44. 仄
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あたしは、自演自作を演じた妖だった。
羅刹となり力を得て、今まで人を怨みながらも共存することしか選べなかったあたしは死んだ。
あたしは変わったんだ。
そう思いながらも、実際に憧れて背中を追い続けた年上の女性は、遥かに遠く、そして美しく……。
力を得ても、殺すことが出来なかった。
愛しくて、同時に怨めしくて憎い。
だけど、その人が笑っていることが嬉しかった。
人間の男と共に笑ってていることは複雑だったけれど。
彼女がどうしてその男を好きになったのか、わかった気がした。
彼は、彼女を心から大切に思っているんだと思う。
互いに近くて、でも誰よりも遠い存在の二人を見ていたら、あたしは彼女を怨んで殺すなんて考えはとうに果ててしまっていたみたい。
どうしても、どうしても今の状況を打開して、彼女や彼の進む道を見届けたいと思ってしまっていた。
それすら叶わないのならば。
「 生きて 」
あたしに力を与えた、“あの女”に逆らうことも出来ず。
心から想っている大切な彼女を殺したくもない。
ならば。
京にくるまでの間に、幾度となく妖や人間を殺し、力を使い、そして血を啜ったあたしの命は長くはない。
だったら誰も裏切らず、そして同時に誰もを裏切る終わり方を望んだ。
力を使い、新選組を襲う。
誰かを殺すフリをして、同時に自分の命の終わりを待っていた。
灰になって、仄かなる香りを残しながら消えたかった。
最後は誰の目にも留まらぬ場所で、ひっそり土に還りたかった。
羅刹の寿命は、確かに妖であるあたしには人と比べて長いもので。
だいぶ使い物になったけれど、それでもいつか終わりはくるんだもの。
これは、時間稼ぎの合戦。
早く終わって。
自ら命を絶つことが出来ない弱虫なあたしのために、早くこいと願った死期よ。
目の前に大好きな人が今にも泣きそうな声で、あたしの名前を呼ぶのはどうして?
こんな最後、望んでないよ。
行いが悪かったから、こうなったの?
一番傷つけたくなかった人を守り、深い傷を残して、誰よりも傷付けて、あたしは消えていくんだね。
お願い。
お願い。
どうか泣かないでほしい。
あなたは、さいとーさんと幸せになるべき妖なのだから。
そうでしょ
ねえさん……
茜凪ねえさん……
第四十四片
仄
掌からすり抜けていく砂の感覚を感じていた。
足元で、小鞠と呼ばれていた少女が握っていた小太刀が音を立てて落ちる。
指先の間からサラサラ零れた灰の正体がまさか彼女だなんて、誰が想像しただろう。
きっと、ここにいる誰もが想像しない終わり方だった。
「こ……まり……」
世界から音が消えて、最後に包まれた炎が彼女を燃やし、何もかもを呑み込んだ。
残されたのは小鞠が身に纏っていた着物と小太刀だけ。
茜凪はその場から動くことが出来なくなった。
肺の奥が痛い。
小鞠を貫通し、茜凪の脚を掠った弾丸が傷付けた怪我も痛む。
それよりも。
心が踏みつぶされたみたいで、息を上手にすることが出来なくて。
感じられていた温もりが何一つ残されなかったことに、憤りを感じた。
「何だよ……、どうなってやがる……」
背後にいた狛神が驚愕の表情を隠せずに目を見開いている。
新選組も動きを止め、ただただ光景に見入っていた。
羅刹となった妖が死んだ。
だが、異様だったのはその死に方だ。
灰となり、消えた。跡形も残されなかった姿や温度に誰もが胸にざわつきを覚えていた。
「縹は……」
口から零れた名前すら、声にすることが躊躇われた。
茜凪はまだ動けずに俯いている。
動いて乱れた髪の隙間からでは、表情を汲み取ることが出来ない。
だが時は待たず、動き出したのは再び攻撃をしかけようとする羅刹たちだった。
目の前で消えた、小鞠と同様の妖の羅刹。
小鞠ほど妖としての血が濃くないためか、理性を失いかけている者が多い。
血を求め、徘徊する姿は人間でもなく鬼でもないあの化け物と同じだった。
「終いですね」
一言吐き捨てたのは、小鞠に向けて銀の弾丸を打ち抜いた女。
深く笠を被り、溜息をついてから再び笠を傾ける。
小鞠の始末が今日の目的だったというように、茜凪や新選組たちへ背を向けて撤退の意志を見せた。
あとは妖の羅刹が適当に始末をつけるだろう、と。
小鞠で仕留められなかったのだ。どうせ妖の羅刹に茜凪や狛神を襲わせたところで確実に殺せるはずがない。
実力を測定するにはいい機会だった、というように女はそのまま立ち去る。
―――……はずだった。
「待ちなさい」
小さく吐き捨てられた言葉が合図になる。
女が破った結界。だが同時に蒼い世界が広がった。
訪れる灼熱の空気に曝されて、女は笠を激しく揺らめかせて振り返る。
「……っ」
轟音と共に現れた灰塵は、羅刹を丸ごと呑み込んだ。
心臓を貫くような炎と姿そのものを焼き払うそれに、辺りにいた妖の羅刹は一つ残らず生を終えていた。
ぱちぱちと、残り火が陽炎を及ぼし、影が伸びる異様な光景。
仕掛けた相手は誰だかなんて、わかっている。
未だ顔は上がらぬままの相手に、女は気配を気取られたのかと振り返り、立ち止まった。
「……本能のまま、繰り出したというわけですか」
辺り一面が炎の海になり、残された多くの羅刹の死体。
血の匂いではなく、焼け焦げる匂いに人間は顔をしかめ、狛神は立ち尽くしたままの茜凪に畏怖の目を向けていた。
「茜凪……」
狛神の声は聞こえていなかったんだろう。
茜凪は未だに俯いたまま、腰を下ろし、足元に落ちた小太刀を拾う。
柄を掴んだ時に、血が滲んでいることに気が付いて、再び動きを止めた。
「気付いてたんですか」
仕方ない、というように足を止めた女は笠を持ち上げて視界を少しだけ広げる。
正面のまだ距離がある場所で膝をつき、顔を俯かせたままの茜凪に女は問いかけた。
「それで。私に攻撃を仕掛けるということは、何か策があってのことですよね」
「――……」
遠く離れていたが、茜凪の耳には女の声が届いていたのだろう。
もう一度、爆音が鳴ったかと思えば正面の屋根が爆ぜた。
瓦が割れて、多くの木材やら瓦礫が落ちる中、平然と結界の中で佇んでいる女を見つけて、茜凪はようやく口を開く。
「降りて来い……」
「私と戦うつもりですか」
「いいから……出て来い……」
「私の正体も知らずに戦いを挑んでるんですか?」
ようやく新選組にも黒幕を視界に収めることが出来るようになる。
爆風で立った砂ほこりが晴れて、正面の屋根の上に先程は見つけられなかった黒い戦装束を来た笠の人物の姿が見えた。
「あれは……」
「……黒幕ってわけか」
本物の敵を見つけてから、新選組も再び構えをとる。
一瞬にして羅刹を滅却させた茜凪の力にも驚いたし、畏怖を抱いたのも事実だが今はそれを気にしている場合ではない。
「私は貴女のことをよく知っているけれど、貴女は私のことを全く知らないでしょう?」
「降りて来い……」
「無知ほど怖いものなどない。正体も知らぬ未知の存在が天に届きし者ならば、貴女はどうするつもりですか?」
低く、小さな声は未だに木霊した。
数度目にして、ようやく傍にいた斎藤や原田が茜凪の呟きに気付く。
直感で悟った。
これは、まずい。と。