34. 葛藤
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「斎藤」
高台寺党と呼ばれるようになってから、どれくらいの時間が経過していただろう。
身なりは御陵衛士としてふるまっていたが、心の拠り所は常に新選組にあった。
彼、斎藤 一は己の持てるもの全てを新選組に差し出し、この隊務をこなすことに決めたのだ。
自身が心から慕っている武士・土方のもとに戻ってくるまで、あと一月もない頃。
新選組の屯所である不動堂村の屯所に忍び込み、報告を終えたところで呼び止められた。
長い髪を靡かせて振り向けば、土方が渋い顔してこちらを見ている。
「はい」
「まぁ、言わなくてもわかってると思うが羅刹には気をつけろ」
「羅刹?」
帰り際に渋い顔をし、敢えて忠告してくる彼の真意が掴めなかった。
秋の空に照らし出された月が、斎藤の表情を照らす。
半分だけ闇に包まれた土方の顔は、彼とは対になり暗かった。
「最近、巷でどっかの藩の羅刹が暴れているって話を聞く」
「失敗作以外の羅刹が、巷を徘徊しているということですか……?」
頷いた土方も腑に落ちない顔をしていた。
新選組以外の羅刹が、まさかこの時期に現れるなんて。
土方曰くその羅刹は、山南と同様に理性を保つことに成功しているらしく、とても厄介だということが判明していた。
「今、夜の巡察の部隊を増やして臨んじゃいるが未だに尻尾が掴めねえ。それに奇妙なのが、今回の羅刹と思われる化け物は人間に関わらず家畜や別の生き物の血まで求めてるらしい」
「血であれば人でなくとも構わない、と」
「らしいな。かなり豪快に暴れてるらしいが、手掛かりという手掛かりが掴めてねえ。目撃者もいねえしな」
「……」
――……どこか、違和感を感じていた。
今まで自分たちが出会った羅刹とはまた違う気がする。
それよりも性質の悪い化け物が、この京に存在しているのではないだろうか。
「わかりました。見つけ次第、始末します」
「頼んだぜ」
――伊東の件、諸共な。
そう付け加えられたことを背中で受け止める。
静かに瞼を落とした斎藤は、夜が更ける町へと消えて行った。
見送ることはしなかった土方だが、夜の京が不穏な空気に包まれていることには気付いていた。
見逃せないほどの濃い殺気を感じる。ただ、正体や、誰から誰に向けての殺気であるのかは予測できないまま。
ある一つの関係性と心が、終わりに向けて走り出していた。
第三十四片
葛藤
野犬の遠吠えが聞こえる。
ふらりふらりと散歩に出ていた小鞠は、行く宛ても目的も考えずに歩いていた。
どこか焦点が定まらない瞳。
伏せられた先に光は灯らずに、まさに徘徊という言葉が似合うような姿。
祇園から少し南に進んだ先に、開けた場所がある。
そこでふと立ち止まった小鞠は、自分以外に人気があることに気付いていた。
「……」
ぐるぐると喉を鳴らす野犬と、ちらほらと数人の男が見える。
にやにやと笑みを浮かべる男たちは、恐らく先日茜凪や重丸を襲撃したのと同じ理由で、小鞠を狙おうとしているのが分かった。
「よう、嬢ちゃん。こんな夜更けにどこ行くつもりだぁ?」
「いい着物きてるなぁ?ちょいと俺らと遊んで行けよ」
「悪いようにはしないぜ?な?」
薄汚い笑みを浮かべた男たちが、どんどん近付いてくる。
立ち去ろうとする先には、野犬の群れが見えた。
もはや逃げられないという表現が正しいのかもしれない。
「綺麗な小娘だなぁ……。これなら高く売れそうだぜ」
やはり資金を調達するために売ろうというのか。
小賢しい。
人間という立場でありながら、特別な力を持ち、人を凌ぐ力を持つ妖。
その妖を売る立場にあるのが人間?
笑わせるな。
小鞠は微塵も動かなかったが、伏せた瞳の奥でそんなことを思っていた。
「なぁ、連れ込んで少し遊んでからでもいいよな?」
「どうせ売っちまうなら、俺たちも楽しんでから――」
身動きしない小鞠を、怯えない小鞠を、彼らは逆に“不気味だ”と何故思わなかったのだろう。
次に瞳が真っ直ぐあげられた時、彼女の目は色を変えていた。
大きく手を振りかざし、妖―――化猫である特性の爪で男の喉を切り裂こうとした時だ。
「がっ!?」
「ぐふぁ!」
小鞠に襲いかかろうとしていた男、悲鳴や痛そうな声をあげながら目の前でバタバタ倒れていく。
白刃が煌めいたからか、本能で危機を察知した野犬も走り去ってしまう。
小鞠は冷静な顔で振りかざした手の先を定める必要がなくなったまま、そんな光景を見つめていた。
現れた影は三つだった。
一つは浅葱色の羽織を着て、長い武器を振り回していた。
もう一人は筋肉質の男であり、刀身を晒してにやりと微笑む。
最後の一人は、小鞠も見知った男である。
「ったく!深夜のこの時間に女の子に絡むなんて、もっとやることあるんじゃねぇかぁ?勤王の志士さんよ!」
「ま、大方資金繰りに困って人身売買に手を染めかけたってとこだな」
浅葱色の羽織を着た男たちは、倒し終えた男たちをみつめながら悠然と笑うだけ。
もう一人の黒い着物の男は、小鞠に向き直り声をかけてきた。
「縹、怪我はないか」
彼女が望んでもいないのに手を貸して、身の周りを安全に置き換えてくれたのは、新選組の永倉 新八と、原田 左之助。
そして斎藤 一だったのだ。
「さいとーさん……。何してるんですか、こんなとこで」
「それはこちらの台詞だ。あんたこそこんな夜更けに何をしている」
「あたしは、別に……」
気付かれてはならない。
そう感じて、小鞠は瞳の色を即座に元の色に戻していた。
誰かにこの作戦を気取られてはいけない。
己が尾張から、この京にやってきたことを忘れてはいけない。
そして何を目的とし、誰を狙っているのかも……ひと時たりとも忘れてはならないのだ。
「よう斎藤。そっちの女の子は怪我ねぇか?」
「斎藤も奇遇だな。こんなところで会うなんてよ」
羽織を着た永倉や原田も気にして小鞠に声をかけてくる。
斎藤にも伝えたが怪我をしていないこと、特に目的は――本音を話すはずもなく――なかったことを告げる小鞠。
「嬢ちゃん。どこも怪我してねぇか?」
「あー……はい。平気です」
「こんな夜中に一人でで歩くなんてやめたほうがいいぜ?襲われたって文句も言えねえからさ」
永倉が親切心で告げた言葉。
しかし小鞠は嫌味なくらいの笑顔を向けるだけで、特に何も言わなかった。
斎藤は黙って聞いていたけれど、小鞠の様子はどこか不審であることを見抜いていた。
「……」
「ま、なんでもねえならそれでいいけどよ。とにかくこの辺りの夜は、とんでもなく治安が悪いんだから気をつけろよ」
「そんじゃ斎藤。また会ったら、そん時は」
「あぁ」
羅刹絡みのことがあるので、主立って動いている新選組は彼らが中心のようだった。
斎藤がそのまま見送れば、そそくさと暗闇の中に消えていく二つの浅葱の背中。
ある意味、“邪魔された”立場にある小鞠は溜息を気づかれないように零していた。
「夜更けに散歩などするものではない」
「なんとなく寝つけなかったんですぅ」
「もう遅い。別宅まで送ろう」
「そんなことしたら、ねえさんが嫉妬しますよ」