49. 新来
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「俺の名は
「北見 旭……!?」
対岸に突如現れ、こちらに向けて術を放った相手を茜凪は見つめた。
名乗られた名前、容姿、そして態度。纏う空気は多少なりとも違うものの、確実に己を助けてくれたあの妖によく似ていた。
北見 藍人。
茜凪を庇い、もう三年ほど前になる冬に……命を落とした天才式神師だ。
そして今目の前に現れた者は、まさしく彼と同じ姓を名乗った。
北見 旭と。
「お前が藍人に世話になってたのは知ってたけど、こうして顔を合わせるのは初めてだな」
「藍人の実の兄……?」
対岸から視線を鋭くしてこちらを睨んでくる旭に、茜凪は睨みを返しつつも困惑が隠しきれなかった。
何故ならば……――。
「(藍人に兄がいるなんて、聞いたことない……。確かに年の離れた“きょうだい”がいるとは聞いたことがあったけれど、でもそれは……――)」
「なんだよ。藍人の血縁者だってのが信じられないって顔だな」
「……」
「さっきも見せただろ? なんなら、もう一発お見舞いしてやってもいいんだぜ」
懐から投げ出された紙が、再び宙を舞いながらこちらへと投げられる。
鋭く変化したものは先程のクナイではなく、今度は槍へと姿を変えてきた。
「槍……ッ!?」
「なぁ、日本で最後の純血の狐さんよォ」
「ねぇちゃん!」
クナイなら結界でも防ぎきれると思ったが、槍だとまた対処が変わってくる。
川一つ挟んで、妖の力で投げ出された槍を即席の結界で受け止めるには惑いがあった。
重丸の腕を引いて、無理矢理立ち上がらせて抱え込む。
そのまま全力で地面を蹴り上げて、近くに聳え立っていた家の屋根へと飛んでかわした。旭も先が読めていたようでどうにも笑みを浮かべるだけである。
そのまま斜面になっている川辺からこちらを見上げて口角をあげるだけ。
睨みを利かせて見下ろせば、少しだけ恐怖を隠さなければならない心理状態にあることも己が一番理解していた。
相手は強者だ。周りには今、重丸がいる。
少しだけ……怖い。
この状況が、怖いと思ってしまっていた。
「俺にその力、見せてくれよ」
「……っ」
「この日本で今、お前が一番強い妖でないとおかしいのが摂理だろ? なぁ、そうだよなァ?」
旭は、茜凪が妖狐であることを知っていた。
春霞という名前であることも。そして、純血であることも。
「俺は藍人とは絶縁関係にあったから、お前は俺のことを知らないと思うが――」
再び繰り出された式神が、今度は意志を持った物体へと変わる。
追撃を仕掛け、茜凪を追いつめる式神の妖へと変化し、屋根の上まで襲いかかってきた。
「俺はお前のこと、知ってるぜ」
「……ッ」
最近、茜凪が相手のことを知らないのに相手が茜凪を知っているということが多いという場面によく遭遇する。
詩織も、茜凪のことを知っていると言っていた。
だが茜凪の記憶の中には“詩織”という女も、妖も、人間も鬼も登場してきた記録がない。
そして、旭も……茜凪は知るはずがない相手なのに、相手は茜凪のことを“知っている”と言ってきた。
爆撃を仕掛ける式神師の妖に、茜凪は重丸を抱えたまま隣の屋根へ屋根へと後退する。
ここは重丸の家の真ん前だ。
事を構えれば人間を巻き込むし、巻き込んだ先で犠牲になるのが重丸の母親や義父であるならば誰が悲しむか目に見えている。
「逃げんなよ狐ッ!!」
「ねぇちゃん……!」
「巻き込んですみません、重丸くん……。郊外まで一度退きます……ッ!」
何の目的で、旭に攻撃をされなければならないのか。腕試しを持ちかけられなければならないのか。
わからないまま、茜凪は着物姿で裾をあちこちに引っかけながら走り続けた。
背後から迫りくる式神が、まるで今の彼女を追い立てる闇そのもののように思える。
辛く悲しい記憶から、新しい章への幕が上がる……。
第四十九片
新来
―――同じ頃。
油小路の変は、まさに実行されていた。
近藤の別宅にて振る舞われた酒を口にし、酔った伊東が千鳥足で帰路を辿る。
見事に油断をついた新選組の隊士は、伊東の命を仕留めてみせた。
そして彼の死体を囮に御陵衛士を誘き寄せ、全滅させるのが狙いである。
京の西にある小路は新選組と御陵衛士でごった返しを起こしていた。
そこに薩摩の介入があったものだから、敵と味方の区別が全くつかない混戦状態。
現場にいた永倉と原田、そして御陵衛士側の藤堂は大層困惑したことだろう。
天霧と不知火の加勢もあったことから、銃撃戦も見受けられる。
油小路の通りにある天満屋に詰めていた斎藤も、三浦を警護しつつ土方からの命令を受け、いつでも動ける状態でいたのだった。
「……」
かつての仲間であったとしても、容赦なく切り捨てる。
ただ彼の心は、新選組と誠の志のために働いていた。
激戦というのは、様子をみるまでもなく響いてくる音で気付いていた。
まだ薩摩の介入があったことには気付いていない斎藤だったが、直に報告に上がるはずだ。
まさかその激戦地に千鶴がいるということは、彼も予想しなかっただろうけれど。
――……それから四半時後。
あらかた片付いてしまったのだろう。
永倉と原田が大声をあげ、何かを叫びながら不動堂村の屯所に駆けていく姿は小窓から見届けることが出来た。
生き残った隊士が彼らの後を追ったことも伺えて、終戦を感じたがどこか様子がおかしい。
偵察に行くべきだと斎藤は身構えていた体制を一度崩し、立ち上がってから刀に手を添えた。
愛刀である鬼神丸国重は、慣れ親しんだ重みと共に右腰にある。カチャリ、と音を一度微かに響かせて斎藤は白を翻した。
「外をみてくる故、ここを頼む。何かあったらすぐに報告を寄越してくれ」
「はっ」
連れてきた部下に命令を下し、斎藤はそのまま天満屋を一度あとにした。
通りに面した油小路の先には、悲惨な戦線の跡地が見えた。
いくつもの死骸、血、折れた刀。中には見知った顔も、浅葱色の羽織もあり、犠牲者が出たことが伺える。
折れた刀と倒れ込んだ敵方の相手の中に薩摩の者がいたことから、邪魔されたのだと悟った。
刀を折れる相手で薩摩、とくれば天霧か風間が来ていたのかというのも予測が出来る。
残された残党がいないかどうかを確認したが、辺りは既に不気味なほど静まり返っていた。音もなく、誰も息をしていないという状況。
小路にいくつも道が格子状に重なるここで、斎藤は静かに立ち止まった。
「平助……」
骸の中に平助の姿がないことを確認し、安堵を覚えると同時に拭えない不安がまだ胸中に滞る。
永倉と原田が声を張り上げながら、屯所に向かって行ったのを感じていたが何を言っているのかまでは聞き取れなかった。
平助が無事であればいいが……。
屯所に一度帰還するか、命令を待つべきかと道の先へと視線をなげたところで斎藤の耳に一つの轟音が届いてくる。
「……!」
瓦が盛大に割れる音。
同時に複数の何かが音をあげながら奇襲をしかけるような音だった。
薩摩の残党か、はたまた御陵衛士の残党か。
どちらにしても新選組の敵であるならば斬るべき相手だ。
刀に手を添えたまま、音源の方角へと足を進めた。
降り出した雪が視界を白く覆い尽くして遮ったが、気にしている場合ではない。
はらはらと舞い、淡く切なく溶けていく様は不安定な未来を示しているようで見つめているのが怖くなった。
「……っ」
音源は、懐かしくもある西本願寺の方角から響いている。
通りを何本かまた抜けて、目の前に現れた大きな本堂へ続く門を無理矢理潜ってやれば、目に飛び込んできた光景に目を疑った。
「あれは……――ッ」