56. 境界線
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「なんだよアイツ。忠告してやったのに、まだ一緒にいるのか」
伏見奉行所に妖の羅刹が侵入した。
斎藤や原田が狙われる場面があったが、間一髪で間に合った茜凪と四国の天狗の里からやってきた烏丸の兄・爛のおかげで窮地は逃れることとなる。
茜凪を追って奉行所まで駆けつけた烏丸と狛神も集い、妖の面々は爛との再会に驚いている。
そして、爛が京までやってきた理由を口に述べた時、妖たちは表情を変えるのであった……。
―――そんな光景を、奉行所の前をたまたま通りかかっていたもう一人の妖が見ていた。
名を北見 旭という。
屋根を飛び飛びで移動していた男装している彼女もどうやら爛の姿を目に留め、驚いた顔を一瞬していた。
顔見知りのようである。
しかし、旭はどちらかというと爛の存在にではなく、斎藤と茜凪が並んで立ち尽くしているのを見て、言葉を吐き出したようだった。
「何にもわかってねぇんだな……」
妖と人は交わっていいものではない。
仮に百歩譲ったとしても、それは下等な妖であるならば許してやってもいい。
だが、茜凪は純血の白狐。許すわけにはいかないのだ。
―――だけれど、旭も理解はしていた。
お互いが好き合っているのであれば、離れることは出来ないであろうと。
離れようともそして寄り添おうともしない中途半端な関係になることも。
それを理解できた理由は、旭も好いた男がいたからだ。
人ではなく、妖であったけれど。
誰の手にも落ちることなく、茜凪と同じ……頂点に君臨し続けた男を慕っていたからこそ。
妖である旭にですら届かなかった血を持つ妖だからこそ。
どこか斎藤と茜凪の関係は妬ましくもあり、同時に心配でもあり、己の二の舞にならぬようにと思っているところがあった。
「純血の白狐は……誰にも届かない存在だ」
それは、彼女の兄がそうであったように。
「そうだろ……環那……――」
第五十六片
境界線
雪がまた降り出した。
夜も更け、奉行所から見える風景は一体が真っ白へと姿を変えていく。
ここから見える風景には随分と慣れたが、逆を言えば白くない景色をもう一度見てみたいと思う程だった。
奉行所から去るために当たり前のような顔をして廊下を歩く爛。
彼を引きとめた土方は説明を求めていたが、弟よりも飄々としていて――尚且つ強者であるが故か、こちらの兄は計算高く――掴みどころもなく頑固だったので引き止めることだけで精いっぱいな状況であった。
「待てお前! 説明しやがれ!」
「説明すべきこととなんて何もないって」
「ふざけるな……! 妖の羅刹の続報があるって言っただろうが……!」
「それって、人間であるお前らには関係ないことだろ?」
ようやく足を止めてくれた爛だったが、奉行所から外に出る門でのこと。
土方を追って原田と斎藤も駆けて来ており、その後ろから茜凪と狛神、そして烏丸が追う形になっていた。
「んだと……?」
言われた言葉に顔をしかめたのは土方、そして斎藤だった。
土方が顔を歪めた理由は明らかに斎藤とは違う。
斎藤が顔を歪めた理由は、隣にいる茜凪の存在が関係しているからだ。
「お前ら新選組の幕命の話、そんで凛や茜凪がお前らと仲良くしてたってのも知ってるし聞いてる」
「……」
「が。これは俺たち妖の問題だ。俺が持ってる情報がお前ら人間とは関係がないから説明する義理はね~なぁってこと」
「関係なくねぇだろうが! 羅刹……変若水が関わってんだぞッ!」
「あぁ、そうだな。でもお前ら新選組は妖であり、今俺たちに敵意を向けている“詩織”って女にその劇薬を渡したのか?」
「詩織……?」
「―――」
瞬時、顔色が変わったのは茜凪だった。
忘れもしない。誰がその手で、誰の命を奪ったのか。誰が誰を守るために、命を奪われてしまったのかを。
思い出された色と、匂いと景色に血が騒ぐ。無意識に拳をつくり握りしめた彼女を横目で見ていた斎藤が動きを止めた。
無意識に伸ばされた左手。
はっと気づいた時、誰にも悟られずに動きを留められる寸のことであり焦る。
また同じ刹那、斎藤がしようとしていたことを別の者がしていた。
「やめろ、傷つくぞ」
「……っ」
迷いなく狛神が茜凪の手首に触れ、諭す。
茜凪は息を詰まらせてから顔を背け、狛神の手をゆっくりと退けた。
狛神が彼女に何にも感情を寄せていなくても触れることを許されるのは立場の問題だ。
もう何度も何度も己に言い聞かせたことである。
茜凪が手から力を抜いたのを見て、爛は情報は正しいなと気づいた。
詩織が敵対する組織の大将の女だと信憑性が出たのであろう。
「渡してないんだろ? 変若水」
「誰が渡すか。こちとら幕命で隠密としてやらされてたんだ」
「だったら結論はもう出てる。お前らは関係ない」
「なんだと……?」
「だってそうだろ。もともと種族も生き方も秩序も違う。今回はたまたま、同じ劇薬を扱い、それに関わった者たちってだけで結びついてる。それだけだ」
爛が言い放つ言葉が痛い。鋭さを持つ兄の声を聞いたのは久々だった気がする。
弟である烏丸が宥めようと割って入っていったが、土方と爛の睨み合いは止まることはない。
静かなる口論が続く中、夜道の偵察に出ていた山南と平助が戻ってきた。
「あれ、土方さんに凛たち……」
「珍しいですね、このような時にこんな場所で」
山南と平助が入ってきたが、二人は未だに互いに退くことなく話を続けていた。
やばいやばいと烏丸がわたわたし始めたのを見て、平助が駆けてくる。
原田は黙ってしまった斎藤と茜凪を交互に見やりながら、小さく……小さく溜息をついた。
「とにかくだ。悪いがこればかりは話す気はない。お前らに凛や茜凪が世話になってたのもわかってる。でも、ダメだ」
「……ッ」
「親交を深めること自体には、俺も何も言わないさ。自己責任だ。古臭い戯言を守るために友達をつくるなってのも時代に合ってねえ。だから関わるなとまでは言わねえよ」
「……こっちに支障はないのか」
「無ぇ。どのみち聞いても聞かなくても同じさ」