48. 告白
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「それじゃあ計画通りに頼むぜ。原田、新八」
「あぁ」
「任せろって」
その日、京ではこの冬に入って初めて雪が降った。
とても寒い、一日が始まろうとしていた。
油小路の変と呼ばれる戦いまで、あと数刻。
慶応三年 十一月。
この日、人間たちの間で起きた事件とは別にもう一つ……妖による奇襲がかけられた。
「っ……はぁ……は……ッ」
「なんだよ。随分、鈍ってるじゃねぇか。それで日の本最強の妖とか勘弁しろよな」
「ッ……」
伊東 甲子太郎が暗殺された同日。
時刻は月がてっぺんに来る時刻にも近かった。
「茜凪ねぇちゃんッ……!!」
「は……ぁ……」
「言ってんだろ。お前のその程度の腕じゃ俺は殺せないし、倒すこともできねぇって」
「……ッ」
「だから……化けろよ」
「……――」
「左構えになってみせろよ」
第四十八片
告白
冒頭から遡ること数刻前。
菖蒲や烏丸、狛神と水無月が洗濯籠を盥回しにして話をしていた日からまた数日経った某日。
さすがに姿をみなくなったことを心配した茜凪が、酒宴が盛る時刻に別宅を出て、重丸の家へと向かっていた。
重丸と最後に会ってから、それなりの時間が流れていた。
心の傷はまだ癒えてはいないだろう。茜凪だって、どこにも出していないものの、まだ思い出すだけで肩が震え、今すぐに負けそうになる。
何に負けそうになるのかも、知っていた。そしてこの感情を認めたくないと抗う自分がいることも悔しいくらい理解していた。
何かを変えていかなければ、このままでは自分が必ず屈してしまう。
だから、己からまず動こうと重丸の家へとやってきたのだが……。
「……――」
今日が、たまたまだったのか。
必ず家にいるだろうという時刻を非常識ながらに選び訪れたのだが、家を訪問する前に茜凪は重丸の姿を見つけてしまう。
祇園から向かう際、鴨川に添って歩みを進めてきた。
だからこそ、川辺に腰を下ろして柳の下で膝を抱えて小さくなっている少年がそこにいることに気付けたのだ。
泣いているように思えたのだけれど、肩が震えていないのが確認できて安心する。
少し痩せこけただろう。心労が伺える彼の後ろ姿を見つめて、茜凪はまた心に生まれた黒い塊が己を攻撃していることを悟る。
そのまま心は無視して、苦しめることになったとしても彼に声をかけようと歩みを進めた。
踏みしめた土が少しだけ音を立て、足音へと変える。
気付いた少年は振り返り、いるはずのない茜凪の姿をみつけて息を詰まらせていた。
「家、入らないのですか?」
「――……っ」
「今日は恐らくこの後、雪が降ると思います。そんなに薄着では風邪を召しますよ」
「ねえ……ちゃん……」
“どうしてここにいるの?”
“おらのこと、怒ってないの?”
直感で感じ取れた彼の気持ちに、眉をさげて微笑んでから、羽織ってきた上着をかれにかけてやった。
どう見ても薄着過ぎる重丸は寒そうで仕方なかった。
「ねぇちゃん……なんでここにおるの?」
「重丸くんに会いたくて」
「……、おらのこと、怒ってないの?」
「どうして? 怒る理由がみつかりません」
「だって……」
どうして彼が“怒られる”と思っていたのかは、単純に頭で考えて察していた。
斎藤に暴言を吐いたことだろう、と。
「はじめ兄ちゃんに……ひどいこと言ったから」
「……」
「ねぇちゃんにとって、はじめ兄ちゃんは大事な人やろ……。だから、怒ってる思うて……」
「確かに大切な人ですけれど、それは私に詫びるのではなく、本人に伝えなければなりませんよ」
茜凪は重丸の顔を覗きこんで――懸命に崩れそうになりながらも取り繕って――笑ってやった。
安心したのだろう。それを見た重丸が目に涙を溜めながら頷く。
「ごめんなさい……。おら、ちゃんと兄ちゃんに謝る……」
本当ならば、重丸に謝らなければならないのは茜凪なのだ。
小鞠が死んだ理由に関わるのは、一番は茜凪だ。
彼女が茜凪の盾となり、身を呈して詩織の攻撃から茜凪を守ったこと。
その際に受けた銀の弾丸が小鞠の寿命を貪り、姿を灰に変えてしまったこと。
まだまだ羅刹については分からないことだらけではあったが、小鞠がどうして死んだのかは考えるまでもなく、この目できちんと見届けている。
重丸が小鞠の死で苦悩しているならば頭を下げ、許しを乞うべきなのは茜凪自身なのだ、と。
――……許してもらえないことも理解していた。
だが、許しを乞う前に気になることがあった。
「どうしてはじめんくんを責めたりしたの……?」
それは重丸があれだけ取り乱し、斎藤を責めた理由だった。
確かに無茶もするし、自分の気持ちをはっきり伝えることができる重丸だが、どちらかといえば心を通わせている斎藤に対して、あれだけ敵意を剥き出しにして斎藤を責めた理由だけがわからなかった。
この時期に彼にこの質問は、傷に塩を塗り込むようにまだ痛みを与えるかもしれないと思ったが聞かずにはいられなかった。
一瞬だけドキリと肩を跳ねさせた重丸だったけれど、彼はおずおずと口を開き始める。
「はじめ兄ちゃん、言ったんや……。小鞠ねえちゃんは、死んだりしないって」
「え……?」
「……おら、茜凪ねぇちゃんに聞いてほしいことがあるってゆうてたの、覚えとる?」
それは紅葉狩りにいった頃から、重丸が何か話そうとしていたこと。
結局、あれから彼の口で伝えてもらう機会もなく、小鞠の一件があり……今に至る。
覚えているよ、と頷いてから重丸をみやれば……それが斎藤への態度へと繋がるのかと感じた。
「あのな……。今からおらが話すことでもし、ねぇちゃんが嫌な思いしたら言うてね。謝るから」
「……うん」
あらかじめ断りを入れられたことに対して、茜凪は更に考える。
眉間にしわを寄せながらも彼の声に真剣に聞き入るよう、傍に寄り添いながら言葉を待った。
柳が揺れる。空に輝く星は出ていたけれど、辺りは随分と暗かった。
人は誰もいないし、流れる水の音だけが響く。とても寒い、夜だ。
しばらくして星や月を隠す雲が現れた時。
重丸が重たい口を開いた。
「小鞠ねぇちゃんって……“何”だったの……?」
「“何”……?」
「人間? それとも……人間以外の、何か?」
「――」
「……小鞠ねぇちゃんと、茜凪ねぇちゃんは何で知り合いなん……?ねぇちゃんは……何?」
まさか。
今まで、そんな素振りなど一度も振りまいたつもりはない。
確かに、炎を生み出したりする戦い方を先日してしまったけれど、重丸はまだ気絶していたもんだと思っていた。
誰かから何かを聞いたのだろうか。ぞわりとした胸の内だったが、打ち破るように重丸が告白してきた。
「おらの姓な、小鞠ねぇちゃんと同じなんや」
「え……?」
「縹 重丸……。おらの本当の姓は、縹っていうんよ」
刹那、全てを繋げることが出来た。
だから、知っていたのか、と。
「おらの本当の父上はおらがまだ小さい時に……仲間を守るためっていって、家を出て行ってしまったんよ」
「(それが縹の妖……っ?じゃあ、重丸くんは……――)」
「父上は二度と帰ってこなかった。おらの母ちゃんは、いまの父ちゃんと出会って、こうして幸せに暮らしとる……。でもおら、ずっと気になってたんや」
川へと投げられていた視線が、茜凪まで戻ってくる。
切なくて、悲しそうな顔をした重丸が茜凪を見上げた。
「おらの父上、たまに綺麗な赤い色の瞳に変わったんや」
「……」
「それは人に見られちゃいかんもんやて父上は言っとった。だから、父上は特別なんやて思ってた」
「(妖が強い力を使う時、一族や種族に関わらず瞳の色は赤くなる……。間違い、ない……)」
茜凪は逸らせない少年の視線を受け止めながら、固唾を飲んだ。
「この前……小鞠ねぇちゃんも、同じやってのを知った」
「……」
「その前にも、縹って名乗る人たちがおらの所へ来たことがあった。でも……」
ザワァ……と止んでいた風が通る。
頬にあたる温度が心も共に冷たくした。
「縹って名乗る人たち、みんな死んだ。おらに出会って、みんな死んだ」
「……っ」
「だから、小鞠ねぇちゃんも……死んでまうんやないかって怖かった。それをはじめ兄ちゃんに話したんや」
「はじめくんに……」
「そしたら、小鞠ねぇちゃんは死んだりしないってゆうから……おら……」
彼が怖がっていた理由は、そうだったのかとやっとわかってあげられた。
彼がどうして斎藤を責めたのかも、わかった。
「おらが縹の名前をもってて、おらと出会う同じ名前の人がみんな死んでいく……。おら、どうしたらいいん……?」
「……」
「小鞠ねぇちゃんと同じ名前のおらは……なんなん? おら、人間じゃないの?」