43. 本音
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「小鞠……」
「ねえさん……」
狛神が重丸が攫われたことを受け、後を追って巻き込まれた戦闘。
渦中にいると伝えられたのは旧知の友であり、年下の少女だった。
まだ思春期すら抜けきらないこの娘が、一体なにをしでかしたというのか。
髪は美しい色から白く色が抜け、瞳の色は血に飢えた赤に変わっている。
茜凪はこの化物の姿を知っていた。
いつか誰かが知らせてくれた、尾張周辺で見かけられた人外。叫びをあげ、人や妖を殺す化物。
まさか……―――。
「どうして……」
「……っ」
茜凪が獣化した羅刹を留めてくれたおかげで、戦闘は今休戦状態。
しかし、これも時間の問題である。
このまま終わるはずなかった。
「何で小鞠が羅刹に……」
問いはあまりにも残酷だった。
会いたくないと、二度と会わないことを小鞠は心に願い決戦へと持ち込んだにも関わらず、こうして巡り会ってしまうのは宿命なのか。
もう笑顔で笑い合った頃には戻れない。
心の距離も、彼女の体も、もとに戻る術などない。
「ねえさん……」
切なくそれだけを繰り返す小鞠の表情が今にも泣き出しそうで。
茜凪はそれ以上、何も言えなかった。
周りにいた一同も、小鞠の異変を感じ始めている。
怨念を胸に抱き、復讐するためにここにいるのかと思っていたけれど。
新八を助けたことといい、言動や行動が窮地に立たされた時揺らいでいるのがわかる。
小鞠の本音はどこにあるのだろうか。
誰かが突き止められればいい。
しかし、無情にも彼女たちはすれ違うだけだった……。
第四十三片
本音
茜凪の目には、今だけは新選組のことなど入っていなかっただろう。
真っ直ぐに赤い瞳を見つめて、納得できないというように目を細め、眉を下げる。
絶望にも似た表情をしているのは、彼女がここにいる誰よりも、妖としては羅刹について知識があったから。
羅刹の原動力は何なのか。一体、どれだけの劇薬であり、人を陥れるものなのか。少なからず知っていたからだろう。
思い出されるのは、藍人との戦い。
何も知らないままでいたかったと心から思いながら、引き返せないと理解したうえで抜け出せる道を頭の中で模索していく。
「小鞠……」
「来ないで!」
茜凪が狛神から離れ、一歩踏み出そうとした時。
小太刀をこちらに向けて、構えをとる小鞠の姿が焼付いた。
敵対を表しているのはわかっている。
彼女の腕が震えていて、表情も怯えているように見えた。
力の差は歴然。
動きにくい着物姿であっても、同じ刀を手にしたら小鞠が茜凪に勝てるはずなんてないんだ。
「来たら、新選組を殺すわよ」
「……」
「見てわかるでしょ?あたし、羅刹なの……!」
「どうして変若水を飲んだの……」
「……っ」
「何が目的で、そのような力が欲しかったんですか……!」
「ねえさんみたいな強い妖にはわからないよ……ッ」
返された言葉は突き放すものであるのに、どうして悲しそうな顔をするのか。
どうして悔しそうな顔をするのか。
今にも泣き出しそうな顔をして、涙を溜めて唇を噛む姿は何かを決意しつつも後悔しているように見えた。
「ねえさんは誰も怨んだことなくて、さいとーさんや新選組の奴らに憧れてて……ッ! それが強さになってるの、あたしだってわかるよ!」
「……」
「でも! あたしの中には一族を滅ぼされた怨みや人間を許せない感情もある! 同時に大事な人がいて、自分より幸せになってほしいって思える憧れた人もいる! そう思っているのに、その人が妬ましいのッ!」
「小鞠……」
「わかんないでしょ……?」
悲劇を嘲笑するような笑みだった。
向けられた表情の一つひとつが複雑。
色々な感情が混ざり合い、表情ってこんなにも感情を表せるものなのかと知る。
「こんなに複雑で、あたし自身が答えを出せない気持ち……わからないでしょ?」
確かに、茜凪にはわからなかった。
誰かを怨んだという自覚は今までに一度もない。
きっと悔しさや悲しみ、未熟さを感じた時、全てが混ざって怨みに変わるのかもしれないと思えた。
だけど怨みに出会うよりも先に、茜凪は斎藤に出会ってしまった。
強烈な記憶の中に残ったものは、彼女を妖として根本から変えたことになる。
だから、理解が出来なかった。
小鞠が何かを抱えていて、それが重たくて痛くて辛いこと。
ずっと悩んでいたのだろうということを……ようやく目に見えて感じた気がする。
羅刹になり命を酷使してまで、彼女が導き出したかった答えは出たのだろうか。
「―――羅刹になって、答えは出たの……?」
正直、茜凪はどうしていいかわからなかった。
小鞠が相手になるならば、彼女は妖として術を惜しまずに使うだろう。
となれば、相手にならなければいけないのは茜凪だ。
ここには新選組もいる。負傷した狛神もいる。
烏丸がいない今、羅刹の妖を相手にしなければならないのも茜凪だという自覚があったが手が回りそうにない。
奥歯を噛みしめ、焦りを見せないように小鞠の答えを待ったが、問いは問いで返された。
「―――時間稼ぎの合戦中だったんだけどなぁ……」
「え……?」
「ねぇ。どうして来ちゃったの?」
「どういう意味?」
「あたし、ねえさんには二度ともう……会いたくなかったな」
「……」
心の奥がズキン、と痛んだ。
彼女が抱えた闇に気付けなかった。そう言われても仕方ない。
だけど、こうも弱り果てて諦めに似た笑顔を浮かべながら投げられた言葉は、予想以上に意味を突きつけた。
拒絶の言葉であり、それは救いを求める言葉にも聞こえたからだ。
「おわりにしようよ」
「小鞠……」
「もう……わかったから」
合図はそれだったのではないだろうか。
獣化をしていた妖の傷がふさがったようで、立ち上がり再び攻め入ってきたのだ。
今度は羅刹も獣化はしなかったけれど、頭数では敵方が上だ。
茜凪は唇を思い切り噛み、襲いかかってきた相手を振り向き様に斬りつける。
「……っ、狛神!」
「チッ……」
斬りつけるといっても峰打ちだ。相手を未だ殺してしまっていいのか迷いがあった。
しかし、羅刹が元に戻れる方法もない。
苦しむだけならば……――。
狛神に参戦を求める声をあげてからも、茜凪は最前線で戦い続けた。
新選組もやりとりの一連を見届けてから、再び加勢していく。
その中心の中、小鞠はただ作られた結界の空を見上げていた。
「あの方は、きっとあたしの本音に気付いちゃったよね……」
虚無に呟かれた言葉を胸に、小鞠は目を閉じる。
「きっと……もう、助からないなぁ」
証拠にあの人―――笠の女が差し向けた妖の羅刹は、小鞠にも攻撃を仕掛けてきている。
小鞠は襲って来る羅刹を躊躇なく切り捨てて心臓を抉り、返り血を呑み込み、首を跳ねていた。
茜凪は小鞠の戦い方を横目で見ながら、“妖としての本能の戦い方”だと瞬時に理解する。
あの姿がきっと自分の中にも眠っているんだろうと思えば、茜凪は今一度己が妖だと思い返した。
妖であることを後悔などしたことない。
人間になりたいと願ったこともない。
だが、人と交わることをいけないと思ったこともなかった。
脳は同時に色々なことを処理していく。
切なさと共にあったのは、敵の羅刹がどうして小鞠を攻撃しているのかという疑問だった。
「どうして小鞠も攻撃されているんですか……ッ?この妖の羅刹は、彼女が連れてきたものではないんですか?」
戦闘を一旦退き、同時に戻ってきた狛神と背中合わせになりながら尋ねれば、狛神は盛大な舌打ちをしながら首元の傷を拭っていた。
「さぁな。俺様がわかることじゃねえよ!」
「どうして小鞠を……」
「つまり、アイツは手先なんだろ?後ろに誰か黒幕がいるはずだ。俺たちを殺りたい目的がいる大将が」
「その大将が小鞠を攻撃するのはどうしてですか?」
「質問攻めすんなよ。俺が知ったことじゃねぇ!」
「裏切られたのか、小鞠が裏切ったのか……」