03. 巡察
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肌寒さと温かさを持つ卯月が終わろうとしていた。もうすぐ辺りを黄色い花が咲き乱れる季節となるだろう。
これは、そんな時期の話である。
第三片
巡察
とある某日のこと。
茜凪は偶然にも町を肩で風を切り、颯爽と歩いていく新選組とすれ違っていた。
「(あ……)」
茜凪の変わり過ぎた着物姿に、新選組の平隊士たちはどうやら気付かなかったらしい。特に茜凪を見ても何も表情を変えることなく巡察を進めていた。
しかし、彼女に気付いた者がいる。
相手はやはり幹部の男だった。
「へぇ。その着物、一君の趣味?」
すれ違いざま、聞こえた声。よく知った声だった。
まさか声をかけられるとは思わなくて、会釈をして通り過ぎようとしていたが顔をあげてしまった。
誰だかは気付いていたけれど、漏れた“え?”という声に男は振り返りながら口角をあげた。
「一瞬誰だか分からなかったよ」
「沖田さん……」
今日はまだ大分体の調子がいいようだ。特に咳をすることもなく、そのまま彼は歩いて行ってしまった。まるで“話したこと――誰かさんには――秘密ね”というような仕草で唇に指を立てながら、沖田は笑っていた。
接触厳禁。
新選組の屯所を離れる時、土方にそう言われていたのは覚えている。
御陵衛士―――斎藤の傍にいるということは、多少なりとも近しい関係となった新選組とも疎遠にならなければいけなかった。
もちろん斎藤の間者働きが終われば話は別だろうが、彼が間者であることを幹部を含め、隊士たちで知っている者がいない。近藤と土方が差し向けているからだ。
となると必然的に“斎藤側についた”と言われる茜凪が新選組に関わらなくなるのは必至に見えたが、彼女は隊士ではないので“関係ない”と思っているのが殆どの者であることを茜凪自身が知らなかった。自分から言うわけにもいかず、沖田に曖昧な笑顔を返せば、彼は不満そうにしながらも去って行った。
しばらく行った先の墨屋で足を止めていたから、まだ何か色々と調べているのだろう。
茜凪は“副長にばれたら、怒られるかな”なんて思いながらも、祇園への道を歩いて帰ることとする。
その時だ。
「待て坊主コラァ!」
「逃がすかこのクソ餓鬼ッ」
茜凪が祇園の方角へ向き始めた時。
背後からバタバタと駆けてくる音がする。嫌な予感がするなぁ、なんて思いながらもその不逞浪士と追いかけられている男子がこちらに向かってきているのが見えた。
沖田たちは室内を改めていたことで動くのが遅れた。誰よりも先に沖田が出てきて、浪士を追っているが、あまり無理をすると彼の体に障るんじゃないか……と見ているこちらが不安になる。
茜凪は着物。下に戦装束を仕込んでいるならまだしも、今日は何も備えていない。
腰に刀すら差していないので、応戦するのは難しいと思いながらも、どうしても見過ごす事が出来なくて。
「……」
悩んだ挙句、沖田と接触し、土方に大目玉を喰らおうが、げんこつを喰らおうがいいと思えた。
もし、今回のこの失態で斎藤の傍にいること、彼に接触することを許されなくなったら何が何でも言い返そう。そう思いながら。
「うわぁ!?」
「待ちなさい」
駆けて来た男の子の腕を掴み、自分の背後に回す。二人の浪士の前に壁となるよう立てば、男はもちろん茜凪を睨みつけて来た。当り前だろう、茜凪は女だ。
庇われた男の子も庇った者が女であることから、目を点にしている。
「なんだテメェ?」
「斬られたいのかァ?」
「大の大人が子供を追いかけ回すなんて、みっともないじゃないですか」
「んだとこのクソアマ!」
「すっこんでろッ!」
蹴りを出そうか、交わそうか。頭で次の動きを考えつつ同時に口も動かす。
「アマって……、女子供だからそんな態度で突っかかるのですか?」
さすがに今のは頭にきた。
脚を出すことを決め、そのまま着物で色々晒されることも厭わずに蹴り飛ばしてしまおうかと思ったが、先に刀を抜かれてしまった。
「女は大人しくしてりゃあいいんだよ」
「男に盾つくなんて、身の程知らずがよォ!へっぴり腰になってから逃げたいって言っても許さねえぜ!」
頭の片隅で気分が大きく損ねられる。
茜凪にとって、絶対許せないことがこの世には二つ存在した。
一つは、性別を理由に見下されること。
このような時代にある中、人間相手にそれを解こうとしたって意味ないのも分かっているが、茜凪は妖。
人間とは道理が違うので、性別で軽んじられる事実が許せなかった。
妖は女でも男でも強ければ素直に認められる。男だ女だ言っている暇があるならば、己の腕を磨くに越したことはない。
もう一つは、見かけで判断されることだった。美しい容姿から“脅せば引くだろう”、“退くだろう”と思われることが多々あった。
美しいだけではなく、その中には弱さも見透かされているから言われる発言であろう。
そこは頑なに譲れない部分だった。茜凪自身が悪くないならば、退く必要もないと思っている。
謝ることも絶対にしない。要は頑固者ということだ。
今、男達が発した言葉はどちらも茜凪の気分に障っていた。
背後にいる男の子の腕を離し、僅かに後ろへ押す。そのまま右脚を一歩下げたところで、お粗末な不逞浪士の剣が振りかざされた。
交わせる、大丈夫。
そう思っていたのだが……――。
「え……っ!?」
引いた脚を上げる寸のところで、誰かが茜凪の体を左側から引っ張った。
もちろん、そのまま――しかも着物を着ていて――蹴りが繰り出せるはずもなくて、素直に引っ張られ足を縺れさせてしまう。
背後から両肩を支えられ、振り返る前に浪士の剣を受け止めた鋼の音が聞こえた。
背後で支えてくれた人を見上げる前に、そっちの相手の名前が出た。
「藤堂さん……!?」
「おうよ茜凪!久しぶり…ッだなァ!」
かけ声と一緒に浪士を押し返したのは、茜凪が倒すはずだった相手に斬りかかっていた平助だった。
もう一方も剣を繰り出すかと思えば、背後から峰で肩をブッ叩かれ既に気絶している状態。
こちらの剣客は沖田が手を下したらしい。
ようやく乱闘が落ちついたところで、背後を振り返れば、もはや予想していた人物が立っていた。
「斎藤さん……、」
「……………。」
不満と呆れを携えた様子で茜凪を見下ろしている斎藤。
蹴りを繰り出そうとしていたのがばれているのか、はたまたあんたは何をしているんだ、という顔で。
口には何も出さなかったけれど、鋭い視線が痛い。
何か弁解しなければと言葉を脳で走らせるが、間に合うことなく別の部分で会話が始まる。
「久しぶりだね。平助」
「総司……」
袂を分かったはずの新選組と御陵衛士。会い見えてしまったことが許される訳ではなかったが、飄々とした様子で沖田は会話を続ける。
「一君も」
「……」
「噂をすればってところだよね。ね、茜凪ちゃん」
「えっと……」
確かにさっき“一君の趣味?”なんて聞かれたが、正直話が噛み合っていないし、この着物を選んだのは菖蒲だし、なんと返していいか分からない。
沖田の口ぶりが一瞬だけ斎藤の表情を変えた。しかし、その後すぐに続けて
「接触は厳禁のはずだ。総司」
「はいはい」