スモーキング・ドッグ
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ある日のバイトの休憩中。店の勝手口から裏に出ると、ランサーさんが煙草を吸っていた。ここには灰皿が備え付けられており、よく喫煙者の従業員が集まっているのは知っていたが、彼がそうとは知らなかった。
ランサーさんはバイト仲間だ。高身長にがっしりとした体躯。海外の出身らしく、美しい色の髪と瞳は生まれつきだという。人懐っこく、お客さんはもちろん、従業員にも気さくな笑みを絶やさない。しかし今のランサーさんはまるで別人のように憂いを秘めた表情をしていて、私は少し貴重なものを見た気分になった。普段の雰囲気に惑わされて気づかなかったが、こうして見ると実は結構綺麗な顔立ちだと思った。その綺麗な顔に煙草というギャップが、言い知れぬエロスを醸し出していて、私の心臓ははからずも高鳴ってしまう。
こちらが声をかけるより先に私に気付いた彼は、表情をいつもの笑みに切り替え、おつかれさん、と言った。その声の響きと表情の変わりようは、今見たものは幻だったんじゃないかと思うほどだった。しかし、胸の鼓動と熱い衝動があれは現実だと告げている。動揺を悟られぬよう、できるだけなんともない風を装って話しかけた。
「おつかれさまです。……ランサーさん、煙草、吸うんですね」
「おう、まあな。お前さんも吸うのか?」
「いや、私は別に。ただの休憩です」
「そうかい。なら火は消した方がいいか」
「いえ、お気遣いなく」
正直煙草の匂いはそこまで得意ではなかったけれど、ランサーさんが煙草を吸っている姿をもう少し眺めていたかった。
紫煙が立ち上り、空中に消えていく。私は時折ちらちらとランサーさんの方に視線をやる。口元にかかる手の、やや節くれだった指の関節や、ほどよい厚みの唇の間から時折除く舌や八重歯を視界に捉えるたび、どうしようもない衝動が込み上げ、静かに生唾を飲み込んだ。次第に燃えて灰になるタバコの白い部分と共に、私の理性も削られるようだ。しばらくして、ギリギリまで短くなった煙草を灰皿に押し付け、ランサーさんはこちらを見た。こっそり送っていた視線が、ばっちりとかち合う。
「何見てんだ〜?」
「……あ、いえ……!! その……」
ランサーさんはニヤニヤとした笑みを浮かべていた。もしかして視線を送っていたのもバレていたのだろうか。でもまさか、ばか正直に「ずっと見てました」などと言う訳にもいかない。咄嗟に弁明が思いつかずあたふたする私に、ランサーさんは見当違いな予測を投げる。
「やっぱりお前さんも吸いたかったのか?」
どうやら私のやましい衝動はバレていなかったらしい。そう安心したのもつかの間、急にランサーさんが目の前に立ちはだかり距離を詰められる。ツンとした煙草の匂いが鼻をくすぐった。驚いて後ずさろうとするが、後ろは壁、横に逸れようにも顔のすぐ傍に腕を突かれ逃げ場がない。店の壁のレンガと制服のシャツの布が擦れる。再び心臓が高鳴り思わず生唾を飲み込む。その音は今度こそ、彼に聞こえてしまいそうだった。
「それとも、欲しいのはこっちか?」
私の唇を指さし、彼は言う。口角は上がっているものの、その笑みにいつもの親しみやすさは微塵もない。触れるか触れないかギリギリの距離。脳が全力で逃げろと警鐘を鳴らすのに、真っ赤な瞳に射抜かれ身体はもう一ミリも動かない。このまま食べられてしまうかも、と身構えた瞬間。
「……なんてな! 悪い。あまりに見つめられるもんで、ついからかっちまった。店長のじいさんには、このこと言わないでくれ、な?」
と、あっけなく解放されてしまった。
そして彼はあっけらかんと笑ったあと、じゃあな、と言いさっさと店内に戻ってしまった。あまりの急展開に私はどっと疲れ、その場にへたりこむ。
頭の中には、先程見た彼の瞳が焼き付いて離れなかった。
ランサーさんはバイト仲間だ。高身長にがっしりとした体躯。海外の出身らしく、美しい色の髪と瞳は生まれつきだという。人懐っこく、お客さんはもちろん、従業員にも気さくな笑みを絶やさない。しかし今のランサーさんはまるで別人のように憂いを秘めた表情をしていて、私は少し貴重なものを見た気分になった。普段の雰囲気に惑わされて気づかなかったが、こうして見ると実は結構綺麗な顔立ちだと思った。その綺麗な顔に煙草というギャップが、言い知れぬエロスを醸し出していて、私の心臓ははからずも高鳴ってしまう。
こちらが声をかけるより先に私に気付いた彼は、表情をいつもの笑みに切り替え、おつかれさん、と言った。その声の響きと表情の変わりようは、今見たものは幻だったんじゃないかと思うほどだった。しかし、胸の鼓動と熱い衝動があれは現実だと告げている。動揺を悟られぬよう、できるだけなんともない風を装って話しかけた。
「おつかれさまです。……ランサーさん、煙草、吸うんですね」
「おう、まあな。お前さんも吸うのか?」
「いや、私は別に。ただの休憩です」
「そうかい。なら火は消した方がいいか」
「いえ、お気遣いなく」
正直煙草の匂いはそこまで得意ではなかったけれど、ランサーさんが煙草を吸っている姿をもう少し眺めていたかった。
紫煙が立ち上り、空中に消えていく。私は時折ちらちらとランサーさんの方に視線をやる。口元にかかる手の、やや節くれだった指の関節や、ほどよい厚みの唇の間から時折除く舌や八重歯を視界に捉えるたび、どうしようもない衝動が込み上げ、静かに生唾を飲み込んだ。次第に燃えて灰になるタバコの白い部分と共に、私の理性も削られるようだ。しばらくして、ギリギリまで短くなった煙草を灰皿に押し付け、ランサーさんはこちらを見た。こっそり送っていた視線が、ばっちりとかち合う。
「何見てんだ〜?」
「……あ、いえ……!! その……」
ランサーさんはニヤニヤとした笑みを浮かべていた。もしかして視線を送っていたのもバレていたのだろうか。でもまさか、ばか正直に「ずっと見てました」などと言う訳にもいかない。咄嗟に弁明が思いつかずあたふたする私に、ランサーさんは見当違いな予測を投げる。
「やっぱりお前さんも吸いたかったのか?」
どうやら私のやましい衝動はバレていなかったらしい。そう安心したのもつかの間、急にランサーさんが目の前に立ちはだかり距離を詰められる。ツンとした煙草の匂いが鼻をくすぐった。驚いて後ずさろうとするが、後ろは壁、横に逸れようにも顔のすぐ傍に腕を突かれ逃げ場がない。店の壁のレンガと制服のシャツの布が擦れる。再び心臓が高鳴り思わず生唾を飲み込む。その音は今度こそ、彼に聞こえてしまいそうだった。
「それとも、欲しいのはこっちか?」
私の唇を指さし、彼は言う。口角は上がっているものの、その笑みにいつもの親しみやすさは微塵もない。触れるか触れないかギリギリの距離。脳が全力で逃げろと警鐘を鳴らすのに、真っ赤な瞳に射抜かれ身体はもう一ミリも動かない。このまま食べられてしまうかも、と身構えた瞬間。
「……なんてな! 悪い。あまりに見つめられるもんで、ついからかっちまった。店長のじいさんには、このこと言わないでくれ、な?」
と、あっけなく解放されてしまった。
そして彼はあっけらかんと笑ったあと、じゃあな、と言いさっさと店内に戻ってしまった。あまりの急展開に私はどっと疲れ、その場にへたりこむ。
頭の中には、先程見た彼の瞳が焼き付いて離れなかった。
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