47. 虚無
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「京……。久々に来たが、相変わらず禍々しい空気してんな」
京の町がよく見える丘が、町の外れにそびえていた。
まだ検問所も越えてはいないし、普通の人の目からすれば町が小さすぎて様子を伺う場所には適していない。
そこで、“男”は包みから菓子を取り出しボリボリと豪快に貪っていた。
抽象的な顔立ちとは裏腹に、とても男らしい食べ方に通りかかる旅人はちらちらと“彼”を横目で眺めていく。
取り出した芋に砂糖を絡めた菓子を歯で粉々にしながら、“男”は口角をあげる。
「故郷……なんて。死んでも呼んでやらねえよ」
腰を下ろしていた“男”は立ち上がり、芋けんぴが入っていた包みを放る。
上がっていた口角は下がり、真剣な表情で京を睨みながら、男は駆け出した。
とある少女に再会するために。
第四十七片
虚無
慶応三年 十一月中旬。
世間は変わりゆく日本に戸惑いを隠せなくなりつつあり、新選組の隊内では後に来る“油小路の変”の戦略が練られていた。
今回は参戦をせずに三浦の警護にあたることになった斎藤。
いまは屯所から離れ、天満屋に詰めていた。
今いる場所から離れられないために、茜凪や重丸があの後どうなったのかを全く知らなかった。
―――“はじめ兄ちゃんのうそつき”
何度も何度も叩かれたのを思い出しながら、泣き叫び、斎藤を責めた少年の声が木霊する。
最後に現れたのは、裸足のままだった茜凪が見たことないような弱々しい声と、震える肩で彼を抱きしめた姿。
烏丸と水無月に連れられて、二人はそのまま屯所から出て行ったが、最後の最後まで茜凪が斎藤や沖田の顔をみることはなかった。
あれから、約十日ほどの月日が流れようとしている。
小鞠が死んだ。
灰となり、羅刹としての命を終えたあの日から、十日。
切なくて心が潰されるような思いをしながら茜凪が過ごしているのではないか、と心配しつつ、確認にいけないことがもどかしい。
新選組の隊務を投げてまで確認するべきことではないと己に言い聞かせ、三浦に何もないようにと斎藤はただただ務めを果たしていった。
斎藤も、そして茜凪も。
来る新たな存在を、まだ何も知らぬまま。
一方の茜凪は、斎藤に心配されているなど思うことなく、ただただ毎日を仮面の心で過ごしていた。
菖蒲は、何も知らない。
余計なことを話せば心配や迷惑に繋がると思い、彼女に対しては何も言えなかった。
幸い狛神や烏丸、そして水無月が小鞠の話題に触れないようにしてくれていたけれど、小鞠と同時に店に現れなくなった重丸のことは誤魔化しがきかなくなっている。
そう。重丸は、あれから一度も茜凪や烏丸の前に姿を現さなくなった。
心配した狛神や烏丸が重丸の様子を見に行けば、衰弱しそうになりつつも無事でいることが確認できている。
下手に今声をかけて、彼の心を追いつめてしまうよりも何も起きないように祈りつつ、彼を見守ることに決めた烏丸たちだった。
ところが、彼らにとって問題は茜凪の方だった。
彼女は子供でもなければ、弱っている感情を表に出すことも上手ではなかった。
加えて涙を隠すことも他人に取り繕うことも上手かったもんだから、今ではけろりと菖蒲の前では笑っている。
本音を隠し続け、小鞠が消えてから一度たりとも涙を見せることはなかった。
「……ごんの奴、一回も泣いてねぇんだ」
「いいことなんじゃねーの。強くなったんだろ」
「それ本気で思ってんのか、狛神」
「……」
別宅の縁側で腰を下ろしながら、ただただ時間を持て余す彼女の背をみて狛神に烏丸が投げかける。
狛神が言葉を詰まらせたのは、本心ではないからだ。
だからといって、本人に直接“泣け”といっても、“本音を話せ”といっても、求めた答えが返ってこないのは目に見えていた。
「どーすりゃいいんだよ……」
「……」
今度は烏丸に返すように狛神が零せば、烏丸も何も言えなくなった。
傍に寄り添い続けることだけでいいのか。
心に溜め込んだ思いや辛みを吐き出さなければ、内側から崩れていくのが彼女の脆さの一つではないのか。
しかし、うまく聞き出せる方法が思いつかない。
相手が斎藤ならまだしも、ここにいるのは狛神と烏丸、そして菖蒲や水無月だけであり……。
「ちょっと。こんなところで立ち止まって何してんのよ。二人とも邪魔なんだけど」
話しこんでいたからか。
後ろから大きな籠を抱えてやってきた菖蒲に気付かなかった。
道を見事に塞いでいた烏丸と狛神が同時に端に避けて、菖蒲を通してやる。
洗濯を干しにいく途中だったようである。
二人が退き、開けた道の先にぽつりと腰掛ける茜凪が見えた。
背中から漂う哀愁は、いくら本人の前で取り繕ったとしても誤魔化せるものではなかった。
「なにがあったの」
「え?」
「あの子。数日前から様子がおかしいでしょ。隠してるつもりなんだろうけど」
「菖蒲……」
真っ直ぐに向けられた菖蒲の視線。
横顔で語られる声は、案じているようにも思えたが、茜凪の強さを信じるようにも伺えた。
とても強い、眼差しだった。
「何も言ってこないから、気付かないふりをしていた方がいいのだろうけれど。でも、あまりにも打ち明けられないとこっちは不安になるのよ」
「それは、俺らだって一緒だって」
「何も聞いてないの!?」
「いや、何があったのかは知ってるけど……あいつの本音は聞いてない」
「バカじゃないの!?知ってるなら、声かけてやるのが男でしょ!?」
ドンッと籠をそのまま胸板に突っ込まれ、受け答えをしていた烏丸が痛いげな悲鳴をあげる。
狛神は溜息混じりに二人のやり取りを見ていたが、菖蒲の言葉に反論があった。
「俺様たちが聞いて、あいつが素直に答えるような事柄じゃねーよ」
「だったら何とかして、別の方法で考えなさいよ!」
「あー!うっせえな!ねえから困ってんだろうがよッ!」
「はぁ!?何よ、あたしに八つ当たりッ!?」
「おいおい待てよ二人とも……!」
今度は狛神と菖蒲で口論に発展してきたので、慌てて烏丸が――鳩尾を押さえながら――二人を止める。
廊下の奥から姿を現した水無月がぎゃーぎゃーと騒ぐ三人を見つけてから、縁側でこちらのうるささも気に留めずに座り込んでいる茜凪を確認した。
大方三人が何でもめているのかが分かり、水無月が溜息をつく。
「もし。三人とも、口論するなら余所でおやりなさい」
「水無月……!」
「茜凪の心にかえって毒ですよ。あなたたちの会話は」
「……」
「チッ……」
「……わかったって」
不服そうに顔を逸らし、部屋へと戻っていく狛神。烏丸は彼の背を目で追いながら斎藤や重丸のことを考えていた。
「一だったら……聞きだせるのかな……」
ぽつりと吐いた言葉はなんて他人任せなんだろう、と情けなくなる。
同じことを水無月も考えていたようで、何も返せずにいた。
しかし、唯一の女子だったからか。菖蒲だけは考えが違った。
「そうよ……――斎藤さんなら、あの子を元気に出来るかもしれないじゃない」
「菖蒲……」
「そうとわかれば、ちょっとあたし呼んでくる……!」
「ばか言うなよ! 一だって隊務があるんだから、このくそ忙しい時期に安易に声かけられるかって!」
烏丸が慌てて菖蒲を止める。
不動堂村の屯所に向かう気満々だった菖蒲は烏丸に洗濯籠を一度渡したが、烏丸はそれを水無月に盥回しにして渡して彼女をなんとか捕まえた。
「そんなこと言ってられないわよ! 斎藤さんだって、茜凪がこんなんじゃ―――」
「私がなんですか?」
ハッ、と息を飲む音が響いた。
縁側から立ち上がり、水無月の後ろに立っていた茜凪がいつもと変わらない声音、表情で菖蒲と烏丸に視線を向けていたからだ。