07. 呼名
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「すまねぇな、斎藤」
「いえ。お気になさらないでください」
部屋の隅に置かれていた炎が揺れた。
御陵衛士の目を掻い潜り、西本願寺の屯所に姿を現したのは、三番組組長として新選組に仕えていた斎藤だった。
正しくは、今も新選組に仕えており、誠の志は新選組と共に在ると誓っている。
御陵衛士として動き出した伊東と、それに付き従い行動を監視する間者として送り込まれた斎藤。
そして、その斎藤を支える為に陰ながらに土方が送り込んだ切り札が、隊士でも何でもない妖である茜凪だった。
「茜凪はどうだ」
「楸ですか?」
「会ってるのか?」
必要な報告を終え、立とうと爪先に力を入れたところで問われた。土方は未だ体勢を変えずに、斎藤の姿を見つめている。
この男……土方は、長く孤独な戦いを斎藤がやり遂げられるよう茜凪を敢えて傍に置かせた。
他者からは“裏切り者”と罵倒され、理解苦しまれる立場になった彼を支えられるように、と。
傍に置くといっても、彼女は隊士でもないし御陵衛士でもない。同じ屋根の下で過ごすわけにもいかず、たまに祇園や市中で顔を合わせては軽く話をしたり、食事をするだけの仲だ。
それでも、茜凪の存在は斎藤の支えになりつつあった。
しかし。
「先日、菖蒲の料亭にて会いました」
「そうか……。この間、屯所に来た時は何事かと思ったが、特に問題ねぇみてぇだな」
「はい」
――その支えが、時折斎藤の心を掻き乱す存在になりつつあった。本人は未だに無自覚だったけれど。
第七片
呼名
「それじゃあ、斎藤。頼んだぜ」
「はい」
土方の部屋を出て、誰にも会わないように裏口から屯所を出た。
春になり、五月にも入った。夜の気温もそれなりにあがり、先日まで感じていた肌寒さは一切感じられない。
空を見上げれば、点々とした星々が明かりを灯し、道を照らしてくれていた。
祇園付近にある御陵衛士の宿。
屯所にすべき個所を伊東が探し手配をしているので直に移ると予想されてはいるものの、今のところまだ目途は立っていない。
西本願寺から祇園までの距離は歩けばそれなりにある。まして刻限も更けてきているので気をつけなければ不逞浪士に絡まれようとも文句は言えぬだろう。
だからこそ、気を張っていた。
そして気付く。背後にやり手の気配があり、抜刀してきていることを。
「―――ッ」
相手が斬りかかってきているのを感じ、すぐさま左手で抜刀した。
キーン、と刀同士がぶつかり合う音が響き、面を上げる。同時に息を呑んだ。
「あんたは……」
「やぁ。こんなところで何してるの?」
見覚えのある、顔だったから。
「一君」
「総司……」
自分に敢えて斬りかかり、楽しんだというような表情を見せたのは一番組の組長だった。
どうやら夜の巡察の帰りらしく、だんだら模様の隊服を着ている。
「最近よく会うね?」
「総司。先日も言ったが、俺は衛士。お前との接触は……」
「はいはい。わかってるよ」
相変わらずの沖田は手をヒラヒラさせながら刀を鞘にしまう。倣い斎藤も鞘に白刃を納めれば、沖田は抜き様に告げて来た。
「茜凪ちゃんに、あれから会った?」
「……、」
――最近、よく聞かれる質問だ。
斎藤は顔をしかめつつ、沖田を思いの外睨みつけてしまった。
「ははは。そんな睨まないでよ」
「睨んでいるつもりはない」
「そう?顔、怖いよ」
理由は理解はしていないけれど、なんとなく思い当たる。
茜凪が沖田を“総司さん”と呼んだ。同じく、原田のことまで“左之助さん”と。
―――何故だ。何故、今更変わる?
考えれば考えるほど、もやもやする斎藤。
関係が深くなったにしろ茜凪は今、斎藤自身の方についているはずだ。それがたった数刻、屯所に出入りをしただけで変わってしまうような、濃密な何がかあったのだろうか。
何があったのか、気になってしまう。
「茜凪ちゃんと何かあった?」
「何もないが」
「あっそ」
「あんたこそどうなのだ」
思わず尋ねてしまった。
待ってました、というように沖田の口角が、上がる。
「なぁに、それ。どーゆー意味」
「あんたこそ、あの娘と何かあったのではないか?」
「僕が?」
「あんたから敢えて、楸の名が出ることが珍しいと言っている」
「そうかな?僕も茜凪ちゃんが気になるだけだよ」
「――」
行動には出さなかったが、脈が跳ねた気がする。眉も動いてしまったかもしれない。
思いがけないほど、動揺した。
「だから、彼女に“会った?”って聞いたんだよ」
「……」
「ほら、茜凪ちゃん。ここを離れてからなかなか会いに来てくれないからさ」
「それは……」
「寂しんだよ、僕も。左之さんも」
出て来たもう一人の名前。茜凪が下の名前で呼んだ男の名前だ。
――別に、何でも無いじゃないか。沖田も原田も旧知の仲で、仲間で、今は訳あり共にあれないけれど……志は同じじゃないか。
なんてことないはずなのに、胸の奥がチクチクする。二人に醜い感情を覚えるようなものではなく、傷付いたような感情は言葉で表しきれないもの。
「じゃ、そろそろ行くよ。あんまり長話ししてると、土方さんに見つかって切腹になるしね」
「あぁ……」
歯切れが悪いまま、屯所の入口へと消えた沖田を見送り、斎藤は祇園の方角へと踵を返した。
ざわついた心のままで……。
◇◆◇◆◇
数日後。
皐月 某日。
屯所への報告を終えた斎藤が、再び衛士として行動していたある日のこと。
夕餉の時間になり、出歩いた平助を探しながら隊務を終えた斎藤も、祇園の町を歩いていた。
陽は先程沈み、柔らかい光源が残る中、辺りの提灯も明かりが灯り始めている。
平助のことだから、適当な酒屋で飲んでいるに違いないと何件か回ってみたものの、姿が見当たらなかった。
仕方ないので合流を諦めて、夕餉だけ済ませようとした時。
「あ、一!」
背後から明るい声で名前を呼ばれたので振り返る。予想していた通り、声の持ち主が大きく手を振ってこちらに駆け寄ってきた。
「烏丸」
「よう!これから飯か?」
「あぁ」
烏丸と再会するのは、意外と久しぶりな気もした。数回、菖蒲の料亭に行ったりしていたが、先日は狛神と茜凪にか会わなかったし、それこそ市中で彼を見かけること自体が少ない。
普段何をしているかは分からないが、彼は妖である烏丸家の次期頭首だ。狛神や一族がない茜凪と比べると忙しいのかもしれない。
「ならよかった。今日は平助がうちに来ているんだ。寄ってかないか?」
「平助が?」
「おう!珍しく、ひょっこり来たんだよ」
通りで見つからないわけだ。
探したところで、菖蒲の料亭に平助がいるとは思わなかったのだから。
「ま、茜凪と町中で会ったって言ってたから、アイツが呼んできたんだと思うんだけどさ」
「……そうか」
恐らく、平助と茜凪が祇園の町でバッタリ再会して。料亭に来る約束をして、彼が夕餉の時刻に出て行ったということだろう。
茜凪と平助が再会し、きちんと話をするのはこれが初めてかもしれない。前回は茜凪が屯所に連行されてしまったので、彼ときちんと話をする時間もなかったのだ。
「ま、とりあえず行こうぜ」
「あぁ、邪魔をする」