33. 伏線
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「で。それで着物をびしょびしょにして、二人で帰ってきたと」
「正確には四人で帰って来ました」
「おまけに浪士を相手にして挑発までしたと」
「いや、今日はしていません」
「斎藤さんが来なければ、重丸くんの命が失われていたかもしれないと」
「それは……そうかもしれませんが、でも私は――」
「言い訳しないッッ!」
「いだっ」
バシッといい音を響かせて、茜凪の頭に鉄拳制裁が落ちる。
畳の上に正座させられた茜凪と、その横で彼女を憐みの視線で見つめる重丸、小鞠、そして斎藤。
正面に仁王立ちして茜凪を見下ろした菖蒲は、鬼のような形相で彼女を睨みつけている。
「あんた、なんで反省しないわけ?」
「反省してます」
「口だけでしょ!嘘おっしゃい!」
「そんなことありません!状況が状況だったからどうしてもああならざるを得なかったというか……ッ」
「うるさい。あんた今日、晩御飯なしだからね」
「えぇ!?」
昼間の事情を聞いた菖蒲は、着物が悲惨なことになっているのに対しても、茜凪が色々と自覚をしていないことに対しても憤りを感じていた。
お風呂に入り、着物も着替え、おまけに付きあわせてしまった斎藤の着物も、全て菖蒲に面倒をみてもらったところ。
返す言葉も本来ならないが、でてきてしまった言い訳は今更しまえない。
どうしても受けなければならない罰則は、晩御飯抜きということに確定したようだ。
「斎藤さんにも謝ったの!?重丸くんにも!」
「ご、ごめんなさい……」
「ねえちゃん、そんな気にしいひんといて……。おらが誘ったのがいけなかったんや……」
茜凪の隣で一緒に項垂れる重丸に、茜凪は更に罪悪感を募らせていた。
斎藤も小鞠も何も言わなかったけれど、斎藤は先程怒りをきちんとぶつけていたので口を開かないだけ。
小鞠に関してはただただ菖蒲を見上げていた……。
「とにかく、わたしは夕餉の支度をするから。重丸くんも、斎藤さんもよかったら食べて行って」
「すまない。馳走になろう」
「お、おらは……」
重丸は茜凪を差し置いて、自分だけご飯に在りつくことを気にしているようだった。
茜凪が大食いなのも知っているので、尚更いい気がしないらしい。幼いなりによく出来た子供だ。
茜凪は重丸が投げてきた視線の意味を悟ったので、優しく微笑み返してやった。
「重丸くん、食べて行ってください。帰りは私が送りますから」
「で、でも……」
「私なら一食抜いても平気です。明日の朝、倍の量食べるので」
「調子に乗らないで。あんたのその倍の量、用意するの誰だと思ってんの」
菖蒲から怒号が再び飛んでくることも気にせずに、茜凪は重丸を説得した。
そのまま部屋で謹慎扱いになった茜凪は広間から姿を消すことになる。
斎藤は静かに彼女の背を目で追っていたけれど、重丸はまだあわあわと挙動不審なままだ。
残された小鞠は菖蒲からようやく視線を離し、つまらなさそうに茜色に染まる京の町を見つめていた……。
第三十三片
伏線
夕餉を終えて、酒盛りにきた客が菖蒲と談笑を楽しんでいるのが見える。
ここ最近は多忙な日が多く、以前のようにこの料亭へ通える時間もなくなっていた。
毎日のように通っていたここも、気付けば懐かしく思えるほどだ。
斎藤は奥にある座敷で着物が乾くのを待ちながら、烏丸がいなくなった場所で狛神と言葉を交わしていた。
「烏丸から連絡は何かあったか?」
「いや、特に何も」
烏丸がいないこの空間は、少しばかり静寂すぎる。
茜凪も今は部屋にいるし、ここにいるのは少し異様な面子。
斎藤、狛神、重丸、そして小鞠。
水無月はまだ裏方で菖蒲の手伝いをしているようだ。
膳も片づけられた座敷で、狛神と月を見ながら淡々とした会話を続けていく。
「ただ今回の里帰りは、異様に長いってことくらいだな」
「長い……?」
ちびちびと手酌で酒を飲む狛神を、斎藤は顔をあげて真っ直ぐ見つめた。
斎藤はこのあと土方の元に行かなければならないので、酒は控えていたが、どうも彼の話は気になる。
「いつもなら数日で戻ってくるし、長い時は先に文がくるらしい」
「らしい?」
「俺様宛じゃなくて、茜凪宛にな。でも、今回は茜凪にも烏丸の馬鹿から手紙はきてない」
「そうか……」
「ま、単に爛のことで忙しいだけだと思うけどな」
果たして、この時の判断は正しいものだったのだろうか。
全ての糸が縺れて絡まって、最後に繋がるのだが、このままで済むはずなんてなかったのだ。
前兆はきちんと出ていた……――。
「“爛”?」
そこでふと引っかかったのは、狛神の口から出てきた名前。
斎藤が思わず聞き返せば、“あぁ、確かに一は知らないよな”なんて思う。
「烏丸家の妖だ。とんでもなく強いらしいぜ」
「……」
「……――」
重丸は半分うたた寝をしているので、彼らが普通では考えられない単語を会話に混ぜているのに気付いていないらしい。
小鞠は一瞬、“爛”という言葉に反応を示していた。
「俺様は会ったことないが、烏丸は親しい……というより、いい意味で警戒しているみたいだぜ」
「……」
「その爛っつー風来坊が烏丸に用があるとかなんとかで、里に呼び出しを喰らったから、あいつが里帰りすることになったとか」
妖の事情はよくわからないことばかりだったが、狛神は“その手の話なら、茜凪に聞いた方がわかるだろ”なんて言っていた。
話からするに、茜凪と爛に面識があることがわかる。
「それより、茜凪は部屋から出て来ないが本当に飯抜くつもりか?」
「罰なのだから、致し方ないだろう」
「一って、ほんと真面目だな。ったく、あとで飯、持ってってやるか……」
「それでは意味がないだろう」
生真面目な斎藤が、狛神が発した行動に異議を唱えたので彼は苦笑する。
「まぁな。でも、あいつの気持ちもわからなくねぇんだよな。俺」
「……」
「剣の才能がないと言われようが、自分の負担が大きくなろうが、浅はかだとわかってても、挑戦してみたいとか」
「……――」
「それでも足掻いて、抗って、道を切り拓いていきたいと願う姿勢が……俺にはわかる」
それは斎藤にも理解できた。
ただ、理解と納得は違う。今回の件、理解はできたが納得は出来なかったからこそ、びしょ濡れになりながら彼女に本音をぶつけたのだ。
「あいつだって、わかってんだろ。誰よりも自分のことなんだから」
「……」
「飯抜いたからって“じゃあ次回からやりません”って女じゃねぇよ。あれは」
完全に寝入った重丸の横で、狛神の言葉に小鞠は膝を抱いた。
もやもやする。何かを壊したくなる衝動が生まれる。
あまりにも違いすぎる。茜凪と―――小鞠自身は。
狛神の言葉を聞き届けて、斎藤はゆっくりと腰をあげた。
その気配で目が覚めたのか。重丸がうっすらと瞼をあげる。
「帰るのか?」
「いや。確かにそろそろ刻限だが、先に茜凪に声をかけてくる」
手酌していた酒を置き、ならば。と狛神も立ち上がる。
彼は斎藤が別宅に向かうのとは逆に、勝手場に茜凪の夕餉を作りに向かったようだ。
先程まで静かに語りが交わされていた座敷には、ゆっくりと目を覚ました重丸と、壁に背を預けた小鞠がいるだけ。
瞼を擦り、小鞠の存在を認識した重丸は……一瞬、顔を強張らせた。
小鞠と重丸の視線が絡む。
「……」
彼女は、少年が恐怖を覚えていることも知っていた。
そして、その理由も。
「重丸くん」
「――!」
二人きりの空間は、初めて。
出来れば重丸は避けたいと思っていた場面だった。
そんなこと……誰も知る由はなく。
「あたしが、怖い?」
「―――」