその目は色をなくし、ふっと視線を逸らした。

「先輩は、わたしがアーチャーとくっついたらいいと思ってるんですね」
「その方が丸く収まると思ってるだけだ。仕事に支障が出なけりゃなんでもいい」
「もしフラれたら、立ち直れなくて仕事に支障出ちゃいますよ」
「そんときゃオレがもらってやるよ」
「……先輩は嘘が下手ですね」

 別に嘘をついたつもりはなく、十中八九アーチャーが断るとは思えないから、オレがどうこうする必要がないと思っているだけだが。それでも、雨宮がオレにその気がないことを見抜いていた事には変わりないか。全く、それがわかるのに何故肝心な事がわからないのか。恋は盲目とは言うが、それが相手に対してじゃ埒が明かないだろう。

「お前な、オレの嘘はわかるのに、なんでアーチャーの本音はわかんねえんだよ」
「先輩はわかりやすいんです。……アーチャーは、自分がないっていうか……アイツきっと、どこか壊れてるんですよ。だから誰にでも見返りを求めず優しくできる。みんなのため、が好きなんです。自分に執着がなければ、他人にも執着がない。そんなあいつが、誰か特定の人間に執着を持つなんてありえない」

 アーチャーの執着、か。壁のぶち壊しはどうやら効果があったらしい。コイツの恐怖心の鍵を見つけた気がした。

「お前、まだ勘違いしてるな。あのなぁ、執着を持たない人間なんていねえよ。それはどんな奴であっても、自覚と無自覚にかかわらず、だ」

 これは高校から大学とずっとアーチャーと腐れ縁のオレだからこそ、胸を張って言える。誰にでも執着はある、あのアーチャーですら。と言うかアイツこそ執着の塊みたいなものだ。その方向性が人とずれているだけで。毎日一緒に飯を食っているくせにアーチャーに執着がないように見えるなら、アイツがそれを隠すのが上手いか、運良く露呈する機会がなかっただけだろう。

「そして、もう一ついいことを教えてやる。人は尽くしてくる相手よりも、頼られた相手を好きになるんだ。これは心理学でも言われてる」
「つまり……」
「……わからねえか?」
「アーチャーは、みんなが好き?」
「お前やっぱバカだろ」
「ひどいなあ」

 雨宮は笑いながらも、真剣に聞いていた。

「今アーチャーを一番頼ってる奴は誰だ?」
「…………わたし、ですか」

 雨宮は、恐る恐る、心の奥の方から取り出した言葉を口にした。

「そうだよ。他でもない、お前だ」

 オレはそれを、その場に打ち付けるように一言一言丁寧に置いていく。雨宮は目を見開いたあと、視線を少し下げた。しかし俯かず、ただフラットに事実を受け止めているという様子だった。心の中の鍵がかかっていた部分の錠前が外れ、ドアが開き、中から押し込めていたものが少しずつ漏れ出す気配を感じた。見開いた目から、涙が一筋こぼれ落ちた。

「……先輩。そうしたらわたし、ずっと勘違いしてたことになります」
「ああ、そうだな。その勘違いはちゃんとあいつに伝えてやれ。多分届くから」

 雨宮は人差し指で軽く涙をぬぐい、小さく頷いた。まだ信じられないと言ったような表情をしていたが、どこか清々しさがあった。心の奥の迷いが晴れたのだろう。

 そのあと雨宮はスッキリしたのか、焼き鳥をたらふく食べた。とても美味しそうに食べた。汚いという感じではなく、なんというか本当に「美味しそうに食べる」という形容が一番合う食べ方だった。その姿を見ると、普段の無愛想さとのギャップも相まって、ああ、なるほどこれは、アイツが気に入るのもわかるな、などと思った。

 会計時に、話を聞いてもらったので奢ります、と申し出られたが、流石に後輩に奢られてはメンツが立たないのでそれは断った。仕事が円滑に進めば文句はねえよ、と一言付け加えて。



「そういえば、先輩はわたしを口説かないんですか」

 駅までの道中、雨宮はこんなことを聞いてきた。今まさにお前の恋愛相談を受けていた男になんてことを聞くんだコイツは。雨宮の空気の読めなさはもはや天才的だ。単純に、知的好奇心なんだろうが。

「あのな、お前は男がみんな自分を口説くと思ってんのか?」
「思ってないですけど、先輩はタラシなので」
「タラシにも選ぶ権利はあるぞ。お前のようなめんどくさい奴は性に合わん」
「あはは、ひどい」
「見た目は好みなんだがな。ってことでどうだ、後腐れがない感じでこの後」
「先輩、最低です」

 冗談で誘うと、雨宮も冗談めかして返した。その笑顔に、先ほどのような苦しげな様子はない。

「だろ? ……だからアイツにしとけ」
「アイツも大概ですよ」
「めんどくさい奴同士、お似合いだよ」

 だからとっととくっつけ!と背中を軽く叩くと、雨宮は痛いです、と眉根を寄せながらも、どこか楽しげに笑っていた。

 駅に着いた。路線が違うので改札前で別れる。雨宮は、今日はありがとうございました、とお辞儀をし、改札を通って行った。もう一度振り返り会釈をした雨宮に、軽く手を上げて返し、ホームに続くエスカレーターを駆け上がっていく背中が見えなくなったのを確認して、踵を返した。

 先行きはやや不安ではあるが、似た者同士、片方が心を開けば、あとはなるようになるだろう。軽く伸びをして見上げると、ちょうど空のてっぺんに、もうすぐ満ちる月が輝いていた。
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