55. 風来坊
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慶応三年 年の瀬にさしかかった師走の中旬。
伏見奉行所に詰めていた新選組の下に、三体の妖の羅刹が現れる。
体力を削られた状態で参戦した茜凪により、対抗することは出来ていたがそれもつかの間。
油断した茜凪を狙い、反撃を見せた妖の羅刹たち。
状況を見極めた斎藤が茜凪の前に飛び出てやれば、彼女の脳裏には絶望しか過らなかった。
必ず斎藤が傷つく。確信してしまった茜凪を余所に、彼女たちの前には剣の嵐が生まれるのだった。
「これは……」
人間業ではない。
現れた天から降って下りた男を見て、茜凪は表情を変えた。
「いやいやいやいや。久しぶりだな~。元気だったか?俺の花嫁サン」
「久しぶりですね……――爛」
「そーんな怖い顔するなって。美人が台無しだぞ。眉間のシワ深くなるからやめろって! な?」
羅刹をいとも簡単に抹殺した上で、この余裕。
やはり現時点の茜凪よりも上の上を行く男だったか、と再認識する。
黒髪に黒い瞳、肌は健康的な褐色で背丈の高い男。
茜凪は、彼が誰だかを知っていた。
「爛……」
第五十五片
風来坊
月見をするには肌寒すぎる夜だと、目の前が言っていたのを思い出した。
確かに京は夏は暑ければ、冬はとても冷え込む。
思い返しているうちに、この空間の異様な静けさを肌で感じてしまった。
ふわりと刀の柄に降り立った爛を見上げつつ、傍らにいた斎藤と原田の存在も認識しながら茜凪は黙っていた。
どうやら彼女の眉間のシワが深すぎて恐ろしいと思ったのか。
再び飄々をした空気を醸し出して、爛と呼ばれた男は手をひらひらと靡かせる。
「なんでここにいるんだ?って顔だな」
「烏丸が……――凛が呼んだというところでしょうか」
「ぶぶー。残念ながらハズレだ。呼ばれる前に来ちまった」
ということは、妖として新しい情報を仕入れてきたということか。
膝に弾みをつけて柄から地へと降り立った爛は、転がった――灰化はしていない心臓を貫かれた――羅刹の残骸を見ながら、一瞬真剣に目を細めた。
「貴方がここに来たということは、進展があったということですね」
「いやいや。そこは俺の未来の嫁サンに会いたくてだな」
「いいからさっさと説明してください」
「あぁ……相変わらず冷たいねぇ……。まぁ、そこがイイんだけどさ好きなんだけどさ。唯一の残念な点をあげるなら細身すぎて出るとこ出なかった残念な胸だ」
「弟に許可を貰ったうえで、貴方の首をはねてもいいですか?」
刹那、本気で殺気出した茜凪を見ながら爛は“冗談だよ”なんて満面の笑みで誤魔化しをしていた。
突如現れた男。人並みならない力をつかい、茜凪とは旧知の仲であることを知らせる雰囲気。
立ち尽くすだけだった斎藤と原田は、会話の中に飛び交う単語……“爛”という言葉から、例の男だと認識した。
「ごめんなさい。はじめくん、左之助さん。危険な目に遭わせて」
「いや……」
「先程の羅刹は、私が通りで逃した羅刹です。助太刀ありがとうございました」
ぺこりと頭をさげてから、茜凪は隣に並んだ男に視線を向けた。
「いつか……烏丸が話していたと思うんですが」
「あぁ」
「彼が、例の烏丸 爛です」
やはり、そうきたか。と斎藤は思った。
原田も感じていたが、やはり手練れは手練れにはわかるようだ。
醸し出された空気から伝わる強者の匂い。命のやり取りをしてきた血の匂いも感じる。
飄々とした空気は、同じ姓を持つ男を思わせる。黒い髪も黒い瞳も。
そしてそこでもう一つの違和感に気付いた。同時に答えが出される。
「ん? なになに。彼らもしかして凛の知り合い?」
「聞いてないんですか?」
「え、知らないけどどちらさん?」
「俺たちからしたらお前こそどちらさん?なんだがな……」
原田が爛の空気に苦笑いしながら応えれば、爛はニコリと笑って見せる。
感じた違和感は異様に烏丸 凛に似ているということだった。
「こちら、新選組の斎藤 一さんと、原田 左之助さんです」
「ほー。あの新選組か」
“あの”とついたことに斎藤の肩が僅かに反応した。
妖であるとしても、新選組がもはや幕臣になっていることは知っているだろう。
つまり、“政に関係する人間と関わってたのか”という視線で茜凪を見たのではないかと不安に駆られた。ほんの僅かな刹那だが。
「どうもどうも。弟と嫁サンがいつも世話になってます」
「嫁?」
「嫁じゃありません」
「それより、弟ってのは……」
原田が出てきた単語に目を丸くする。彼の弟を、はっきりと認識していないからだ。
「あれ。茜凪、俺が誰の兄貴だか言ってないわけ?」
「言いませんよ。むしろ私、爛の話をはじめくん達に事細かくしてないので」
「つれないな~」
口をとんがらせてからにこりと笑い、向き直した黒髪の男は沖田と同じくらいの背だった。
「どうも。改めまして、凛の兄の爛です」
「え!?」
「烏丸の兄……。姓が同じだとは思ったら」
腑に落ちた。
空気も所作も全てに違和感を感じるのは、姿カタチや背恰好が違うのに、誰かを連想させられていたからか。
言われてみれば、笑い方も全てが烏丸に似ていた。
「そ。俺がおにーさん。凛とお前らがよろしくしてるってのは、なんとなく尾張に居た時に話して知ってたぜ。お目にかかれて光栄だ」
すっ……と一歩近づかれて、斎藤は揺れた空気の狭間から爛の強さを再び感じ取る。
構えることはしなかったが、背筋をいつも以上にしゃきっと伸ばさなければいけない気がした。
「爛か。俺は原田 左之助。十番組の組長をしてる。よろしくな」
「おう、よろしく頼む」
原田が愛想よく挨拶してやれば、凛と初めて会ったときを思い返された。
思い出してみれば、あの時とは時勢も立場も何もかもが変わっていることに表情を曇らせることになったが、原田はそれでも爛から視線を逸らさなかった。
先に視線を流したのは爛であり、隣にいた秘めたる強さを思わせる男に目を向ける。
「で。あんたが噂の斎藤さん、か」
「……」