29. 寂莫
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「その人が、茜凪ねえさんの恋人?」
「貴女は……っ」
どこからともなく現れた新たな訪問者。
鮮やかな青い髪は、水無月よりも色濃く、そして綺麗な簪でまとめられていた。まるで茜凪が藍人の簪を使い、長い髪を留めていた時と同じように。
立ち上がり、斎藤に寄り添う茜凪の前でにっこり微笑んだ少女はまだあどけない年齢だったはずだ。
柄に手を寄せ、緩く構えた斎藤の腕を引いて制し、茜凪は彼女の名を呼んだ。
「小鞠……」
「久しぶりですね、茜凪ねえさん」
第二十九片
寂莫
「……知り合いか」
「はい」
警戒心を解かない斎藤に、茜凪が答える。
あどけなくも笑顔を見せてくれた少女からは殺気も何も感じられなかった。どちらかというと茜凪のことを心から慕っているようにも見える。仇を成すことはなさそうだ。茜凪からも制止されたので、斎藤はようやく構えを解き、身を引いた。
「貴女……どうしてここに……」
「ねえさんに会いたくて、来ちゃいました」
るんるん、と頭に音の符でもつけそうな勢いで抱き着いてきた少女に、茜凪は斎藤から離れるしかなくて。小鞠を抱きとめて、茜凪は不思議そうに瞬きする。
「会いたくてって……何かあったんですか?」
「いいえ?特に何も。ただ、あたしがねえさんに会いたいから来たらダメでした?」
「……」
「それとも恋仲のお二人の逢瀬を邪魔したこと、怒ってます?」
チラリ、と斎藤に目配りした小鞠が小首を傾げる。視線が少しだけ痛い。斎藤は特に何も言わなかったが、頬は熱を引くことが出来なかった。
茜凪に抱き着かれたからなのか、それを見られたからなのか。どっちだったのかは本人にもわからないのだろう。
「ふふっ、申し遅れました。あたし、
改めて、茜凪から離れた小鞠は、斎藤にきちんと向き合って挨拶をする。
「茜凪ねえさんと抱き合ったりする仲ってことは、あたしたちの秘密は知ってる人ってことですか?」
「抱き合……ッ」
「はじめくんは妖のことも、藍人の騒動のことも全部知ってるよ」
「あぁ、やっぱり!」
にっこり笑顔は、確かに可愛かった。
鬼や妖は美人が多いのだろう。茜凪も千鶴も顔は整っているし、この娘・小鞠も同じく。
烏丸を始めとした京にいる他の男たちも顔はとても綺麗だ。
「ねえさんが狐だって知って受け入れるなんて、すごい心根が優しいんですね」
「あ、あんたは勘違いしている。俺と茜凪は……」
否定の言葉を投げかけようにも、小鞠は斎藤の話を聞いてはいなかった。
笑顔で斎藤を認めるような発言はしているものの、どうにも彼女はわが道を行く性格である。
「ところで、お兄さんのお名前は?」
「……斎藤、だ」
「斎藤さん!さいとーはじめさん?」
「……あぁ」
どうもついていけない。
いつの間にか頬の熱は目の前の少女の対応のせいで汗に変わり、御転婆にはしゃぎ回る小鞠との会話のやりとりに困り果ててしまった。
「小鞠、今日はどこかに泊まる宿とか手配できてるの?」
「やだなぁ、ねえさんと一緒に寝るに決まってるじゃないですか!」
料亭はまだ飲みにきた客で賑わっている。幸い、菖蒲が起きているし、水無月に話せばなんとかなるだろう。
これはもはや逢瀬どころではなくなったので、茜凪は溜息をついて裸足のまま玄関の戸を開いた。
「先に入っててください。奥の部屋に烏丸と狛神がいますから」
「はーい!お邪魔しまーすっ」
真夜中だというのに元気が有り余っているのもどうかと思う。
無事に部屋の奥へと姿を消した小鞠を見届けて、茜凪は溜息をついた。奥からは“なんでお前がここにいるんだ!”なんて狛神の声が響いている。
不安になってきたので、結局茜凪も戻らなければならない状況。振り返り、背の向こう側にいる斎藤に我儘を言いたくなるような顔は見せられない、と一度息を小さく吐いた。そのままもう一度吸い込んで、体をくるりと回す。
「すみません、突然」
「いや、構わない」
斎藤は何も聞かずにいてくれた。彼の優しいところはよくわかっている。
「私が北見に世話になっていた時、里に来てた娘なんです」
「妖か」
「はい。化猫です」
先程の発言からしても、彼女が妖であることは分かっていた。また種類の違う妖なのかと悟る。
「彼女は尾張の妖で、黒瀬家という鬼の一族を守っていましたが黒瀬も、縹も滅ぼされて……。彼女はその生き残りです」
“ご迷惑おかけしました”と頭を下げられれば、斎藤は首を静かに横へと振る。
困ったように笑った茜凪が、玄関から中へと入ろうと斎藤に別れを告げた。
「はじめくんも、気を付けて戻ってくださいね」
「あんたもきちんと足を労わってくれ。裸足は好ましいものではない」
「多少のことですから、平気です」
それだけ斎藤が時間をみて茜凪に会いに来てくれたことが嬉しかったのだ。
「少しの間でしたが、ちゃんと声が聞けたので私は満足です」
茜凪も長く引き止めるつもりはなかった。
彼も去ろうとしていたように見えたし、誰かに気付かれる前に高台寺に戻らなければならない。
万が一の時に、妖術で彼の身を誰にも晒さずに部屋まで送り届ける妖術をかけようかと思ったくらいだ。
「小鞠のことは気にしないでください。いつもあんな感じなので」
「……」
「それじゃあ……―――」
「すまなかった」
そういえば、気づいたら茜凪しか喋ってないじゃないか、と思ったのも事実。
だが彼の邪魔はしたくない一心だったのだけれど、切り上げる直前に出てきた言葉が茜凪をその場に留める。
「え……?」
「あんたに寂しい思いをさせて、すまなかった」
「……」
まさか、そんなことを言われるだなんて思ってなくて。思考回路が止まる。
目の前にいる男は顔を幾分赤らめながらも必死に少ない言葉で伝えようとしてくれていた。
口下手なところを差し引いても、どこか焦りや照れをみせた姿で。
「あんたは土方さんの命とはいえ、俺の傍で……」
「……っ」
「新選組側につけば、雪村と会うことも出来るはずだ。総司や左之、新八とも会える。寂しいと感じることは少ないだろう」
「え?」
「だが、あんたは……」
わかっているのか、いないのか。
なんというか、斎藤らしいといえばそうなのだけれど。きっとわかってくれているけれど、伝える術が満足ではないだけで。
「あの、はじめくん」
「なんだ」
「私が寂しい思いを感じるのは、はじめくんが相手だからです」
「……?」
「はじめくんの傍にいるんじゃなくて、屯所で千鶴さんや総司さん、左之助さん、新八さん、副長といたら……きっともっと寂しさを感じます」
変わらない大切な人がいる場所。
だけど一番会いたくて、大好きな人だけがいない風景。
それを考えるだけで、どれだけの寂しさに襲われるか……。
「もちろん、千鶴さんとも接触厳禁なのは悲しいですけど……。それでも私は、孤独に戦い続けるはじめくんの傍にいたかったんです」
「茜凪……」
「千鶴さんと天秤にかけたわけじゃないですけど!彼女もすごく大切ですけど!」