25. 秘密
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「すまねぇな、
「いえ。若様の頼みですから」
「……助かるよ」
慶応三年 九月。
秋の色も色濃くなってきたある日のこと、茶屋で烏丸は黒髪短髪の少女に再会していた。
「わたしこそ申し訳ありません。毎回このような美味しいお団子をごちそうしていただいて……」
「いいって。四国からここまで来るのも簡単じゃないしな。少しくらい休んでいけよ」
黒い髪に、大きな黒い瞳をした少女は優しく微笑み、優雅な動きでしょうゆの蜜を絡めた団子を口にしていた。隣にいた烏丸も笑えば、どこから見ても彼らは恋仲にあるように思えた。
「それじゃあ、その返事。親父に渡しといてくれ」
「承ります」
団子を食い終え、無駄のない動作で立ち上がる少女に烏丸が頷く。
「若様は、まだしばらく里へお戻りになられないのですか?」
「え……あぁ、まぁ……。特にここでやることもないけど……」
「旦那様……――お父様が寂しがっておられましたよ」
「親父はあんな性格だからな。おふくろも傍にいるんだし、俺がいなくてもまだどうにかなるよ」
―――どうやらこの子春と呼ばれた娘は妖であり、烏丸一族の者のようだ。次期頭領である烏丸を“若様”と呼び、彼の父親であり現頭領ともよく顔を合わせる立場の者なのだろう。
「それに、頭領になったら一族や四国近辺に縛られるのは間違いないんだ」
「それは……」
「今のうちに行きたいとこ行って、好きなことして、一緒にいたい奴とバカしてたいんだよ」
へらへらしてそうに見えて、誰より未来を見つめて、今を生きているのは烏丸だったんだろう。
茜凪は純血だが、一族はもはやない。
狛神も純血だが、彼は頭領になる予定もない。
水無月は純血ではないし、一族から離れ漂流するような生活をもはや手にしているが、水無月は里に帰っても歓迎される立場であることも知っている。
つまり、地位に縛られ、今後本当の意味で自由が利かなくなるのは烏丸だけなのだ。
「一緒にいたい人とは、いい人でも見つかったのですか?」
「いや、そんな意味じゃないよ」
「……では、茜凪様のことですか?」
「アイツに限りはしねぇけどな」
――……烏丸の次期頭領が、常井と死を巡る契約をしたのは、烏丸の誰しもが知っていた。
一緒に契約したのが、狐の娘だということも。
「……茜凪様、最近いかがですか?」
「いかがって?」
「元気に……されてらっしゃいますか?」
「あぁ。元気だよ」
「……そうですか」
ぽつりと背を見せて吐き出す姿。子春の背中から、烏丸は一つの事実を導き出す。
「お前、アイツのことそんな嫌い?」
「嫌いという個体への感情はありません。それほど、彼女がどんな方なのかも知らないので」
「狐、だから?」
「……」
――時は二百年以上も前。天下分け目の関ヶ原の戦い。
妖にとって潤いを齎し、平和を授ける場として関ヶ原は大事にされてきた。だが、その関ヶ原を舞台に人間どもが戦をしたのが全ての始まり。
それ以前から、狐の一族と天狗の一族は仲が悪く、互いが嫌悪しあう関係だった。
原因の一説としては、天狗が狐をバカにした際、その力で丸焼きにされた焼死体が、一族の里に送り返されたから、とか。
長く間にあった確執は埋まることなく今日まで至っている。
何より関ヶ原以降、妖たちを助けた鬼の一族がそれぞれあった。
北見は風間、烏丸は不知火、水無月は八瀬、狛神は初霜、そして狐の春霞は朧家に引き取られる形となった。もっと詳しく述べれば、雪村や天霧、南雲や月島、琴浦、汐見も引き取った妖の一族があったと聞く。
まして、その関ヶ原の戦いに関わった鬼たちの間にも確執があり、――後に和解されたと聞いているが――当時の不知火と朧は同じ技の使い手であった。これは不知火の秘儀を朧が盗んだとも言われている関係だ。(★)
不知火に恩義がある、烏丸。
そして朧に恩義がある春霞。
個体に対する感情がないにしても、子春からすればいい気分にはならないのだろう。
「子春」
「はい」
「個体に対して憎しみがないなら尚更だ」
「え?」
「機会があったら関わってみろよ。騙されたと思ってさ」
「……」
「いい奴だから。本当に」
烏丸は、自信を持って言えた。
それだけの長くて濃い時間を過ごしてきたのだ。
第二十五片
秘密
「ただいまぁー」
子春に書状の返事を返してからのこと。
料亭の別宅まで戻ってきた烏丸は、戸を開けてからいつも通り声をかけた。奥からは菖蒲の声で“おかえり”と聞こえたけれど、返事をする前に玄関先で仁王立ちになっていた少女に目と意識がいった。
「……」
「た、ただいま」
「おかえり」
「な、なんだよ!そんなにガン飛ばすなって!俺なんかしたか!?」
玄関先に立っていたのは、不機嫌そうにしている茜凪の姿だった。目を細め、睨むような視線でこちらを見ている。
「別に。何も」
「じゃ、じゃあ何だよ」
「烏丸。何か私に隠していませんか?」
「ほぉあ!?かっ、隠し事!?」
「はい」
じーっと見つめる茜凪の視線に、耐えられずに顔を背けた。即座に理解されてしまう、“今の烏丸は嘘をついている、誤魔化そうとしている”と。
「べ、別に俺とお前の仲なら隠し事とかする必要ねーじゃん?な、なっ何を隠すっていうんだよ」
「貴方は何かを誤魔化そうとしたり、逃げようとするとだいたい顔を逸らしてから、噛みますよね」
「噛んでねーし!」
「指摘直後から意識をそちらに向かせて、一言も噛まずに喋るようになります」
「だから俺は隠し事なんてしてねぇって!お前の胸が小さいことも、色気がない体だってことも知ってるくらいの間柄なのに、どうして今更俺がお前に隠し事をしなきゃならねぇんだよ!?俺はお前以上の親友、心の友なんていないと思ってんのによ!」
「ほら噛まなかった」
「あ」
「烏丸の馬鹿は本当に馬鹿なんだな」
途中から階段を下りて来て、姿を現した狛神にまで言われてしまえば、言い返すことなんて出来なかった。
烏丸がチーンという効果音がつきそうなほど立ち尽くしているので、茜凪と狛神が頷きあう。
「それで。何を隠しているのですか?」
「烏丸、お前最近様子おかしいだろ」
「おかしくねぇって、別に……」
こーゆー様子になっている時の彼は、聞きださないと何をしてしまうか分からないと二人は不安だったのだ。
今、彼らを取り巻く環境の中には不安要素や再び戦いに身を投じなければならない理由が一つもない。
ただ、手に入れた平和な時間を穏やかに過ごす毎日であり、その中で新選組を見守るということが一つの役目でもあったのだ。
「この間、悩んでいた一族の書状の返事はどうしたのですか?」
「さっき、子春に出してきた」
「誰だそれ。使いの奴か?」
「あぁ」
“じゃあ、悩みは解決したのだろうか”と思ったのだが、この烏丸の様子では、何かを隠していることには変わりないだろう。
「じゃあ、解決したのか?……ってわけでもなさそうだな」
「……」
「烏丸。あなたの挙動不審な行動は、普段が明るい分落ち込んだりすると目立つんです。何かあるなら話してください」
「な、なんにもねぇよ」
「何もないのにいつも以上に馬鹿げたことしてる訳ないだろ」
玄関先での会話や、彼らの会話を聞きつけてか、部屋の居間にいた水無月が出てきた。菖蒲も顔を覗かせている。水無月が出てきたことで負けを感じたのか、それともこの状態で尋問から逃れられないと悟ったのか。
もぞもぞと烏丸が小さく言葉を吐き出した。
「……あぁぁぁぁああああっ!もう!ったく仕方ねぇな!」