27. 風説
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ちゅんちゅん、と朝を知らせる囀りが聞こえる。
窓を覆っている障子の隙間から入り込んだ光が、眠っていた茜凪の顔を射した。
反射的に眩しさを誤魔化そうと手で顔を隠してみるが、どうもダメだ。このまま起きてしまえばいいと目を開ければしっかりとした意識が浮上してくる。
「……昨夜は、お酒を……、」
そうだ。
昨日は日々募っていく気持ちをうまく制御できずに、酒に溺れるような行為をしてしまった。
狐は元来酒豪として有名だったので、茜凪自身も油断していた。これだけ飲んでも酔っぱらうことはないだろう、と。
しかし結果として誰かに絡み迷惑をかけたり、誰かと誰かのように喧嘩をすることもなかったが、店を久しぶりに尋ねてきた平助には挨拶も出来ず。
尚且つ斎藤には部屋まで運んでもらい、きちんと話すこともままならなかった。
騒動などで迷惑はかけていないけれど、斎藤の手間にかけさせてしまったと思い返し、自己嫌悪。
昨夜、記憶を手放す前も言っていたように“今日は飲まなければよかった”なんて思いながら、茜凪は布団から起き上がった。
机に置いてあった簪を見て、“本当にここにいたんだな”と思い返す。会いたくて仕方なかった男。
「……はじめくん……」
風の噂で、御陵衛士が新選組に敵対心を見せ始めたというのも聞いていた。間者として潜伏している斎藤は、ここからが忙しくなるのであろう。
彼の情報ひとつで、本当の心の拠り所にいる仲間の首が飛ぶのだ。
誤りなどあってはいけないし、必ず遂行しなければならない任務。
彼を支えると決めた茜凪自身が、ここで足を引きずることは許されるはずもない。
そう、己に言い聞かせて。
「……どうか」
――どうか、彼らが無事であれますように。と祈り続けた。
「私も、私の務めを果たしてみせます」
置かれていた簪を胸に抱き、茜凪は緩く瞳を閉じた。
第二十七片
風説
朝餉を食べて、部屋と料亭の片づけ、掃除を済ませた。
隣家の者が“いつも残った小鉢やらおかずやらをいただける礼に”と持ってきた菓子折りでお茶を済ませたところ。
別宅の居間でぼーっとしていた茜凪に菖蒲が声をかけるのだった。
「茜凪、少し時間ある?」
「なんですか?」
「買い出しに行ってきてほしいのだけれど、いいかしら」
――……なんだ、買い物か。
菖蒲から頼まれることなど、買い物以外にあるとすれば野菜を川辺で冷やしてきてほしいということか。
はたまたどこか簡単に行ける場所への届け物だ。茜凪が望んでいるような仕事は与えてもらえるはずなどない。
わかっているのだけれど、どうも心が寂しくてスースーしてる。
「いいですよ。どちらまで行けばいいですか?」
「八坂神社の向こう側にある問屋さんに行ってきてほしいの」
「え……」
聞いてみれば、割かし近い。問屋の位置は知っていたので、その近くに何があるのかも知っている。
「高台寺、近いわよね」
「菖蒲……」
「昨日、運がなかったからね。わたしが用意してあげるわよッ」
珍しく気が利いたことをしてくれるではないか。素直に思ってしまったことを言えなかったのは、口にすれば確実に叩かれる、または蹴られることを知っているから。
目をぱちくりさせてから、菖蒲は茜凪の前に来て、言う。
「最近あんた、偉いと思うわ」
「え……?」
「私に言えない事情か何かがあるとは思うけれど、寂しさを堪えて、懸命に彼の力になろうとしているでしょ?」
「……っ」
「全部が全部、うまくいかないこともあるけれど……。それでも一途に前を見ていけるあんたを、わたしは尊敬してるのよ。一応」
「菖蒲……」
買ってきてほしいものが書かれた紙を握らせて、菖蒲は珍しく茜凪にも優しい顔で微笑んだ。
「好きなんでしょう?斎藤さんのこと」
「……っ」
カァァア、と顔が赤くなる。
以前、“斎藤が好き?”と聞かれたら、恐らく即答で表情を崩すことなく頷ける茜凪がいたのは事実。
それが、今は含む意味が変わってきているせいか、素直に頷くにしても間が出来、頬が紅潮してしまう。
「少しでも理由をつくって、近くにいけるといいわね」
「……っ」
「藍人の時、わたしはあんた達の存在に助けられていたって知れて……今度はわたしの番って思ってる」
今に始まったことではなかった。前々から思っていたのだが、菖蒲が何かすることなく茜凪と斎藤は距離を縮めていたので手助けすることないのだろうと思っていたらしい。
しかし、今は話が別なのだ。
「さすがに昨日は運が無さすぎ!って思ったから」
「……ありがとう、ございます」
「はいはい。それじゃあ、頼んだわよ」
勝手場に戻り出した菖蒲の背中を見つつ、茜凪は身支度を始めた。
会える可能性は低いだろうけれど、傍にいれれば。
一目見れれば。
今、この時期に林から見張るなんてことしたら彼の神経を刺激してしまうと思い、堪えていた気持ちが前へと足を進ませる。
正当な理由があって、近くにいけるのならば幸せな気持ちで一杯だったのだ。
支度を済ませ、いざ出発。
陽は頂点を射す時刻。うっかりしているとお腹が空くな、なんて思いながらも胸は一杯だった。
八坂神社の前を抜け、下り坂。
ここは甘味処が多く誘惑の道である。
あちこちにあんみつや、氷、団子の文字が見えれば帰りに寄ってもいいかな。なんて己さえ甘やかしてしまいそうだ。
だが、急な転機はここで訪れるのだ。
「きゃッ……」
「わ……っ」
曲がり角。
一角に備わっている甘味屋の入り口から、誰かが出てくるのによそ見をしていた茜凪は気付けなかった。
暖簾を潜った相手は視界をそれで塞がれており、目の前に茜凪がいたことに気付かない。
見事に体同士がぶつかることになり、よろけたのは茜凪の方だった。
「すみません……っ!」
「いえ、大丈夫で……―――」