46. 不返

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夜が明けた。


同時に誰かの心には暗闇が宿っていた。


集められたのはまた予期せぬ事態に巻き込まれてしまった人間である新選組と、新たな戦いの中心人物になるであろう妖たち。


隣の部屋で子春が重丸の様子をみててくれているのだが、今はそちらに気を向ける程の余裕が誰にもなかった。



「これから話すことは、俺がここを離れてから入手した噂と事実だ」



重々しい口調から語られるのは一体なんなのか。


先程、掌から零れ落ちて消えてしまった小鞠とも関係あるのか。


茜凪は涙を一滴たりとも零すことなく、目の前の相棒の目を見つめていた。


これが、別れへと繋がる物語の真実の一部であることをまだ誰も知らなかった。





第四十六片
不返





「俺はこの一月、京を離れてから尾張にいたんだ」


「尾張……!?」


「里に戻っていたのではなかったのか」


「あぁ」



開口一番に告げられたのは、烏丸が黙って行動していたということだった。


誰かに事情を告げるわけにもいかなかったのだろう。だからこそ、出てきた言葉が“里に戻る”だった。


彼なりの思慮をした上での話だったが、斎藤も狛神も声を漏らす。
唯一、その中でも茜凪は目を細めて烏丸から視線を逸らさなかった。


新選組の一員として屯所にいた土方や沖田、原田や永倉に関しては烏丸が尾張に出ていたことはおろか、京から姿を消していたことすら知らなかったのは当たり前。


そうだったのか、なんて原田と永倉が無言で顔を合わせている。



「何で尾張なんかに行ってやがったんだ」


「爛に呼ばれたからだ」


「里じゃなくて、尾張に呼ばれたのかよ」



頷いた烏丸に狛神は目を細めて首を傾げる。


狛神が、爛と烏丸は同じ一族の者であることは知っているが、話や物の進め方がどちらに主導権があるかまでは知らなかった。


水無月と茜凪に関しては、大方爛に振り回された結果だろうと悟る。この二人は爛と烏丸の具体的な関係を知っているからだ。



「呼び出された理由は、もう敢えて告げる必要もないようなもんだ……」


「妖の羅刹のことですか」



そこまで黙っていた茜凪は、一時たりとも視線を逸らさずに答えを烏丸に投げた。


烏丸は視線をあげて茜凪の鋭い視線を受け止める。どうしようもないくらい痛くて辛いものから耐えてる心を隠して、平然を装っているのは看破できた。



「知ってたのか」


「お千さんに聞きました」


「お千ちゃんに……?」



飛び出してきた名前に、千鶴が声をあげた。


茜凪が頷いてやれば、この二人は仲が悪かったのではないか……?と斎藤と原田が顔を合わせた。


しかし、よく考えてみれば千は鬼であり、茜凪は妖。彼ら人間にはわからないところで繋がりがあってもおかしくはないだろう。



「お千さんは、尾張の国で人間以外の者が化け物に成り下がっているという事例を教えてくださいました」


「八瀬姫にもばれてたってことか」


「進展があったら教えてくれることになっていましたが、遭遇する方が早かったということですね」



何の感情も込められていない声。


淡々と説明だけを繰り返す彼女の声が、痛い。


今更、“小鞠という娘は何なんだ”と聞くに聞けない新選組だったが、彼女の腕の中で灰になった少女が、茜凪にとって大切な存在であることはわかっていた。


斎藤に関しては、彼女と小鞠の関係を知っていたからこそ。顔にも態度にも出せなかったが胸を締め付ける思いがあった。


この乱世だ。
人が死ぬことは当たり前のようになっているけれど、それでも……大切な誰かが大切な者の死で苦しめられている現状は、己の存在と志を矛盾に導きながらも救ってやりたいと願ってしまう。



「結論から言えばその通りだ。尾張では、妖の羅刹についての研究がされていた」


「妖の羅刹……」


「どっかの誰かが持ち込んだ変若水を、人間よりも強靭な肉体と生命力を持つ妖に与えることで、人間の羅刹を越える化物を量産する。これは事実確認をした。間違いない」


「なんの目的で……」


「問題はそこだ。人間の戦に参戦するつもりかなんだか知らないが、誰が何の目的で、誰の命令で動いているのか。どうして妖の羅刹を生み出しているのかは今回突き止められなかった」


「爛は妖の羅刹のことを知っていたということですか」



水無月が静かに尋ねれば、烏丸が同意で返す。



「爛は風来坊だからな……。各地で集めた情報の中に、妖の羅刹や変若水について知った。その中に、新選組の名前があったんだ」


「え……?」



思わず誰もが顔をあげる。


難しい顔していた土方さんも目を少し見開いて、烏丸の方を見つめた。



「そりゃどういうことだ」


「爛は新選組の幕命を知ってた」


「!」


「どっから漏れてるんだか知らないけどな。羅刹や変若水について、そこに関わった蘭方医の雪村 綱道という男」


「父様のこと……っ」


「妖を羅刹にするその劇薬は、新選組に渡ったものと同じか、または妖のために改良されたものか。どっちだかわからないが、同じ“羅刹”を生み出す研究をしていた新選組の名前を爛が入手したのは間違いない。だからこそ、お前らと関わりがあった俺が、爛に呼び出されたんだ」



ぽつぽつと次から次へと疑問が生まれる。


誰かが知っている答えなら、答えあわせができるが、今は誰も真相を知らないまま時間だけが過ぎていく。
憶測と知っている事実だけでやりとりされる会話になるが、状況の整理も大切だからこそだ。



「その爛って奴は、お前らの味方ってことでいいんだな?」



土方は瞬時に新選組の幕命について、漏洩されている危険性を感じらたしい。


烏丸と手を組んで協力し、妖の羅刹について調べているならば問題はないのかもしれないけれど、どうしても拭いきれない見えない相手への不信感を烏丸にぶつけた。


敵ではないだろう、と水無月と茜凪もよく知る人物だからこそ、土方の問いに何も言わなかった。



「大丈夫だ。爛は人間相手に情報を売ったりしないし、俺を欺くこともない」


「随分信頼してんだな」


「まぁ……な」



永倉からの投げかけに、烏丸は少しだけ空気を緩めた。どうやら爛の顔を想像して苦笑を留められなかったようだ。



「とにかく、爛は新選組が持っていた変若水を妖に手渡したのかどうかってことを懸念してた」


「妖って……俺たちの周りに現れた妖はお前らだけだろうが」


「まぁ、そうだろうな。お前らに別の妖が接触してれば、どっかの誰かが必ず気付くだろ?」



烏丸が投げかけた視線に、今度は茜凪が応える。



「嘘はついていませんよ。誰も」


「だろうな。俺たち以外の妖が新選組に接触してたら、必ず茜凪が気付くはず。爛にはそれも伝えた上で、新選組が妖の羅刹実験に加担したって線は消えてる」


「なら、妖の羅刹の元になってる変若水は誰が……」



新選組に舞い降りた羅刹についての実験。
まだこの新選組が壬生浪士組と呼ばれていた頃、当時の局長である芹沢や新見を始め、近藤や土方、山南も関わった、あの決断。


幕府が実験を依頼したのは新選組だけだと思っていたが、まさか他にも伝手があったということだろうか。


はたまた……――。



「爛は……雪村 綱道が怪しいと読んでる」


「……っ」



息が詰まる思いをしたのは、今度は千鶴だった。
膝の上で強く掌を握りしめる。悔しそうな悲しそうな複雑な表情を隠し、俯きながら話を聞いていた。



「父様は……生きてるんですね……」


「爛の読みが正しければ、恐らくそれは間違いない」


「……」


「だが、結果的に言えば、新選組の敵に回ったはずだ」


「そんな……っ」


「千鶴の父ちゃんの意志かどうかはわかんねえよ。でも、結論から言えばきっとそうだ」


「何故言い切れる」



斎藤が口を挟む。
横で沖田が咳込んでいるのが伺えた。


全ての状況が、悪い方向に進んでいくのが見えてしまったようで誰もが固唾を飲んだ。



「文久三年の秋、雪村 綱道の診療所が火事で焼失してんのは知ってるだろ?あれから、連絡が途絶えたことも」


「……」


「もし、どっかの藩に匿われていたとしろ。蘭方医は利用価値があるからな」


「どこかの……藩に……」


「お前らも知ってると思うけど、その藩が例えば薩摩、長州だったとして。その藩には……誰がいる?」


「“誰”……?」


「――」



まさか、と息を飲む。


烏丸は顔をあげ、信じられないという表情をした茜凪と目を合わせた。



「鬼……」


「そう……。千景や匡、天霧がいる」


「待てよ、鬼が妖を化物にするために動いてるっていうのか!?」


「あくまで例えばの話だ。千景や匡が雪村 綱道から変若水を奪って妖に飲ませたり、悪党に売ってるなんて俺は思ってないって」


「ただ、この乱世で人間側について戦や情勢を伺っている鬼も中にはいる……。つまり烏丸や爛が言いたいことは――」



言葉を継いだ茜凪が確認のように呟けば、烏丸は頷き、水無月は目を伏せた。





「人間を鬼に変え、化物にする羅刹について研究していた雪村 綱道。それを捕えた藩に鬼や別の妖がいたとして……入手した変若水を用いて、妖を羅刹化させているとしたら――」





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