05. 名称
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「おら、
「重丸くん」
「ねぇさんの名前は?」
「楸 茜凪と申します」
「そっか!茜凪な!おら、ねぇさんを嫁にする!」
「ぷっ」
「えっ……!?」
それは、一人の少年が齎した平穏な日々の出来事だった。
第五片
名称
西本願寺の境内で、重丸と呼ばれる男の子が怪我をしないように庇った茜凪。
一度は女だからと批判し、教えを乞うことを拒否した少年だったけれど、彼は茜凪の剣さばきを見た時に目の色を変えた。目の前に入り込み、切っ先を斜め上へと振りあげた太刀筋。型にはまっているというより、彼女らしい動きそのものであり、その場にいた誰もが目を見開いた光景だった。
「よかったね、茜凪ちゃん。嫁ぎ先が出来て」
「笑い事じゃありません、沖田さん……!」
近付いてきた沖田が、茜凪に祝言を申し込んだ少年と彼女を交互に見つめてケラケラ笑う。それはもう本当に楽しそうに。対して茜凪は少年が割と本気の勢いで放ってくる言葉に頬に汗を滲ませた。
「お前、すっごく強いんやな!おら、誤解してたんや」
「えっと……」
「さっきは、あんなこと言って悪かったなぁ……。おら、お前の剣に……いや、ねぇさん本人に惚れてまったんやぁ!」
「惚れて……!?」
まるでそのことが嬉しいとでもいうように、重丸自身が腕を大きく広げて笑う。万歳の構えをするようで、楽しそうに笑っていた。
が、一方の茜凪は目を点にするだけ。
言葉を失ったかのように立ち尽くしたのは烏丸と狛神。原田は微笑ましい視線を向けていた。
「おらも、ねぇさんみたいに強くなる!強くなるから、おらの嫁になっとくれ!」
「あ、あの重丸……さん、」
「ちょっと待てお前!」
すかさず進み始めた会話に待ったを入れたのは、茫然と立ち尽くしていた烏丸だった。
意外な人物の助っ人に茜凪は、重丸と視線を合わせていたので、烏丸を見上げることになる。
「お前みたいなお子様に、こいつはやれねえよ!」
「なんでだよぉ!ねぇさん、兄さんの嫁じゃないだろぉ!」
「あったりめえよ!こんな胸ない女、嫁にしたって楽しくないだろ!」
「烏丸ッ!」
「すぐ怒るし!」
必死に否定しつつ、烏丸は少年に茜凪はやれないと続けて捲し立てる。少年は想いを否定されたことにより、ぷぅと頬を膨らませた。
「だがな、こいつはこんだけ強いんだ!茜凪以上に強い男じゃねえと、俺は祝言なんて認めない!」
「何でお前が駄々っ子みてーに拗ねてんだよ」
「拗ねてねえよ!認めたくねえって話!」
狛神が呆れつつ尋ねたが、烏丸は少年の言葉すら本気で受け取り、本気で返しているらしい。
まぁ彼らしいと言えば彼らしいのだけれど、相手はまだ元服前の子供であり、ましては今日初めて剣を握ったような男児だ。故に誰も本気にしていなかったのだけれど。
「なんだか烏丸くんが白熱してるけど大丈夫?あれ」
「まぁまぁ、烏丸の気持ちも分からなくないけどな」
睨み合いを続ける重丸と烏丸の横に、今度は茜凪が茫然と膝立ちしている。狛神は更に呆れ顔で奥に立っていた。
そんな彼らを見つめながら、原田が沖田に返していく。
「自分より弱い男に、親友を任せたいとは思えないだろ」
「重丸くんが烏丸くんより強くなればいいんじゃない?」
「そりゃあ将来的にはなるかもしれないが、烏丸は妖だからな……」
「それを言ったら、茜凪ちゃんより強い人間なんて周りでいないんじゃないの?」
沖田は話の趣旨はきちんと分かっていた。だが、敢えてその返し方をしている。
烏丸が言いたいのは“烏丸より、剣の腕が立つ相手”じゃないと認めたくないということ。
必然的に、彼が許すのは……――。
「やだ!おら、茜凪ねぇさんをお嫁にするんじゃぁ!」
「ダメだ!絶対ダメだ!こいつは弱い奴にはやれん!」
「貴方は私の父親ですか」
言い争いが続く中、尋問どころではなくなってしまい、茜凪が溜息をついて狛神や沖田、原田がいるところまで戻ってきた。
白熱する戦いが続く中、どうやら話声は鬼副長のもとにまで届いていたらしい。ドタドタと大きな足音を立てて、屯所の廊下から“テメェら!!”と大きな声が響いた。
「何ガタガタ騒いでやがる!やることしっかりやれ!」
「あーあ、ホントに土方さんって大人しくしてられないんですね。男の子は無事にこうして見つけたんですから、怒鳴らなくてもいいじゃないですか」
「見つけるだけが目的じゃねえだろうが!先に進めろ先に!」
「まぁまぁ、土方さん……」
原田が完全なる苦笑いをして土方と沖田の間でも勃発した言い争いを宥めるが、烏丸と重丸の方も止まる勢いを知らない。そのうち烏丸がまた本気で大木を投げ出すんじゃないかと、茜凪は気が気じゃなかった。
とにかく、こうしている間にまともに話を聞いてくれそうな狛神に、借りた刀を返そうと歩み寄った。
「狛神」
「ん?」
「先程はありがとうございました。刀、お返し致します」
「あぁ」
刃を逆向きで持ち、峰を向け、柄を手渡す。狛神も素直に受け取ってから鞘に納めれば、伏せていた瞳を茜凪に向けた。
「お前、腕は?」
「え?」
「腕。あんだけ盛大に振るったんだ。痛むんじゃねーの」
「……」
見破られていた、なんて言うまでもなく顔に出た。
気まずそうに逸らしながら笑みを浮かべると、隙があったかのように狛神が茜凪の肩に触れる。
「狛が……――」
着物の袖をめくり、肩口まで見せるようにしてやれば、滲んだ血を見て彼は顔をしかめた。巻かれていた包帯はやはり見事に痛みを訴えている。
「まだ完全に塞がってないんだな」
「……深かったですから」
「手当てしとけよ。襟巻男が心配するぞ」
「えっ襟巻男って……っ!?」
そんな言い方あんまりだろう!と反論すれば、涼しい顔して狛神は懐から綺麗な手拭いを取り出す。巻きつけるようにして破った手拭いを傷に当てて、止血を促した。テキパキとした仕草に何も言わなかったが、彼がこうして心配してくれているのが、なんとなく……伝わってきた。
「ほら」
「あ、ありがとう……」
簡単に手当てされ、袖を元に戻されて、“あぁ、そういえば狛神は剣の腕は才能もないと言われていたけれど努力家で、何より手先がとても器用だったな”と思い出す。
琥珀色の、名前通りの瞳を見上げた時、背後から再び煩わしい声が響いた。
「あぁぁあああ!そっちの兄ちゃん、おらの茜凪ねえさんに何しとるん!!」
「こら!おらのって、お前の茜凪じゃないだろ!」
未だ決着は着かないようで――というより、恐らくどちらも譲らない空気が出ているので着かないだろう――言い争ったままの状態で矛先が、狛神へと変更される。
めんどくせえな、と一言呟くと、狛神は茜凪にだるそうに告げて来た。
「先に戻る。またあとでな」
「あ……はい」
スタスタと烏丸と重丸の横を文句を言われつつそのまま去り、ついに狛神は西本願寺から祇園の方角へと姿を消してしまうのだった。
土方と沖田の方が話を終えたのは同じ頃合いで、ようやく解放された原田が沖田を連れて三人の所へとやってきた。
「とりあえず、重丸。お前の話を聞かせてくれないか?」
「おらの?」
このまま沖田に任せていたら、烏丸と重丸の話を楽しんでからかうだけで、先に進めないと思ったのだろう。原田が助け舟を出し、少年に尋ねた。
「どうして浪士に追われていたのかを、な」