26. 月夜
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「とりあえずこの分はお前にくれてやるから、好きに使えばいいよ」
「ありがとうございます」
「それで? うまくいきそうなわけ?」
薄暗い闇の中。
それは日本の南端に近い場所で行われていた。
「おおよそ成功かと。人間よりも強固な体と生命力を秘めている我々は、そう簡単に“寿命”も来ませんから」
「ふん、鬼の俺たちと同じくらい使いものになればいいけどな」
「心得ております。理性を無くすことも今のところありません。あとは吸血衝動だけ問題かと」
「それはお前が調べて薬でもなんでも投与するんだな。それかもういっそ誰か殺して血を与えればいい」
「はい」
意味深な言葉を交わす者たち。
一人は小柄で、千鶴たちの前にも姿を現したことのある人物。
名前を南雲 薫といっただろうか。
もう一人は、彼から数歩下がり膝をつけて彼に忠誠を誓うような姿をしている。
深く笠をかぶっているせいで、顔まで見ることは出来ないが、どうやらその声からするに女性のようだ。
「それにしても、いいのか?」
「というと?」
「お前がこんなところにいてさぁ。本来なら、南雲家に力を貸して動くような立場じゃないよね?お前」
「……」
前を見据えていた薫が振り返る。
笠を被り、俯き続ける女に嘲るような笑みを向けた。
「
「……」
「お前、どうして反逆者になりたいわけ?」
薫がクスクス笑いながら言えば、俯いていた者はそのまま視線を保ち、平然と返しを彼に与えた。
「理由など、簡単です」
「……」
「古来より我々妖達は、鬼に恩義を返すべく生きてきた。最前線で戦い、平和を好む鬼とは別に戦いだけを好み、相手を怨み生きてきた」
「そうだね」
「私は、今も妖がそうあるべきと考えています」
「……つまり、戦争を起こしたいってわけ?」
「理由なんて、そんなものですよ」
―――鬼と妖の邪魔になるための人間を破滅させる……。本来の血が騒ぐというのでしょうか。
そう付け足した女を見て、薫は笑みを深めるだけだった。
「その戦の中で、薫様の目的は果たせると思っています」
「ふぅん。まぁ、あんたが一族を裏切って俺に加担してくれることは感謝しておくよ」
そのまま戦装束を翻して消えた薫。
手元に残された数多くの赤い小瓶を見つめて、笠を被った女は笑うのだった……。
「そう……。変若水さえあれば」
第二十六片
月夜
「あ、いたいた!一君!」
よく聞いた声が響く。
この声は昔馴染みの男のものであり、意外と驚かれるが同い年の彼の声だった。
振り返った斎藤は、相手の名前を口にする。
「平助」
「よ!ここにいると思ってさ」
呼ばれた先を見つめた斎藤。祇園の門の入口から小走りで声をかけてきた平助を見つければ、どことなく力が抜けてしまった。
「珍しく今日は衛士の隊務も済んでるじゃん?久しぶりに一君と飲もうと思ってさ」
「そうか……」
「そしたらもう高台寺出て、どっか行ったなんて聞いたからさ!急いで追ってきたんだよ」
提灯が数多く並び、どの店も客を呼ぶように賑わいを見せている。
今ならどの店の暖簾を潜っても、うまい酒が飲めるだろう。
「すまない。一言告げてくればよかったな」
「いいって。それに一緒に出てったんじゃ怪しまれるだろうしさ」
元新選組幹部の二人。それだけで陰で何かを言われるには十分なネタになるだろう。
ましてや斎藤は知っていた。伊東 甲子太郎が徐々に新選組に敵対心をみせ、そのうち近藤の首を狙うのではないかということを。
「ところで一君、どっか行くとこでもあったの?」
「あぁ……。菖蒲の料亭に行くところだったのだ」
「あぁ、菖蒲の……」
そこまで告げた時、平助が斎藤をまじまじと見つめた。
何事かと思い、顔を覗きこまれたまま、彼に視線を返す。
「どうした」
「いや……一君、なんか変わった?」
「変わった?」
「うん。江戸と、美濃に新人募集に行って、戻ってきた時から思ってたんだけど」
そのまま隣を歩き出した彼から視線を前に移し、斎藤は心当たりがないなと考え込む。だが、平助は確実に変化を感じ取っていた。
「なんてゆーか……前より空気が厳しくなったってのもあるけど。……強くなった?」
「強く……?」
「剣術もだけど、なんてゆーか……空気から溢れ出るものが?」
「自分ではよくわからんな」
平助の言葉は身に覚えがなかった。
変わったつもりもなかったし、変わろうとした覚えもない。強くなったと言われて不快に思うことなどないが、どこがだろう、と考え込んでしまう。
隣の平助は“そんな深く考えるなよ!”なんて言っていたけれど、気になるのだ。
そうもしているうちに、いつもの店の前に辿り着いた。暖簾が出ているので、やっていないということはなさそうだ。
「それより平助、俺に付き合わせる形となったが、行きたい店などなかったのか?」
「別に!それに久しぶりに凛や茜凪にも会っておきたいからな!」
――久しぶり。平助から出てきたのは本当だった。
体調を崩したあの日から、約一月。
激しい激務に追われ、ろくに挨拶や礼をしてやることも出来ず、今日に至ってしまった。
狛神と烏丸はつい数日前に巡察の途中で出会ったけれど、肝心の狐の娘には出会えず仕舞いだ。今日、礼を告げ、顔を見せてやらないとまた心配するであろう。
何度か高台寺の近くの林で、斎藤と平助を見ていたことには気付いていたのだけれど……。
「凛ー!茜凪ー!いるかー?」
「ん?平助?」
「よ!凛。久しぶりだな」
「平助……!それに一!久しぶりだな!」