40. 建前
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「さて……。ついに開戦となるわけですが、彼女がどこまで出来るのかが見ものですね」
結界の中に存在した、もう一人の妖。
深く笠を被り、黒い装束に身を任せながら、小鞠が降り立った先を見つめて女は呟く。
「正直、成功するとは思っていませんよ」
笠の女はただそれだけを吐き捨てて、気配を消した。
今もまだどこかで小鞠の行動を監視する如く、見つめているのだろうが。
動き出した別れへの道。
分岐の中で今、ひとつの終わりを迎えようとしていた。
第四十片
建前
「縹……」
彼女、小鞠は確かに“殺す”と吐き捨てた。
とても切なげで、悲しそうな顔をしながら、誰もが聞き届けられるほどの声で。
「これは一体、どうゆうつもりだ」
「……」
「あんたが仕掛けたのか」
斎藤による尋問だったが、小鞠は顔を背けたまま目を伏せている。
何も答えない。
痺れを切らした沖田が、斎藤に問いかけた。
「一君、その子知り合いなの?」
「あぁ……」
“どうゆう関係?”と聞かれたらどうしたものか、と考えた。
妖であること、茜凪と仲がよかったこと、告げてしまえば何かが変わる気がした。
故に今、こうして小鞠は斎藤や茜凪が考えもしなかった行動に移っているから。
「あの子……」
次いで声を上げたのは、意外にも永倉だった。
「新八さんも知ってるの?」
「あ、あぁ……俺は名前とか知らないが、顔は見たことあるぜ……!」
「そうさな。その嬢ちゃん、確か夜の巡察で……」
原田も募って声をあげれば、思い返されるのは巡察の時のこと。
誰が放ったのかわからない羅刹が、夜な夜な京の町を徘徊していることを知り、新選組が巡察を強めた時のこと。
出会ったのは夜に散歩をしているといった町娘……この小鞠だったのだ。
「どっかで見たことのある顔だとは思ったが、あの時の嬢ちゃんか」
「その子がなんで……」
どうしてここにいるのか。こんなことが起きている事態の時に。
考えられるのはただ一つ。
「……あんたが黒幕か」
「はい」
明確に返された答え。
間を置かずに返された返事に、斎藤が顔をしかめる。
原田と永倉は、巡察の時に出会った子がどうして新選組の屯所を襲うのか、わからないでいた。
「あたしは、京に滞在する強い妖を殺しに来ました」
「……」
「そのために、尾張からここまでやってきたんです」
初めて語られた、小鞠が京にきた理由。
目的は強い妖を殺すため、そしてその標的の中には……――。
「これから起きる妖の戦に、強い妖がいてもらっては困るんです」
「つまり、あんたは茜凪を含め、旧知の妖を殺しに来たということか」
「仰る通りです。さいとーさん」
小鞠はようやくそこで顔をあげた。
にこりと、自嘲めいた笑顔を見せられて、その場にいた人間は言葉を返せなくなった。
「本音としては新選組には何の怨みもありません。ただ、あたしが嫌いな人間という種族であるだけ」
「ならば何故、屯所に妖術を仕掛けた」
「単純です」
淡々と進められる会話の中に、小鞠らしい明るさは何もなかった。
冷たくて、苦しさを隠す声だけが響く。
「新選組と懇意にしている妖が、この京には多いから」
「……」
「茜凪ねえさんは御陵衛士に付いてたみたいだったので、最初はそっちにしてやろうかと思ったけど。調べたらここの大将?よく知らないけど、その人の言いつけだったんでしょ」
土方から下された茜凪への命令も知っていたようだ。
あの話は茜凪と斎藤、そして烏丸や狛神など、信頼のおける者にしか話していないはずなのに……。
「烏丸も沖田って剣士に憧れてて、狛神も水無月も面識のある。弱くて非力な人間の新選組に罠をしかけて囮にすれば、彼らがひょこひょこやってくると思っただけよ」
それだけが、新選組が狙われた理由だった。
「でも、この結界強すぎるんですよね。外から気付かれるかどうか……」
「……」
「待ってる間、暇じゃないですか。誘き寄せるのもいいですけど、外に出るのもめんどくさいですし。だから……――」
告げられたのは、妖ならではの戦闘狂である笑顔と共に送られた。
「新選組を先に殺そうと思って」
小鞠から送られてきた言葉は、誰もに危機感を抱かせた。
妖が強いのはよくわかっている。
対人間であるならまだしも、対妖になってしまった時、刀を含めた人間の戦い方で勝てるのは現実的にも難しいのではないかと感じていた。
「さて。それじゃ始めよーよ」
小鞠がいつもは腰に差していなかった刀を抜く。
どちらかというと小太刀と同じ大きさのそれ。
抜き捨てられた刃を見てしまえば、応戦するしかないだろう。
永倉、原田も武器を構え、斎藤も腰から刀を抜いた。
それは、まさしく小鞠の作戦だった。
「始めよう……」
月夜に輝いた小太刀。
寒さを肌で感じ始める、十一月のことだった……。
「時間稼ぎの合戦を」
零された言葉は誰にも届かなかったはずだ。
本気で踏み出した小鞠と、応戦するために出てきた新選組隊士。
沖田は『まだ出てくるな!』と原田に言われたために、見ているだけになっていたが、次の瞬間誰もが足を止めてしまう。
刃が交わる前のことだ。
「全部……全部、終わりにしてあげるからッ!」
声と同時。
見開かれた瞳と、小鞠の髪の色が変化を齎す。
白髪に色が抜け、瞳の色は赤く染まる。
茜凪の持つ本来の力の色とは違う。茜色ではなく、血に飢えた化け物の色だった。
これは……―――
「羅刹……!?」
あの日の本当の真相がここで明かされた。
京を徘徊している羅刹がいた。それを捕える命が下っていた。
そして羅刹を探している途中で出会った一人の町娘。
彼女こそが……。
「縹、あんたは……」
「新選組は羅刹と深い関係があるんだってね……。じゃあ、これも知ってるかな?」
彼女は一体何がしたいのか、わからなくなった。
「変若水の効果は妖にも効くの。そして人間よりも遥かに長い生命を持った妖は、人間よりも素晴らしい力を手に入れることも出来る」
「妖の羅刹だと……!?」
「おまけに人間よりも強靭な体を持っているから、血に狂いにくい」
強い妖を殺してどうするのか。
小鞠が羅刹にまでなって、得たかったものは何だ。
未来か、誇りか、それとも過去なのか。
彼女の存在についてが何も、わからない。
「人間のあんたらにはわからないと思うけれど、あたしたち妖には忘れちゃいけない歴史があるのッ!!」
小鞠が仕掛けてくる攻撃をかわし、追撃しながら話は進む。
男三人がかりでも、押される勢いだった。
そこへ、千鶴を連れた土方が戻ってくる。
廊下で交戦を見つめて始まってしまったか、と舌打ちをする。
広間には焦りを見せながら光景を眺め、刀を悔しそうに握りしめる沖田の姿があった。
「総司!」
「沖田さん!」
千鶴と共に戻ってきた土方に、沖田は顔を向ける。
「土方さん、あれ、やばいと思いますよ」
「は……ッ?」
話を聞き届け、土方は再び永倉や原田、そして斎藤が乱戦しているのを見つめ直した。
現れた敵はただ一人に見える。しかし、姿カタチに驚いた。
「羅刹……!?」
「彼女、妖らしいです」
「!」
「妖の羅刹……。鬼と同じくらいの実力でしょうね」
こんなところで見ている場合じゃないのに、と沖田が悔しそうに唇をかみしめている。
千鶴は沖田に寄り添い、そのまま土方からの命令を受けた。
「千鶴、総司を頼む」
「はい……」
千鶴は、土方の顔が見れなかった。
またひとつ、父親が関係したあの劇薬が新選組を苦しめる事態になっていくなんて……。