とあるお人好しの恋の話
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01
男運が壊滅的に悪いのか見る目がないのか。何故かダメ男にばかり引っかかり、最終的に逃げられる。真面目に付き合っているつもりなのに、気付くと相手は別に女を作って出て行ってしまう。私はそういう女だった。
本日通算7人目のダメ男にフられた私は新都駅前の居酒屋で親友に泣きついていた。彼女は私がフラれるたびに慰めてくれていたのだが、今日は少し様子が違っていた。私が性懲りもなくめそめそとくだを巻いていると、突然「ずっと黙ってたけど、もう見ていられない」と言って彼女は立ち上がり、なぜ私がダメ男にひっかかるのかということを懇々と説明し出した。
曰く「誰に対しても面倒見がよすぎるから、悪い男に付け込まれる」ということだった。面倒見がいいと言えば聞こえはいいけど、ただ何事もきっちりしていないと気が済まなくてそれを他人に対しても求めてしまう性分──つまるところ、管理体質というやつだ。仕事人間で、真面目で遊びがない。それが恋愛にも出てしまうのだ。恋愛だけでなく友人や仕事仲間など、人間関係全般に渡り、つい余計なことにまで口出ししてしまい、またやってしまったと後悔することが多い。
ちなみに過去のダメ男の例をあげると、人当たりよくさわやかだが実は多額の借金をして逃げている男、ぱっと見仕事はできる風なのに、実はギャンブル好きで酒癖が悪い男、すこぶる顔はいいけど浪費癖がひどいヒモ。だいたい知らずに付き合って、あとから発覚するのがお決まりのパターンだ。それに対して彼女はこう言う。
「気付いたならそこで別れればいいのに、あんたは自分がなんとかしてあげなくちゃとか、ほっておけないとか言って、付き合い続けちゃうのがほんとダメ」
指摘は的確すぎるほどに的確だった。彼女の言う通り、私はそんなろくでもない相手でも、自分を好きでいてくれる相手なら放っておけないと思ってしまうのだ。自分でもどうかと思う。付き合っている最中は、私が恋人なのだから彼を支えてあげなくては、と色々と口を出してしまう。しかし普通なら疎ましがられるところを、彼らは厳しく言ってもなんだかんだ黙って聞いていたので、その時の私は受け入れられてるとか、やっぱり私がいなくちゃとか、そういう風に思ってしまっていたのだ。
「それって、相手にされてないだけじゃない?結局、相手に逃げられてるんだから、そういうことでしょ」
もうぐうの音も出ない。そう、関係が終わるときは決まって相手にフラれていた。私には殆ど落ち度はないはずなのだが、思い当たる理由といえば、何を言われてもお金だけは渡さなかったからだと思う。金銭に関しては親から「どんなに好きな相手でも金だけは貸すな」と厳しく言われていたので、いくら寂しくてもそこの線引きだけはしっかりしていた。すると結局、どの男もいつのまにか他に女を作ってどこかへ行ってしまうのだった。
「もう私が言わなくてもわかるよね?」
「みんなつまるところ、金目当てだった……?」
「そういうこと」
普段は穏やかな彼女からは想像もできない辛辣な口調に面食らってしまった。
「まーでも、お金を渡さなかったのは偉いよ。粘着されたり共倒れするよりはずっといい。別れて辛い気持ちをわかった上で言うけど、私は結果オーライだと思う」
辛辣ではあったが、私のためを想っての事だというのは痛いほど伝わったので、怒りや悲しみよりも、腑に落ちた、目が覚めたという気持ちの方が大きかった。それどころか、今まで別れるたびに黙って慰めてくれたことも含め、心底友人に感謝した。仏の顔は三度までだから、七度目まで耐えてくれた彼女は仏以上の何かかもしれない。今度ヴェルデに新しく出来たカフェの大きなパフェでもご馳走してあげよう。
「依久乃の献身的は少し度が過ぎてると思う。たしかに、断らないのも、仕事に一生懸命なのも美徳だけど。社会に奉仕することで自分を保とうとしてない?」
私は献身的、だったのか。でも、奉仕するという言葉に少しピンとくる部分があった。元々、自分の意思というのは曖昧で、グラグラで、やりたいこともないから、それなら誰かの助けになろう、そうなれるならそれはきっと正しいことだと信じて生きてきたからだ。
「ねえ、依久乃。自分のために生きなくちゃダメ。次はちゃんと、依久乃を大事にしてくれる人を選ばなきゃ。ちゃんと付き合う前によくよく考えるの。感情に流されて、絆されちゃ駄目だよ?」
自分の行動の理由に気付いた今なら、彼女の言うことは頭では理解できた。確かに、もっと自分に目を向けるべきなのかもしれない。だけど今まで「自分を大事にする」なんて考えたことがなかった私は、それだけは腑に落ちないままだった。
彼女とは駅前で別れた。かなり長く話し込んでしまったようで、駅前の柱時計は既にてっぺんを回っていた。当然ながらもうバスはない。タクシー乗り場には何台か客待ちタクシーがいたが、あえて歩いて帰ることにした。時間をかけて帰る事で、親友の言葉を自分なりに咀嚼したかった。
十二月、まだ雪は降らないがいつ降ってもおかしくない気温。未遠川から吹き付ける冷たい風は、酒で火照った体にはいっそちょうどよい。すっかり開発の進んでいる新都駅前だが、十年前の大火災で焼けなかった地区にはまだ古い宅地が残っていて、少し歩けば一転して閑静な住宅街へと景色が変わる。ぽつぽつと灯る街灯は頼りなく、澄んだ冬の空もあいまって、見上げれば星がよく見えた。息をふっと吐くと、少しだけ白く残ってから消えた。
家までの道のりを歩きながら、親友の言葉を反芻していた。やはり最後の言葉だけが、魚の小骨のように喉に引っかかって、うまく飲み込めない。そもそも、自分を大事にするということがわからないのに、自分を大事にしてくれる人など見分けられるかという話だ。
もういっそどこぞのおとぎ話みたいに、そんな人が目の前に落ちてきたらいいのに──そう思って、自分の発想の身も蓋もなさに、ひとり笑いをこぼした矢先。
──本当に、男が地面に落ちていた。否、倒れていた。
ぎょっとして思わず転びそうになった。確かに、いい男が落ちていてくれたらと願ったのは私だが、まさか本当に男が落ちているとは思わず、一瞬で酔いが冷めた。男の髪は真っ白で、はじめはお年寄りかと思ったが、その割には体格がよく、手の甲にも皺がない。暗がりでよく見えないが、目立った外傷や出血などはない。おそるおそる近づいて触れてみると、脈はあり、体も少し温かかった。どうやら死んでいるわけではないようでほっとした。
一体何故こんな住宅街の真ん中で男が倒れているのか。揉め事か、あるいは病気か。だとしたら救急車を呼ばなければ。仮に病気でないとしても、この気温だ。さすがに凍死はないだろうが、放っておくのも危ない。
そして困ったことに今は深夜。当然、周りには誰もいない。この世で自分だけが彼の危機に気付いているというこの状況で、生憎とそれをスルーできるほどの精神的タフさは私にはなかった。
「あの……大丈夫ですか……?」
身体を揺すり、声をかけて見ると、うっすらと目が開いた。よかった、どうやら意識はあるようだ。
「私の言ってること、わかりますか?」
私の言葉に男は小さく頷き、男はゆっくりと体を起こそうとした。しかし、うまく体が動かないと言った様子だった。救急車を呼ぼうと携帯を取り出したが、伸びてきた手に携帯を閉じられ、阻止されてしまった。
「病気などではないので、安心してくれ。少し、めまいがして…」
そう途切れ途切れに言ったあと、男はなんとか地面に座った。言葉ははっきりとしている。しかし、まだ頭がくらくらするのか額を押さえている。
「家はこの近くですか?だったら私でよければ送って行きますけど」
「いや、それには及ばない。少し遠いが、一人で帰れる」
「でもバスとか電車とか、もうないですよ。タクシー呼びますか」
「結構。歩いて帰れない距離ではない」
そう言って男は立ち上がって歩き出そうとしたが、またよろめいて座り込んでしまった。彼は歩いて帰れない距離ではないと言ったけど、この様子では流石に心配だ。救急車もタクシーも呼ぶなと言われ、バスも電車ももうない。あと、私に出来ることといえば。
「あの……外は寒いし、とりあえず私の家この近くだから、少し休んで行きますか?」
頭の後ろで冷静な私が「何を言ってるんだバカか私は」と必死で叫んでいたが、口は勝手に動いていた。それを聞いた男は、一瞬目を見開いたあと、申し訳なさそうに眉間にしわを寄せ、小さく頷いた。
男は再び立ち上がるも、覚束ない足取りだった。それを見かねて、非力ながら肩を貸すことにしたのだが、見た目通りというか見た目以上にずっしりと重かった。意識が朦朧としていて脱力してしまっているのだろうか。肩にのしかかる体重を感じながら、自分の提案を少しだけ後悔したが、このまま放っておいても私は気にせず眠れないし、凍死なんてされでもしたらそれこそ寝覚めが悪すぎる。
だから多分、ほかに手段なんてなかったのだ。
(続)
男運が壊滅的に悪いのか見る目がないのか。何故かダメ男にばかり引っかかり、最終的に逃げられる。真面目に付き合っているつもりなのに、気付くと相手は別に女を作って出て行ってしまう。私はそういう女だった。
本日通算7人目のダメ男にフられた私は新都駅前の居酒屋で親友に泣きついていた。彼女は私がフラれるたびに慰めてくれていたのだが、今日は少し様子が違っていた。私が性懲りもなくめそめそとくだを巻いていると、突然「ずっと黙ってたけど、もう見ていられない」と言って彼女は立ち上がり、なぜ私がダメ男にひっかかるのかということを懇々と説明し出した。
曰く「誰に対しても面倒見がよすぎるから、悪い男に付け込まれる」ということだった。面倒見がいいと言えば聞こえはいいけど、ただ何事もきっちりしていないと気が済まなくてそれを他人に対しても求めてしまう性分──つまるところ、管理体質というやつだ。仕事人間で、真面目で遊びがない。それが恋愛にも出てしまうのだ。恋愛だけでなく友人や仕事仲間など、人間関係全般に渡り、つい余計なことにまで口出ししてしまい、またやってしまったと後悔することが多い。
ちなみに過去のダメ男の例をあげると、人当たりよくさわやかだが実は多額の借金をして逃げている男、ぱっと見仕事はできる風なのに、実はギャンブル好きで酒癖が悪い男、すこぶる顔はいいけど浪費癖がひどいヒモ。だいたい知らずに付き合って、あとから発覚するのがお決まりのパターンだ。それに対して彼女はこう言う。
「気付いたならそこで別れればいいのに、あんたは自分がなんとかしてあげなくちゃとか、ほっておけないとか言って、付き合い続けちゃうのがほんとダメ」
指摘は的確すぎるほどに的確だった。彼女の言う通り、私はそんなろくでもない相手でも、自分を好きでいてくれる相手なら放っておけないと思ってしまうのだ。自分でもどうかと思う。付き合っている最中は、私が恋人なのだから彼を支えてあげなくては、と色々と口を出してしまう。しかし普通なら疎ましがられるところを、彼らは厳しく言ってもなんだかんだ黙って聞いていたので、その時の私は受け入れられてるとか、やっぱり私がいなくちゃとか、そういう風に思ってしまっていたのだ。
「それって、相手にされてないだけじゃない?結局、相手に逃げられてるんだから、そういうことでしょ」
もうぐうの音も出ない。そう、関係が終わるときは決まって相手にフラれていた。私には殆ど落ち度はないはずなのだが、思い当たる理由といえば、何を言われてもお金だけは渡さなかったからだと思う。金銭に関しては親から「どんなに好きな相手でも金だけは貸すな」と厳しく言われていたので、いくら寂しくてもそこの線引きだけはしっかりしていた。すると結局、どの男もいつのまにか他に女を作ってどこかへ行ってしまうのだった。
「もう私が言わなくてもわかるよね?」
「みんなつまるところ、金目当てだった……?」
「そういうこと」
普段は穏やかな彼女からは想像もできない辛辣な口調に面食らってしまった。
「まーでも、お金を渡さなかったのは偉いよ。粘着されたり共倒れするよりはずっといい。別れて辛い気持ちをわかった上で言うけど、私は結果オーライだと思う」
辛辣ではあったが、私のためを想っての事だというのは痛いほど伝わったので、怒りや悲しみよりも、腑に落ちた、目が覚めたという気持ちの方が大きかった。それどころか、今まで別れるたびに黙って慰めてくれたことも含め、心底友人に感謝した。仏の顔は三度までだから、七度目まで耐えてくれた彼女は仏以上の何かかもしれない。今度ヴェルデに新しく出来たカフェの大きなパフェでもご馳走してあげよう。
「依久乃の献身的は少し度が過ぎてると思う。たしかに、断らないのも、仕事に一生懸命なのも美徳だけど。社会に奉仕することで自分を保とうとしてない?」
私は献身的、だったのか。でも、奉仕するという言葉に少しピンとくる部分があった。元々、自分の意思というのは曖昧で、グラグラで、やりたいこともないから、それなら誰かの助けになろう、そうなれるならそれはきっと正しいことだと信じて生きてきたからだ。
「ねえ、依久乃。自分のために生きなくちゃダメ。次はちゃんと、依久乃を大事にしてくれる人を選ばなきゃ。ちゃんと付き合う前によくよく考えるの。感情に流されて、絆されちゃ駄目だよ?」
自分の行動の理由に気付いた今なら、彼女の言うことは頭では理解できた。確かに、もっと自分に目を向けるべきなのかもしれない。だけど今まで「自分を大事にする」なんて考えたことがなかった私は、それだけは腑に落ちないままだった。
彼女とは駅前で別れた。かなり長く話し込んでしまったようで、駅前の柱時計は既にてっぺんを回っていた。当然ながらもうバスはない。タクシー乗り場には何台か客待ちタクシーがいたが、あえて歩いて帰ることにした。時間をかけて帰る事で、親友の言葉を自分なりに咀嚼したかった。
十二月、まだ雪は降らないがいつ降ってもおかしくない気温。未遠川から吹き付ける冷たい風は、酒で火照った体にはいっそちょうどよい。すっかり開発の進んでいる新都駅前だが、十年前の大火災で焼けなかった地区にはまだ古い宅地が残っていて、少し歩けば一転して閑静な住宅街へと景色が変わる。ぽつぽつと灯る街灯は頼りなく、澄んだ冬の空もあいまって、見上げれば星がよく見えた。息をふっと吐くと、少しだけ白く残ってから消えた。
家までの道のりを歩きながら、親友の言葉を反芻していた。やはり最後の言葉だけが、魚の小骨のように喉に引っかかって、うまく飲み込めない。そもそも、自分を大事にするということがわからないのに、自分を大事にしてくれる人など見分けられるかという話だ。
もういっそどこぞのおとぎ話みたいに、そんな人が目の前に落ちてきたらいいのに──そう思って、自分の発想の身も蓋もなさに、ひとり笑いをこぼした矢先。
──本当に、男が地面に落ちていた。否、倒れていた。
ぎょっとして思わず転びそうになった。確かに、いい男が落ちていてくれたらと願ったのは私だが、まさか本当に男が落ちているとは思わず、一瞬で酔いが冷めた。男の髪は真っ白で、はじめはお年寄りかと思ったが、その割には体格がよく、手の甲にも皺がない。暗がりでよく見えないが、目立った外傷や出血などはない。おそるおそる近づいて触れてみると、脈はあり、体も少し温かかった。どうやら死んでいるわけではないようでほっとした。
一体何故こんな住宅街の真ん中で男が倒れているのか。揉め事か、あるいは病気か。だとしたら救急車を呼ばなければ。仮に病気でないとしても、この気温だ。さすがに凍死はないだろうが、放っておくのも危ない。
そして困ったことに今は深夜。当然、周りには誰もいない。この世で自分だけが彼の危機に気付いているというこの状況で、生憎とそれをスルーできるほどの精神的タフさは私にはなかった。
「あの……大丈夫ですか……?」
身体を揺すり、声をかけて見ると、うっすらと目が開いた。よかった、どうやら意識はあるようだ。
「私の言ってること、わかりますか?」
私の言葉に男は小さく頷き、男はゆっくりと体を起こそうとした。しかし、うまく体が動かないと言った様子だった。救急車を呼ぼうと携帯を取り出したが、伸びてきた手に携帯を閉じられ、阻止されてしまった。
「病気などではないので、安心してくれ。少し、めまいがして…」
そう途切れ途切れに言ったあと、男はなんとか地面に座った。言葉ははっきりとしている。しかし、まだ頭がくらくらするのか額を押さえている。
「家はこの近くですか?だったら私でよければ送って行きますけど」
「いや、それには及ばない。少し遠いが、一人で帰れる」
「でもバスとか電車とか、もうないですよ。タクシー呼びますか」
「結構。歩いて帰れない距離ではない」
そう言って男は立ち上がって歩き出そうとしたが、またよろめいて座り込んでしまった。彼は歩いて帰れない距離ではないと言ったけど、この様子では流石に心配だ。救急車もタクシーも呼ぶなと言われ、バスも電車ももうない。あと、私に出来ることといえば。
「あの……外は寒いし、とりあえず私の家この近くだから、少し休んで行きますか?」
頭の後ろで冷静な私が「何を言ってるんだバカか私は」と必死で叫んでいたが、口は勝手に動いていた。それを聞いた男は、一瞬目を見開いたあと、申し訳なさそうに眉間にしわを寄せ、小さく頷いた。
男は再び立ち上がるも、覚束ない足取りだった。それを見かねて、非力ながら肩を貸すことにしたのだが、見た目通りというか見た目以上にずっしりと重かった。意識が朦朧としていて脱力してしまっているのだろうか。肩にのしかかる体重を感じながら、自分の提案を少しだけ後悔したが、このまま放っておいても私は気にせず眠れないし、凍死なんてされでもしたらそれこそ寝覚めが悪すぎる。
だから多分、ほかに手段なんてなかったのだ。
(続)
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