28. 訪問者
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力が、どうしても欲しかった。
今のあたしじゃ、何も守れない、何も壊せない。
だから力が欲しかった。
例え、命を……寿命を削ることになったとしても。
「これが……?」
「はい。これを飲めば、力を得ることが出来るのですよ」
「……」
あの悔しい想いを、忘れたくない。
どうしても、忘れ去るわけにはいかない。
残されたあたしの運命も何もかも全て、背負って生きていくと決めた。
「これを飲めば……――」
「……」
「もう、一族が味わった痛みや苦しみを……受ける必要もないんだよね……」
「はい」
手渡された、赤い液体。
目の前には表情を浮かべない笠を被った女が一人。
南雲 薫と行動を共にしている女だ。
得体のしれないものだけれど、これは有力な情報から得た力だ。間違いなんて起きるはずない。
「飲まないのですか?」
「……」
「あなたの一族は、理由なく滅ぼされたのですよ。その屈辱を忘れないために……」
「……っ」
「
失われたものは、あまりにも多すぎた。
感じた痛みも切なさも、目覚めた今だからこそ言える。
記憶の淵から溢れ出てくる憎しみは、誰に止められるものではない。
あたしは、誰よりも強くなりたい。誰よりも……――。
でも。
でも……―――。
【私……?恨んだことなんてないよ】
あなたは……。
【憧れの人はいるけどね】
記憶の最後に花のように笑っていたあなたは。
“誰も恨まない”という決断をしていた。
あたしは……――。
あたしの憧れは、あなたです。
あなたと同じくらい、強く……切なくて儚い世界でも、素晴らしいと胸を張って生きていければいいのに。
どうしてだろう……躊躇いもあって、怨念も間違いなく胸の中に秘められているのに。
あなたの笑顔はただただ眩しくて。誰も恨まずに生きていけるあなたの強さが恨ましくて、妬ましくて。
誰よりも強いあなたが人を恨まずに強くなったというのなら、それはあたしにも出来るんじゃないかって葛藤もあって。
「まぁ、迷うといいでしょう」
「……」
「時間は少ないですが、差し上げますよ」
「……いつまでに決めればいいの?」
「そうですね。私が戻ってくるまでには」
「……」
「飲むべきだと思いますけれどね。それは改良に改良を重ねているものですから、失敗する可能性も低いですし。何より――」
「……―――」
「貴女の恨みが、嘘偽りでないのならば」
―――……出て行った笠の女。しばらくすれば戻ってくるだろう。
部屋の中にぽつりと残された赤い小瓶。常闇の中でも怪しく光る“変若水”。
あたしは……――。
「茜凪……ねえさん……」
まだ、迷っていた。
第二十八片
訪問者
慶応四年 九月の終わり。
もう十月が差し迫った某日、烏丸の手元に届いた一通の通達は、彼らの判断を急いでいた。
「爛……どうゆうことだよ……っ」
長々と書かれた手紙。彼から直筆でくる手紙は何十年ぶりだっただろうか。
ぐしゃり、と掌で力を籠めて丸めてしまえば、見えるのは最初と最後の重要な文のみ。
“尾張の国にて、待つ。 爛”
差出人が、尾張の国で烏丸を待っているということだけ。
ただ、そこだけ聞き取れば理解できる内容ではなかったのだけれど、中間をきちんと、そして何度も読み返した烏丸はギリギリと悔しそうに歯を食いしばっていた。
「……確かめに、行くしかねぇんだな」
握っていた拳に力を一瞬籠めて、わなわなと鳴っていた腕を解く。諦めに似た表情を見せてから、烏丸は部屋で旅支度を始めるのだった。
上げた面は真剣であり、でもどこか表情には怒りが満ちている。
嘘をつくのが下手な彼だけれど、逃れる場合の例え話はいくつも頭で考えていた。
頭の回転でいえば、飛び出ているのは茜凪、戦略については狛神。まぁ、狛神に至っては刀の才能が皆無なので頭で考えても、ついていけるだけの技量がないのが残念である。
しかし、烏丸の策略は誰もが認めるほどのものだった。普段は馬鹿呼ばわりされ周りを明るくしている烏丸だったが、彼はやるときはやる男なのだ。
嘘は下手でも、嘘に聞こえないような話を口から出すのは、時と場合によりやってのける。
それが、烏丸 凛という男。
「あれ?烏丸。どこか出かける気?」
「あぁ、菖蒲。ちょっと、な」
風呂敷にガサガサと荷物を詰めながら、背中で菖蒲に答えた。開けっ放しだった障子に寄りかかりながら、菖蒲は“ふーん”なんてこちらを見ている。
「どこに行くのよ?」
「四国。里まで戻るんだよ」
「それまた急ね。いつも通りトンボ返りで戻ってくるの?」
「いや。どうだろうな、少しかかるかもしれねぇや」
「……まぁ、いいけど。茜凪や狛神にはきちんと言ってから行きなさいよ」
「そうだな。今日はもうすぐ陽も暮れるし、明朝にでも発つさ」
一度も顔は見てやらなかった。
会話はなんとでもなるが、表情に滲み出た苦しみ、切なさ、悲しみ、そして憤りは隠し通せる自信がなかったからだ。
菖蒲が遠ざかる足音が聞こえてから、烏丸はようやく手を休めた。
「……」
くしゃくしゃになった手紙を見つめてから、もう一度読み返す。何度も何度も目を通して、気が済んだ――というよりは、内容を完璧に把握した上で手紙を持って部屋を出た。
料亭はもうすぐ店をあけ、暖簾を上げる。用意された提灯の炎が揺らめきを見せていたので、烏丸は菖蒲と水無月の目を盗み、爛から届いた手紙を燃やした。灰すら手元で修復することが出来ないほど、長く、強く、念じて燃やしてやった。
「……この件は、俺が確かめる方がいい」
一人、零した言葉は誰にでもなく、自身に言い聞かせる。
「全ての真相がきちんと分かってから……アイツらに話せばいい」
そうでないと、茜凪の性格でも、狛神の性格でも敵陣に乗り込んで殴りかかりそうな勢いだったのだ。
この場合、敵陣というより、爛のように情報を提供してくれる相手に八つ当たりをしそうだ。
何より……―――。
「ようやく……手にした平穏だってのによ……ッ」