30. 尾張
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「お前、縹……っ!?」
「お久しぶりでーす、狛神さん!」
「小鞠!?」
「烏丸さんも!」
茜凪が外で斎藤と話をしている最中に玄関から別宅に上がり込んだ小鞠。
突然現れた少女に、居間にいた烏丸と狛神が顔をあげた。
おまけに声もあげた。
「な、にしてんだよ、こんなとこで……!」
「茜凪ねえさんに会いに来ました」
「尾張からわざわざここまでか?」
「はい」
「ご苦労なこったな」
狛神は相変わらず誰に対しても同じような態度で、小鞠を歓迎しているようには見えなかった。
どちらかというと一瞬変化を見せた後、意識的に表情を偽ったのは烏丸の方だった。
「そ、そうか。茜凪も喜ぶだろうな!」
「今、ねえさんは恋仲のさいとーさんと外で逢引きの最中です」
「え?」
「一が来てんのか?」
全く気付かなかった。
という後に“茜凪、階段下りてきたか?”という疑問が二人の脳裏にすぐ過ったが、敢えて黙っておくことにする。
斎藤が来ているということを知らせたのは小鞠だったので、彼女が彼の名前を知っているとなると会ったということか。
詳しい話を聞きたい、斎藤の顔が見たいということで烏丸が立ち上がったのだけれど、道を塞いだのは意外にも小鞠だった。
「ちょ、なんだよ小鞠」
「烏丸さん、どこ行くんですか?」
「ちょっと一に……」
「なに野暮なこと言ってるんですかぁ!?」
「はぁっ?」
小鞠が指を顔の前に突き立ててきたので、烏丸が反り返る。狛神は奥でお茶を啜りながら、これまたいつも通り頬杖ついて眺めていた。
「茜凪ねえさんは今、恋情を持っている男の人と二人っきりで会ってるんですよ!出てって邪魔するなんて、空気読めないにも程があるんじゃないですか?烏丸さん」
「いや……」
「だからモテないんですよ」
「おいこら小鞠!」
ズバッと最後に言い放たれた言葉に、烏丸がクワッと目を剥く。同意見だったらしく、狛神は珍しく声をあげて笑ってた。
「ウケる……っ、相変わらずだな。縹」
「狛神さんも相変わらずで何よりです」
ここは意外と仲がいい……――いや、仲が悪くないらしく、にこやかに挨拶を交わしていた。
狛神がこうして最初から反感を抱かずに絡んでいる姿でいるのは珍しいと思う。
何せよ、烏丸・狛神・そして小鞠の三人で顔を合わせるのはこれが初めてだったからだ。
「まったく……。つーかお前、ここに泊まる気?」
「ねえさんから許可は得てますよ。これからお世話になります!」
「おいおい。ここの土地は建物含めて一応水無月のもんなのに、アイツ……」
「え、水無月さんもいらっしゃるんですか!?」
目を輝かせて返答を待つ小鞠。
……どうやら騒がしい日々が始まりそうだ。
「あたし、ちょっと会ってきます!」
「おいこら!小鞠!」
料亭へ繋がる奥への道を、人の話を聞かずに進んで消えて行った小鞠。
手を伸ばして止めようとしていた烏丸のそれも虚しく、空中を彷徨った掌は力なくグタリと落ち込んだ。
「なんなんだよ、アイツ……」
「こりゃ、烏丸が里に帰ってる間も静かにはならねぇな」
「俺よりアイツのがうるせえだろ」
小鞠が消えた方角を見つめて、烏丸が溜息をつく。
狛神にはつい先程、明日から里に帰る……――と偽った、尾張への旅路に出る話をしていた。
小鞠はもともと尾張の地域に住む妖であり、一族が滅んだあとも尾張に住んでいたはずだ。
だからこそ、彼女がやってきたことが烏丸が隠そうとしていることを暴く可能性を恐れていた。
表情が一瞬固まった原因はそれだ。
「ま、とりあえず縹のことは、放置しててもなんとかなるだろ」
「まぁ、な……」
「お前は里に帰る支度でもきちんと済ませたらどうだ。もう夜も更けるぜ」
「……」
「明朝、出立って言ってただろ」
狛神にぶっきらぼうに言われれば、確かにそうなのだけれど。
何故、この時期に尾張の妖がやって来るのだ。と烏丸の中では疑問が拭えなかった……――。
第三十片
尾張
裸足のまま高台寺に帰る男を見送った。
時刻はてっぺんも回ってしまった頃。
今日から新たな月になる。
ちょうど一年前の今頃、新選組と接触し、式神を止めようとしていた頃だなんて思い返してみればこうして斎藤の背を見送ることが出来て、傍にいることが、触れることが許されている立場である今が、どうしようもなく幸せだと思った。
裸足のまま飛び出したので、茜凪は玄関口で足の裏を確認してみる。
確かに、少しだけ腫れていた。彼の意見も右から左にできないな、なんて思いながら奥の部屋から飛び交う声を聞いていた。
「だからぁ、そういってるじゃないですか烏丸さん!」
「うっせーよ!俺は明日から里に帰るんだ!もう寝かせてくれ!」
「せっかく可愛い妹分にあたる小鞠ちゃんが来たのに、もう寝るんですかー!?サイアクー!」
「お前な、四国まで行くのが意外と辛いの分かってねーだろっ!」
――あぁ、そういえば夕餉の時に烏丸が里に戻るって言ってたな。
足の裏についた泥や砂利を叩きながら、ぼんやりと茜凪は思い出していた。
突然“里に呼び出された”というのはいつものことだし、今回は予兆として手紙のやり取りをしていたことは知っている。“爛”について悩んでいたのも聞いたので、大方そのようなことだと思っていた。
だからこそ烏丸のいつも通りの態度、そしていつも通りの行動に、茜凪も狛神も看破出来なかったのだろう。
彼が本当はどこへ向かい、何をしたいのか……――。
「あ、ねえさん!」
「おかえり、茜凪」
「茜凪!小鞠の奴が俺を寝かせてくれねぇんだよ!」
何故か取っ組み合いの格好を取りつつ、小鞠が烏丸の掌を己の掌でグイグイ押しており、烏丸も対抗するように力を入れている。
均衡が取れているのが見えて、よく力加減が同じで保てているなぁ、とどうでもいいことを考えてしまった。
「やだ烏丸さん!その表現卑猥ー!」
「バカ野郎!そういうこと言うのやめろ!お前は女なんだから、淑やかに生きるべきだッ」
「そんな上品に生きてたら、茜凪ねえさんに追いつけませんー」
「やめろ、茜凪は淑やかになんて程遠いから目指すもんじゃねぇ!女は静かに本を読んで、料理作って微笑んでてくれるような家庭がだな――」
何故か真剣に語っている烏丸の女の好みは置いておこう。
狛神が飲みきった湯呑を片しに行くのが見えたので、声をかけてやった。
「狛神」
「あ?」
「菖蒲や水無月はまだ料亭に?」
「みたいだぜ?もう遅いし、そろそろ店仕舞いにするとは思うが手伝わねえとダメかもな」
なら、湯呑を返しにいく狛神について行き、茜凪も手伝いをすることに決める。
奥の通路を抜けて、そのまま別宅から店に移った二人と、居間に残された二人。手の力を先に緩めたのは、烏丸だった。
「小鞠」
「ん?なーに」
――聞いて、おくべきか。
烏丸は悩みつつも、口を開いた。
これから向かう先の地域にいた妖であるならば、彼女は有力な情報を持っている可能性が高い。
「最近はどこで何してたんだよ。随分、久しぶりだけど」
「尾張で普通に町娘として生きてましたよ?」
「ふーん。尾張の町は、特に変わったこととかないのか?」
一瞬。
ほんの一瞬だけ。
小鞠の目が揺らいだ。
それを烏丸は見逃さない。
「……」
「最近の京は物騒でよ。ほら、尾張もそれなりに栄えてるだろ?お前も人間たちに巻き込まれたりしてねぇかなって思ったんだよ」
それらしき言い訳もつけてやり、表情は崩さなかった。
ばれない。ばれるはずない。
これから尾張に行こうとしていることが、伝わってしまうことなんてないはずだ。
「うーん……別になにもなかったと思うけどなぁ」
「……」
「城下も静かだったし、あたしが居たお店もみんな優しくしてくれたし」
「そっか」