41. 羅刹
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始まった乱戦。
小鞠が妖ということ、更に羅刹化しているということがあいまって、新選組が翻弄される形となる。
なんとか打開できないかと戦略を練りながら、土方は刀を振るう。
斎藤、原田、永倉も槍や刀で対抗しているけれど、そもそもの戦い方が彼女と彼らでは違う。
体術を専門として戦う妖。小鞠も爪を使用しながら追いつめてくる。小太刀はあくまでおまけというものだ。
新選組がこれまでに出会ってきた妖は、刀を使える者が多く、どうしても体術だけで迫ってくる相手が敵というのは珍しい状況となる。ましてそれがとんでもない馬力で襲いかかってくる羅刹なら尚更だ。
「どうしたんですか、押されてますよ新選組ッ!」
「こなくそ……ッ!」
弾いても弾いても、人並み外れた力によって繰り出される攻撃。
体力が持たない気がした。
原田が長物で対抗しようとも、小回りを利かせて小鞠が原田の懐まで踏み込んでくる。
斎藤や永倉、土方についても同じであり、どうしようもない戦火が続いていた。
「みなさん……っ」
このままではどうにもならない。
千鶴が沖田に寄り添いながら、不安そうに戦況を見つめていた。
小鞠によって連れて来られた重丸は未だに奥の奥に放り出され、気を失っている。
「……千鶴ちゃん、安全なところに隠れてなよ」
「沖田さん?」
「まったく、見てられないからさ。頭数だけでも多い方が……いいでしょ」
「無茶です!そんな体で挑んだら……っ」
口元を隠し、何度も咳込みながら沖田は千鶴から離れる。
立ち上がった彼は刀を構えて、参戦の意志を見せていた。
「だめです、沖田さん……!」
「放して、千鶴ちゃん……ッ」
腕を懸命に引っ張り、病人である彼を前線に出させないようにと懸命に頑張る千鶴。
沖田は煩わしそうにしていたけれど、次の光景にはさすがに二人の動きが止まった。
「まったく、つまらないですねー。もっと気合入れて臨んできてくださいってば」
「ッ?!」
結界を発動させた以来だった。
小鞠が白髪の髪を靡かせて懐から取り出したのは、妖術を発動させる札。
ふわりと翳されて、地に落ちた紙は形となって現れる。
これは……。
「式神……ッ!?」
「あ、御存じでした?」
どこまでも本音を隠し、楽しそうに明るさを取り戻して笑う小鞠。
増えてしまった敵に、再び圧倒されることになる。
一気に増えた五、六体の妖の式神。
狐や狛犬、そして天狗や蛇、猫など、中には知っているものも多かった。
現れた獣たちに、新選組は汗を浮かべる。
「さて。本物の力を発揮した妖と、手合せしたことはありますか?」
命令を受けて、駈け出したそれぞれの妖の式神。
妖力を増した羅刹の小鞠に敵うものなどいないのかもしれないと、事実が見えてきた気がした。
素早い速さで化け物たちが襲いかかってくるのを見つめながら、男たちは刀を振り上げようとする。
「そんな刀じゃ、相手にならないですよ?」
小鞠が極悪な笑顔を見せつけた頃、永倉と斎藤の刀が弾かれた。
脇差を抜く前に、狐と狛犬の牙が二人を捕えた。
「新八!斎藤ッ!」
「――……っ」
だめだ、間に合わないし、対抗できるだけの力があるはずない。
絶望に似た表情を浮かべた千鶴が、思わず手で顔を隠してしまった。
響くのは血飛沫が舞う音か、それとも骨が砕ける音か。
どちらにしても、救われるはずなんてない……。
「狛神流・
誰もが息を留めた時だった。
響いた声は、不動堂村に行き渡った。
式神の狐と狛犬がどこからともなく現れた雷によって、場から消滅させられる。
同時に硝子が割れるような音が、天井から聞こえてきた。
まるで降ってくるようにやってきた男には、誰もが見覚えがある。
「何してんだ、縹」
「あれ、随分と見つかるのが早いですね。どーゆーことですか、狛神さん?」
着地と同時に縹に定めをつけ、睨みあげたのはこの場で唯一彼らに加担してくれるであろう妖。
黄色い瞳を恐ろしい形相に変えて、小鞠のことを見つめている。
「狛神……っ」
妖の羅刹に対抗するために現れた狛神。
彼は、小鞠の変わりきってしまった容姿と姿に目を更に細める。
「説明してもらおうか」
「……めんどくさいけれど、まぁ、いいですよ。狛神さん、あたしの標的の一人なので」
一瞬だけ、小鞠の表情が切なく揺らいだことに誰かが気付いただろうか。
気付いたのならば……何かが変わっただろうか――。
第四十一片
羅刹
この手の妖術が結界の外から気付かれにくいことを、乗り込んできた狛神はよく知っていた。
七緒の時の戦いもそうだったが、色彩を失くしていた頃からこのような妖術にはよく出くわすことがあったからだ。
何かを隠したい時、邪魔されたくない時、そして隠蔽を試みた者が使う術である場合が多い。
能力者の実力にもよるが、結界を張った真上。つまり天井が僅かながらに力が弱まることも彼ならではの知識。
見事にそこから乗り込んできた狛神は結界に破損を齎した。
しかし、小鞠も馬鹿ではない。すぐに結界の修復に取り掛かり、誰にも気づかれない空間を再び生み出したのだ。
「(妙だな……)」
その事実にすぐに気づいたのは土方。そして原田だった。
「(妖を狙う囮として新選組を捕え、殺そうとしている……。だが、こうも外から気付かれない状態を保ち続けていたら、茜凪は事態に気付かないはずだ。囮として俺らを捕えるというが、これじゃあ囮としての役目を成せてねぇ……)」
それでも、何かを隠し続けようとする小鞠。
対峙した狛神は新選組の屯所がここで合っていたことを再確認すると、心のどこかで安堵し、そして危機感を感じている。
「お前、こいつらに怨みでもあんのか?」
「別にないけど」
「なら、何してやがる。それにその姿……」
―――まるで七緒が操っていた沖田……羅刹じゃないか、と狛神は思う。
白髪の髪、そして赤い瞳。
まがいものの鬼の姿。
「狛神さんも知ってるでしょ?変若水って劇薬」
「……」
「それを飲んだの」
「何のために」
「そうねぇ、茜凪ねえさんを含めた……妖を殺すため」
にこり、と笑んだ小鞠。
まだ奥の砂利道で転がっている重丸を見つめて、狛神は顔をしかめた。
「なら、なんで新選組の屯所で暴れてんだ?意味わかんねー女だな」
「そーう?ここで暴れてたら、ねえさんやみんなが気付くと思って」
「わざわざ姿を隠し、時の流れを変えるこの結界の中でか?」
「でも、新選組のことは大切でしょ?」
新選組相手に軽くあしらっているだけだった小鞠は、狛神が構えをみせたことでニヤリとほくそ笑んだ。
これは本気だ、と狛神が悟る。
「まさかとは思うが、その羅刹の力で俺らを殺るために京まで来たのか?」
「そうだけど」
「ハッ、ご苦労なこったな。わざわざ尾張からここまで」
「尾張は今、国をあげて妖の羅刹化計画が導入されてるわ。統制できる鬼もいなくなり、力だけを持て余した縹の生き残りによって、妖界を滅ぼす為にね……!」
「なるほど。つまり、烏丸の馬鹿が何かを懸念してたのも、あいつの知り合いの爛って奴が、次期頭領であるあいつに会いたがってたのも……。尾張の一件が絡んでる可能性はあるな」
推理は正しい狛神だった。
烏丸が里に帰ると言い出したのも、こうして妖の歴史が揺れ動こうとしているからだったのかもしれない。
「俺らを殺しに来るってことは、邪魔だったわけか」
「そうだよ。これから起きることに対して、三頭……特に茜凪ねえさんに生きてられると困るの」
「そうは言っても、お前にあいつが殺せるほど、茜凪は弱くねえぞ」
「だからこそ、こうして新選組を利用しているんじゃない」
「……」
だが、それには矛盾があると狛神は感じていた。
土方や原田が感じたことと、同じ矛盾だ。
これでは、どう考えても囮として利用する新選組が意味を成していない。
「それにしても、どうしてここで異常事態が起きているってわかったわけ?」
小鞠が少しだけ不満そうに告げる。
狛神は間髪置かず、視線を重丸に投げて告げた。
「お前がそこの餓鬼を攫ったからだろーが」
「あぁ……重丸くんと一緒にいたの、狛神さんだったわけね」
地面に転がり、意識を取り戻しそうにもない少年に、小鞠は静かに視線を向ける。
一瞬、また切なそうに笑うのだ。
その理由が、誰にもわからない。