Let me get (a) lip !
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お店奥のカウンターでカフェラテを受け取り、先にコーヒーを持って席に着いていたランサーの隣に座る。休日午後の店内はかなり混んでいて、空いていたのは窓際のカウンター席の端だけだった。外の日差しがブラインド越しにやわらかく降り注ぎ、ランサーの赤い瞳がきらきらと光って見える。本当は奥にあるソファ席に座りたかったのだけど、それがきれいだったので、カウンター席も悪くないと思った。
今日は新都にある、ドリンクの注文難易度が高いことで有名なシアトル系カフェに来ていた。友人とは何度か来た事があるけど、ランサーと来るのは初めてだ。
これまではカフェラテやカフェモカなど、既にあるメニューをそのまま頼んだ事しかない。しかし、今日はある理由から勇気を出して簡単なカスタマイズをしてみたのだ。と言っても、カフェラテにシロップを追加してもらっただけ。注文のとき緊張して少し噛んでしまい、ものすごく恥ずかしかったが、店員さんは優しい笑顔で対応してくれた。
その勇気の結晶は今、わたしの手の中にある。カップのフチまで注がれたふわふわのフォームミルクの真ん中には、ミルクを注ぐ過程でできたハートマークが浮かんでいた。注文できた達成感と、ハートマークの可愛さに、つい頬が緩んでしまう。
「飲まんのか?」
ランサーは頼んだものを飲まずにいつまでも眺めているわたしを少し不思議そうに見ている。
「あっ、うん……飲むけど」
「何ニヤニヤしてんだ。それ、そんなに好きなのか?」
「そういう訳じゃな……いや、ある意味ではそうだけど。ちょっとちがう、というか……ほんと、なんでもないよ!」
にやけ顔の理由ははっきり言って自己満足で、ランサーには恥ずかしくて言いたくなかったのだけど、テンションが上がりすぎて変な誤魔化し方になってしまった。それが彼の好奇心を刺激してしまったのか、ランサーは「何だよ、気になるだろ」と突っ込んできた。わたしの反応を面白がるように笑い、ただでさえ肩の触れそうなカウンター席で、身体と顔を寄せてくる。つられて後ずさるも、残念ながら背中には壁があり、これ以上下がれなかった。「恥ずかしいから言わない」ともう一度と拒むも、ランサーは引き下がりそうにない。
少しの間見つめ合った末に、観念して理由を切り出した。
「……あのね、これ、ヘーゼルナッツシロップを入れてもらったの。ヘーゼル、つまりハシバミの実」
ハシバミ。ケルト圏で信仰されている樹木のひとつ。ケルト神話にも度々登場する。知恵の樹とされ、枝や実は魔術や祭事に使用されたという。ランサー、もといクー・フーリンが武者立ちをするその日、子供たちに囲まれたカドバドの予言を聞くときによりかかっていた木だ。
「……だから、その……ランサーに縁のある飲み物だな、と思って……嬉しかったの」
改めて言葉にしてみるとやっぱり恥ずかしくなり、思わず目を逸らす。ランサーは先程まで寄せていた身体を引き姿勢を戻す。距離は開けど、すぐには言葉が返ってこない。沈黙に耐えかねてちらりと視線を戻すと、テーブルに肘をついてこちらを見ながら、まるで先程までのわたしのようにニヤニヤと頬を緩ませていた。
「なに笑ってるの」
「いや、別に?」
「わたしには言わせておいて、ずるい!」
「ははっ。……まあ、なんだ。いじらしいヤツだなァと思っただけだ」
思わぬ返答に頬がかっと熱くなる。いじらしいヤツ、そう言うランサーの表情はとてもやわらかく優しいもので、とてつもなく照れくさくなると同時に、多幸感で頬が溶けるほど弛緩しそうになる。
照れ隠しのために、少しうつむいてマグカップに口をつけた。そのままゆっくり傾けると、ほどよい温度でなめらかな口当たりのスチームミルクが口内に滑り込んできた。遅れてエスプレッソの苦みとシロップの甘みがやってくる。小さく喉を鳴らして飲み込むと、最後にヘーゼルナッツの香ばしい香りがふわりと鼻を抜けた。初めて嗅ぐのにどこか懐かしいその香りは、揺らいだ気持ちを、少しだけ落ち着けてくれるような気がした。
「そうか。ハシバミねえ……。しかし、ハシバミなんざどこにでもあったし、特別オレゆかりの木って訳でもなくねえか。ハシバミ絡みの伝承なら、フィンの坊主の知恵の鮭の方が有名だろう?」
ランサーはもっともなツッコミを入れてきた。もっともだけど、野暮だ。もちろんわたしだって、こじつけなのはわかっている。しかし、わたしにとっては、ランサーに少しでも縁があれば、なんだって心躍る対象になるのだ。
「別にいいの! 飲みたかったんだもん。それくらい、好きだから」
“ランサーが”という言葉は、なんだか悔しくて飲み込んだ。ついでにカフェラテももう一口飲み込む。ほどよい甘さと温かさの液体が喉の奥を滑り落ちる感触と共に、気持ちの波も穏やかなものに戻っていく。ムキになるわたしを見て「そうか」と少し笑ったあと、ランサーもコーヒーの入ったマグカップに口をつけた。
ブラインドの隙間から、街を歩く人々が見えた。休日を満喫する人々の足取りは、平日の通勤ラッシュのそれに比べるとかなり穏やかだ。恋人や家族、友達同士。様々な関係性の人々が行き交う。ちびちびとカフェラテを飲みながら、それをぼんやりと眺める。
「美味いか?」
「うん、美味しいよ」
「オレにも一口くれ」
「仕方ないなぁ、いいよ」
窓から視線を外し、ランサーの方にマグカップを差し出そうとすると、言い終わるか終わらないかというところで、ふいに唇にやわらかいものが触れた。
突然の出来事に、頭が真っ白になる。顔が近い。っていうか、まつ毛長いなあ。瞼すら動かせないまま、的を得ない思考が宙を舞い、なんとか着地して、キスされたと理解できたときには、既に唇は離れていた。
何すんの──そう言いかけて口の中の違和感に気付く。エスプレッソとは確実に違うコーヒーの苦味がある。
つまり、ただキスされただけじゃなくて、舌を入れられた。不意打ちで、しかも、人前で。
「なるほど、こりゃ確かに美味い」
そう言って唇に微かについたミルクを舐め取る彼の表情は先程のやわらかな微笑みではなく、艶っぽい男の笑みで、ブラックコーヒーが混ざってほろ苦くなった唾液を、思わずごくりと飲み込んでしまった。
顔は熱いし心臓はうるさいし、言いたいことは色々あるはずなのに、全然言葉にならない。それどころか、もう離れてしまったはずの唇の、触れ合った瞬間のやわらかな感触がどんどん鮮明になってきて、思わず唇に指を当てる。
「今多分、口ん中おんなじ味だぜ、オレたち」
ランサーがニヤけて、わざわざ言わなくてもいい事を口にするものだから、唇に当てた指の先まで熱くなってしまった。
というか、どうせならちゃんと味わって欲しい。
せっかく貴方を想って注文したんだから。
今日は新都にある、ドリンクの注文難易度が高いことで有名なシアトル系カフェに来ていた。友人とは何度か来た事があるけど、ランサーと来るのは初めてだ。
これまではカフェラテやカフェモカなど、既にあるメニューをそのまま頼んだ事しかない。しかし、今日はある理由から勇気を出して簡単なカスタマイズをしてみたのだ。と言っても、カフェラテにシロップを追加してもらっただけ。注文のとき緊張して少し噛んでしまい、ものすごく恥ずかしかったが、店員さんは優しい笑顔で対応してくれた。
その勇気の結晶は今、わたしの手の中にある。カップのフチまで注がれたふわふわのフォームミルクの真ん中には、ミルクを注ぐ過程でできたハートマークが浮かんでいた。注文できた達成感と、ハートマークの可愛さに、つい頬が緩んでしまう。
「飲まんのか?」
ランサーは頼んだものを飲まずにいつまでも眺めているわたしを少し不思議そうに見ている。
「あっ、うん……飲むけど」
「何ニヤニヤしてんだ。それ、そんなに好きなのか?」
「そういう訳じゃな……いや、ある意味ではそうだけど。ちょっとちがう、というか……ほんと、なんでもないよ!」
にやけ顔の理由ははっきり言って自己満足で、ランサーには恥ずかしくて言いたくなかったのだけど、テンションが上がりすぎて変な誤魔化し方になってしまった。それが彼の好奇心を刺激してしまったのか、ランサーは「何だよ、気になるだろ」と突っ込んできた。わたしの反応を面白がるように笑い、ただでさえ肩の触れそうなカウンター席で、身体と顔を寄せてくる。つられて後ずさるも、残念ながら背中には壁があり、これ以上下がれなかった。「恥ずかしいから言わない」ともう一度と拒むも、ランサーは引き下がりそうにない。
少しの間見つめ合った末に、観念して理由を切り出した。
「……あのね、これ、ヘーゼルナッツシロップを入れてもらったの。ヘーゼル、つまりハシバミの実」
ハシバミ。ケルト圏で信仰されている樹木のひとつ。ケルト神話にも度々登場する。知恵の樹とされ、枝や実は魔術や祭事に使用されたという。ランサー、もといクー・フーリンが武者立ちをするその日、子供たちに囲まれたカドバドの予言を聞くときによりかかっていた木だ。
「……だから、その……ランサーに縁のある飲み物だな、と思って……嬉しかったの」
改めて言葉にしてみるとやっぱり恥ずかしくなり、思わず目を逸らす。ランサーは先程まで寄せていた身体を引き姿勢を戻す。距離は開けど、すぐには言葉が返ってこない。沈黙に耐えかねてちらりと視線を戻すと、テーブルに肘をついてこちらを見ながら、まるで先程までのわたしのようにニヤニヤと頬を緩ませていた。
「なに笑ってるの」
「いや、別に?」
「わたしには言わせておいて、ずるい!」
「ははっ。……まあ、なんだ。いじらしいヤツだなァと思っただけだ」
思わぬ返答に頬がかっと熱くなる。いじらしいヤツ、そう言うランサーの表情はとてもやわらかく優しいもので、とてつもなく照れくさくなると同時に、多幸感で頬が溶けるほど弛緩しそうになる。
照れ隠しのために、少しうつむいてマグカップに口をつけた。そのままゆっくり傾けると、ほどよい温度でなめらかな口当たりのスチームミルクが口内に滑り込んできた。遅れてエスプレッソの苦みとシロップの甘みがやってくる。小さく喉を鳴らして飲み込むと、最後にヘーゼルナッツの香ばしい香りがふわりと鼻を抜けた。初めて嗅ぐのにどこか懐かしいその香りは、揺らいだ気持ちを、少しだけ落ち着けてくれるような気がした。
「そうか。ハシバミねえ……。しかし、ハシバミなんざどこにでもあったし、特別オレゆかりの木って訳でもなくねえか。ハシバミ絡みの伝承なら、フィンの坊主の知恵の鮭の方が有名だろう?」
ランサーはもっともなツッコミを入れてきた。もっともだけど、野暮だ。もちろんわたしだって、こじつけなのはわかっている。しかし、わたしにとっては、ランサーに少しでも縁があれば、なんだって心躍る対象になるのだ。
「別にいいの! 飲みたかったんだもん。それくらい、好きだから」
“ランサーが”という言葉は、なんだか悔しくて飲み込んだ。ついでにカフェラテももう一口飲み込む。ほどよい甘さと温かさの液体が喉の奥を滑り落ちる感触と共に、気持ちの波も穏やかなものに戻っていく。ムキになるわたしを見て「そうか」と少し笑ったあと、ランサーもコーヒーの入ったマグカップに口をつけた。
ブラインドの隙間から、街を歩く人々が見えた。休日を満喫する人々の足取りは、平日の通勤ラッシュのそれに比べるとかなり穏やかだ。恋人や家族、友達同士。様々な関係性の人々が行き交う。ちびちびとカフェラテを飲みながら、それをぼんやりと眺める。
「美味いか?」
「うん、美味しいよ」
「オレにも一口くれ」
「仕方ないなぁ、いいよ」
窓から視線を外し、ランサーの方にマグカップを差し出そうとすると、言い終わるか終わらないかというところで、ふいに唇にやわらかいものが触れた。
突然の出来事に、頭が真っ白になる。顔が近い。っていうか、まつ毛長いなあ。瞼すら動かせないまま、的を得ない思考が宙を舞い、なんとか着地して、キスされたと理解できたときには、既に唇は離れていた。
何すんの──そう言いかけて口の中の違和感に気付く。エスプレッソとは確実に違うコーヒーの苦味がある。
つまり、ただキスされただけじゃなくて、舌を入れられた。不意打ちで、しかも、人前で。
「なるほど、こりゃ確かに美味い」
そう言って唇に微かについたミルクを舐め取る彼の表情は先程のやわらかな微笑みではなく、艶っぽい男の笑みで、ブラックコーヒーが混ざってほろ苦くなった唾液を、思わずごくりと飲み込んでしまった。
顔は熱いし心臓はうるさいし、言いたいことは色々あるはずなのに、全然言葉にならない。それどころか、もう離れてしまったはずの唇の、触れ合った瞬間のやわらかな感触がどんどん鮮明になってきて、思わず唇に指を当てる。
「今多分、口ん中おんなじ味だぜ、オレたち」
ランサーがニヤけて、わざわざ言わなくてもいい事を口にするものだから、唇に当てた指の先まで熱くなってしまった。
というか、どうせならちゃんと味わって欲しい。
せっかく貴方を想って注文したんだから。
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