04. 稽古
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「で。誰が屯所に餓鬼を連れてきていいって言ったんだ」
「やだなぁ、土方さん。この子、さっきの浪士に絡まれてたんですよ?話を聞かなきゃいけないでしょう?」
「そりゃ分かってる。だが、屯所の中にまで許可なく入れていいと言った覚えはない」
「え、じゃあわざわざこの子を門前で茜凪ちゃんと一緒に待たせて、僕が会いたくもない土方さんのところにこうして許可を取りに来て屯所に入れるまで彼女とこの子を外で待たせた挙句、土方さんは許可を下ろさないっていう結末になればよかったんですか?うわぁ、相変わらず最低ですね土方さん」
「誰もそうは言ってねえだろうが!」
卯月が終わる頃のこと。
茜凪は久しぶりに訪れた新選組の屯所、西本願寺で沖田と土方の言い争いを聞いていた。
春の木漏れ日が漂う天気のいい日にとてもよく響く二人の声。
茜凪は居辛そうな顔して、二人より数歩下がったところで、市中から連れて来た男の子と並んでいた。
隣の男の子は既に新選組の屯所ということに目を輝かせていて、大人の事情など気にもしていない。
「だいたい茜凪!お前もお前だ」
「はい……」
沖田がいる手前、堂々と“なんでお前まで戻ってきた!”なんて言うにも言えず、土方から痛い視線を受けながら俯く。
叱責の最中、動くに動けずに隣にいた男の子が廊下やら広間の方までパタパタと走り回り、キョロキョロしていることを止められなかった。
「土方さん。どうして茜凪ちゃんを責めるんですか?」
「あぁ?」
「別に彼女がここにいることは問題ないでしょう?隊士でもないんだし、あれだけ大きな戦いに関わった妖なんですから」
「……」
「別に彼女が一君と仲がよくたって、関係ないと思いますし。新選組に仇を成すならば斬っちゃえばいいだけですからね」
そう簡単に斬られたくないなぁ……とも思ったが、体調がいい彼が相手だと、右手が使い物にならない自分に勝ち目はほぼ無かった。
つまり仇を成すなということ。もちろんそのつもりもないし逆に今、土方の命を受けて斎藤の傍にある立場なので仲間と言ってもいいと思う。
だが沖田が任務を知る由もないので、黙っているしかなかった。
「そういうことを言ってんじゃねえ。本来、コイツは部外者なんだ。そう慣れ親しんだように屯所に出入りされても困るんだよ」
正論だ。
沖田とのやりとりでも微塵も隙を見せない土方を見て、茜凪は呆然と思う。
彼は顔もいいし演技もうまいので、いっそのこと役者も向いているではないかと。
同時に本人に告げれば首が飛んでしまうかもとも思った。
「とにかくその餓鬼の話を聞いて、さっさと親もとに……――」
土方が呆れつつ、視線を子供に向けた時だ。
茜凪の隣にいたはずの男の子は、姿も気配も存在しなかった。
「……茜凪!!」
「はいぃ!」
「あの餓鬼はどうした!」
「えっと……広間の方に行った、ような」
「何で止めないんだよッ!」
「お説教されている時に他のことに気を取られるのもどうかと思いまして……」
「気付いてる時点で気が逸れてるだろうがッ!さっさと探せ!」
「ひぃ…っ」
怒りの号令を聞き、茜凪はそのまま一目散に男の子を探し始める。
駆け出した茜凪に対し、沖田はにんまり笑っていた。そのままゆっくりとした歩幅で彼女の後を追っていく。
土方が見送りつつ、呆れた溜息を吐きだした直後だ。
「土方さん」
「なんだ」
沖田が横目で振り返り、土方の顔をニィと口角をあげて見つめた。
「もしかして、彼女に何か仕組んでたりします……?」
――……相変わらずの抜け目の無さ。流石は一番組組長と言ったところか。
頭でそんなことを思いながら、土方は顔を逸らし、沖田に告げた。
「はぁ?さっぱり心当たりがねえな。お前もさっさと行け」
「彼女が一君の傍にいるのは、彼女の意志ですか?」
「いまの斎藤の事情なんて知らねぇよ。アイツが斎藤の傍にいるってなら、そうなんじゃないのか?」
「……」
しばしの沈黙。
気取られる訳にはいかない。
……が。
ここまで追求されてくると、沖田にはゆくゆくばれるのではないかと思った。
「ふーん」
「……」
「じゃあ、一君にとってそれって凄く幸せなことですね」
意味深な発言をしつつ、沖田は何か思いついたように笑う。きっと何かを仕掛ける気でいるのだろう。
土方は、斎藤のことを信じている茜凪を信じ……あの娘がやり通すであろうと、敢えて何も言わずに部屋の奥へと消えて行った。
残された沖田もようやく茜凪を追い、屯所の広間へと向かうのだった……。
第四片
稽古
探し回ること小半時。
茜凪は広間からも姿を消し、どこにもいなくなった男の子を探していた。
「どうしていなくなっちゃうんですか……」
広間も見た。ついでに道場も、勝手場も、隊士の部屋が集まる廊下も、床下の入れそうな空間がある場所も隅々まで確認した。
しかし、あろうことかどこを探しても先程の子供が見つからない。
このままでは土方から本気でげんこつを喰らうんじゃないかと脅えつつ、茜凪も着物姿のまま辺りを探し回っていた。
「あれ……茜凪?」
「はい?」
呼ばれたので、振り返る。
猫でも探すような素振りをしていた彼女を、目をぱちくりさせつつ見つめていたのは、恐らく非番らしき空気を出した原田だった。
「原田さん……?」
「おぉ。やっぱり茜凪か」
近付いてくる長身の男が、茜凪の姿をまじまじと見つめていた。首を傾げて考えたところで、着物姿であることを思い出す。
「美人がいると思ったら、お前だったのか。着物姿だったから一瞬、島原の芸子かとでも思ったぜ」
「褒めても何も出ませんよ」
愛想よく笑ってやれば、原田も照れはしなかったが微笑みを返してくれた。
「ところで、珍しく姿を見せたかと思えばお前こんなところで何してんだ?怪我はもういいのか?」
「怪我は何とか。それより……」
「……?」
「男の子を探しているんですが……」
「男?」
まさか茜凪の口から、人を探していて、尚且つ男の子を探しているだなんて予想もしなかったのだろう。原田はもう一度目をぱちくりさせていた。
「浪士に絡まれていたところを斎……じゃなくて沖田さん達が助けたんですが、屯所についた途端、いなくなってしまって」
「屯所の中にいるのか?」
「恐らく……。まだ話もきちんと聞いていないので探していたんですけど……」
唸りつつもう一度左右を確認して、声が聞こえないかどうか耳まで澄ませたがこの辺りにはいないようだ。
「なるほどな。一応、俺も探してやるよ」
「ありがとうございます……」
「見つけたら声かけるから、お前もそのへんもういっぺん確認してみてくれ」
「はい」
原田は茜凪と逆方向を探しながら歩いて行ったが、申し訳ないことをした気がする。
彼にも彼の時間があり、こんなことをしている暇なんてないだろうに。
……それを言ってしまえば、沖田に付き合わされている茜凪も茜凪なのだけれど。
「とりあえず、もう一度廊下を……」
と、首をそちらに向けた時だった。
「甘い!あまぁぁあい!」
「?」
「そんな動きじゃダメなんだよ!もっとズバババババッて感じじゃねーとダメなんだって!」
「そんなこと言われても、おら初めてやるのに分からないよぉ……!」
「………。」
とてもよく聞き慣れた声が大きく響いてくる。さらに男の子なのだか、女の子なのだかわからない甲高い声も聞こえて来た。
視線を向ければ死角で見えないが、恐らく境内の方だ。
「全く。朝からいないと思ったら、こちらにお邪魔していたんですね」
向こう側にいる相手が誰なのだかは安易に予測できた。
この声、喋り方。そして全然相手に伝わらないような教え方。
こんな空気を出せる者で、茜凪の知り合いと言ったらただ一人である。
「だぁーから!違うって!ここはこう!そこはそう!わかるだろ!?」
「わからないよぉ!」
「はぁ……烏丸の馬鹿に教えを乞うなんて、こいつも同じ類の人間か」
予想していた人物より一人多くの者がおり、茜凪は目を驚かせることになる。
「烏丸……。というより、狛神まで……!」
「あ?」
境内の一番広い場所を使い、木刀を少年に持たせ、手ほどきをしている烏丸と、程近い石壇に腰かけて彼らをつまらなさそうに見つめていた狛神の姿だった。
先に茜凪の声に気付いたのは狛神だったようで、背後に手を置いて反り返っていた体と瞳を茜凪の方へと向ける。
「茜凪?珍しいな、お前がここにいるなんて」
「貴方こそどうして……」
狛神と言えば、新選組には興味なし。
藍人を救う戦いが終了した後、寝食は共にしていたが、日中どう過ごしているのかは殆ど知らない間柄だった。
その彼が、こうして新選組の屯所である西本願寺に訪れているなんて。
「俺様は見ての通り。暇だったから烏丸に付き合ってやったら、沖田に会いに行くって言い出してここにいる」
「貴方が烏丸に付き合うことが珍しいですね」
「色々あんだよ、色々」
再びつまらなさそうにしつつ、烏丸と少年へと視線を向けた狛神。
とりあえず、目的の人物は見つかったので目を離さないように茜凪もその場に留まることにした。
烏丸も少年も、茜凪がやってきたことに気付いたようで一旦手を止めてこちらに挨拶をしてきた。
「よう茜凪!今日は一と一緒じゃないのか?」
「常に一緒にいられるわけじゃありません……」
「そーかぁ?お前は何が何でも一にくっついてってる印象があるんだよな」
「今の発言で貴方がいかに他人を監察する眼がないかよくわかりました」
あながち間違ってはいないけれど、常に一緒というのは誤解だ。斎藤に支障が出てしまうことはしたくない。
「で、お前はここに何しに来たんだよ」
「その少年にお話があるのです」