08. 捜索
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慶応三年 五月中旬。
その日、斎藤は御陵衛士として京市中の巡察を行っていた。
よく晴れた、皐月晴れの一日だった。
「ん……?」
なんとなく視線を向けた先にいた、一人の少年の存在が、斎藤の一日を変えることとなる。
「あれは……」
第八片
捜索
正直、どこかで見たことのある顔だと思っていた。
川辺の畔で目をこらして何かをじっと見つめる様は、明らかに異様だった。見過ごしてしまうことも出来たのだけれど、見覚えのある顔だということで仕方なしに近付いてみた。
少年は匍匐前進をするような体制で、鋭く視線を先へ送っている。橋の上からその光景を見ていると、先には一匹の野良猫がいることに気付いた。運が悪い事に、口には魚を咥えている。
大方、予測できた。
少年あの猫を狙っていて、魚を取り返そうとしているのではないか、と。
「あぁあ!」
結末がどうなるのかを歩きながら見届けていた所、少年の視線に気付いたからか、先に猫が一目散に逃げ出した。懸命に追いかけるものの、間に合わなかったらしく、少年は茫然と立ち尽くしてしまった。
「あの童は……」
思い出した。
あの子供は、茜凪が屯所に連れて行かれた日に助けた子供である。名前は確か……重丸と彼女が呟いていたのも思い出す。
「おらたちの昼飯……」
がっくりと項垂れて、猫を追いかける気を失った少年。目には涙を浮かべており、愛らしい子供の顔がだんだんと歪んでいく。涙が溢れそうになったところで、顔をあげた童と橋を渡り終えた斎藤の視線がパチリと合った。
「あ」
「……」
“あ”と言葉を発した子供……重丸は、どうやら斎藤のことを覚えていたらしい。
目を見開いて、涙を溜めていたそれが次の表情へと切り替わる。
「兄ちゃん、この間の……」
やはり覚えていたらしい。浪士を捕え、沖田と再会し、茜凪が連れて行かれたあの日のことを。
彼もどうやら北見 藍人、そして烏丸と同様に沖田に強い憧れを抱いているように見えた印象が強い。斎藤に接触してくるとは思わずに、返す言葉に惑っていると少年はゆっくり近付いてきた。
「茜凪ねぇちゃんと一緒におった兄ちゃんやろ?」
「あぁ……。そのように涙ぐんでどうしたのだ」
とりあえず、聞いてやった。なんとなく察しはついていたのだけれど。
声をかけ、優しくしたのがきっかけか、重丸は堪え切れないように涙をぽろぽろと零し、訴え始める。
まさか話しかけただけで泣かれるとは思っておらず、斎藤は思わずギョッとしてしまった。
「猫が……猫が、おらの魚を……!」
「猫?」
「今日だけやないんや!昨日も一昨日もうちに忍びこんで、魚やらおかずやらを持っていくんやぁぁ!」
ギャァーと泣き始めた重丸の声に、辺りの者が振り返る。元服前の少年である、多少泣き虫であることは責めはしないけれど、この状況……周りの者は、確実に斎藤が泣かせているような光景に見えただろう。
「お、おい……」
「兄ちゃん猫捕まえてぇぇぇ!」
「お、俺がか……?」
「だって……だってぇぇえ!追いかけてもおらじゃ追いつけないんやもんんん!」
――これが、事の発端だった。
確かに新選組を離れた今も、誠の心はあの旗の下にあり、斎藤は忠義を果たすべく動いている。
御陵衛士と偽っても、仮に今も新選組の隊士として動いていたころがあったとしても、京の民の困ったことを蔑ろにするわけにはいかない。
悩んだ挙句、斎藤は彼に付き添い、猫を探すことになったのだけれど……。
「それで、あんたが探している猫は、先程の猫で間違いはないのだな?」
「うん……。白い毛に黒と茶色の斑模様が入った猫や……」
「承知した」
たったそれだけの手掛かりで猫を見つけられるかどうかが不安だったのだけれど、仕方ない、やるしかない。
猫が消えた方角を見つめつつ、斎藤はゆっくりと歩き始めた。
「さっきの猫……ここ毎日、おらの家に来るねん……」
「食糧を盗みにか?」
「うん……。色々試したけど、すぐに破られてまって……」
ぐすぐすと涙し、鼻水を垂らす重丸に、斎藤は懐から手拭いを取り出して渡してやった。それを無言で受け取り、涙と鼻水を遠慮なしにかんでいる彼を見つめ返したその時だ。
「あっ!」
「ん?」
突然、鼻をかんでいた重丸が声をあげて走り出したのだ。
「あ、おい……!」
重丸が走って行った方角に、猫がいるのかとも思った。
大人の斎藤と、子供の重丸では見える目線も考え方も、感受性も違う。彼が涙ながらに走り出したので、ついに猫を捕獲できるのか……?と思っていたのだけれど……。
「茜凪ねぇちゃん!」
「きゃ……っ」
背中から飛び付くようにして、重丸が抱きついたのは斎藤も見覚えのある後ろ姿だった。
紺碧の着物に黄色の帯、髪は結えるほど長くはないが、簪や髪飾りをつけていない茶色のそれはどことなく邪魔そうにも見えた。
見慣れた後ろ姿にすぐに名前が浮かんできて、咄嗟に呼ぶと少女も気付いて振り返る。
「茜凪……」
「はじめくんっ?」
「おらもおる!」
「こんにちは、重丸くん」
ぎゅーっと抱きついて離れない少年を、ほぼおんぶするような状態で茜凪が半面振り返る。重丸はにこにこしながら、そのまま彼女に抱きついていた。斎藤は黙って見ているものの……眉がぴくりと動いてしまった。
「茜凪ねぇちゃん、会いたかってん!」
「久しぶりですね、重丸くん。半月ぶりくらいでしょうか?」
「うんっ」
そのまま抱きついている状態を許す茜凪もどうかと思ったが、重丸も彼女も会話を続けるものだから何も言う事が出来なかった。
「ところで、どうして重丸くんと、はじめくんが一緒に……?」
「それは、」
「今、猫探してんねん!」
斎藤が話し出す前に、重丸が茜凪にとても簡潔に伝えてしまった。それだけでは、斎藤がまるで少年と遊んでいるようにも聞こえたが、彼女は直感で重丸から何かを感じ取ったらしい。にこりと斎藤と重丸に微笑んで、続きを待っていた。
「でな、この兄ちゃんに手伝ってもろてたんや!」
「よかったですね、重丸くん。はじめくんが手伝ってくれるなんて、とても贅沢ですよ?」
「でもな、見つからないんよ」
茜凪が“羨ましいです”と続けたところで、重丸が告げた結果。確かに猫は見つかっていないし、手掛かりも体の模様だけとなれば――まぁ、相手が猫なので模様くらいしか手掛かりがつかめないのは確かだけれど――探すのも大変なのである。
「ねぇちゃん、今なにしとるん?暇か?」
さすがにそれは彼女に失礼ではないかと思ったが、茜凪は手の平に持っていたものを懐に隠し――潔く頷いた。
「はい。お時間ならあります」