24. 書状

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陽が傾き、姿を隠す準備を進める。町を行く人の影を縦に引っ張り続け、家路へと急がせた。


赤く染まる空を見上げながら、京の端の端にある小さな橋の手すりに腰掛けた男は、ぽつりと情けなく呟いた。



「参ったなぁ……」



手に持たれているのは、いつぞやに確認していた書状の“返事”。


男……――烏丸 凛は書状を見つめては溜息をついて、項垂れるの繰り返しだった。



「なんて返すか……。“嫌です”ともいえないし、“一族側で引き取ってください”なんて遠回しに断る書き方、俺できねぇし……」



この男、妖・烏丸家の次期頭首という地位にあり、一族を離れることを今は許されているが、後に四国を総べる妖として一族を束ねていく運命にある。


そんな彼が、今朝から人気のないこの橋で書状を何度も見返しながら考え事をしていたのだ。
傍から見れば悩める農家の青年。恋に破れ、落ち込んでいるところに見えたはずだろう。
誰が彼を妖だと思うたか。いや、思わないだろう。



「困ったな……。会いたくねぇし、第一茜凪の奴が凄い嫌がるだろうな……」



とほほ……とガクリと頭を下げ、烏丸はお手上げを示していた。


そんな光景をたまたま見つけ、目にしていたのがこれまた別の人物。



「烏丸……?」



市中を巡察していたのであろう。先日、体調を崩し倒れこんだ男が、天狗の姿に首を傾げていたのだ。


珍しく落ち込んだ姿に、人間である……斎藤も何かあったと感じたようだ。



「烏丸」


「ん?」



下げていた頭を上げて、声をかけてきた人物に烏丸はハッとする。



「一!もう体は大丈夫なのか?」


「あぁ。すまない、あんたには未だ礼を告げていなかったな。世話をかけてしまった」


「いーっていーって!治ったんなら何よりだな」



屈託のない笑顔が次に出てきたので、斎藤は彼が何かに悩んでいることを一瞬忘れかける。だが、本来の目的を忘れてはならないと、斎藤が目端を少しだけ厳しくし、真剣に彼に尋ねた。



「それより、何かあったのか?」


「へっ!?」


「あんたが首を俯かせて悩ましげにしているのは珍しいと思ってな」


「そ、そうか!?そ、そんなことねぇよ!?俺にだって、悩みの一つや二つ、三つや四つくらいあるって!」


「……」


「主に同じ原因で色々悩んでいるだけだが……」




どうやら、斎藤にばれてしまうことも彼は好ましいと思っていないようだ。素直で嘘がつけない、すぐ顔に出る、ある意味、戦うことをやめた茜凪と同じくらい間者には向かない彼だが、口の堅さには自信があるのだろう。



「と、とにかく!お、俺もう行くわ!」


「あぁ。すまない足を止めさせたな」


「いいって!元からここにいたしな!はは、はははははは」



乾いた笑顔を浮かべ、後ずさるようにして祇園に戻るように消えて行った烏丸。
同じ方角を目指さなければならないのだけれど、斎藤はそんな彼の背中を眺めることしか出来なかった……。



「俺には言えぬ悩みか……」



彼こそ間者なので、口の堅さも顔に出るということも――悪く言えば無表情――確実に見破られることはないだろう。完璧に遂行してみせる。


それでも、それなりに近しくなった斎藤に言いたくないということは、彼の心が関係しているのかもしれない。



「へぇ。お前がアイツに避けられるなんて、珍しいな」


「!」


「烏丸の馬鹿と喧嘩でもしたのか?」



まるで、“ずっと見てました”と告げるように、立ち尽くした斎藤に背後から声をかける人物がいた。


こちらも聞き覚えのある声だったので、振り返れば……――。



「狛神……」


「よ。お前と市中で会うのは珍しいな」



手をあげ、ニィと何かを企むような笑顔を向けてくれた狛犬の妖だった。





第二十四片
書状





「で、お前が避けられるのは珍しいじゃん」


「やはり、俺は烏丸に避けられたのか」


「というより、後ろめたいことがあって逃げたように思えたけどな」



橋の上、近付いてきた狛神が斎藤に並び――同じくらいの背丈なので――視線をそのまま合わせた。



「ま、深く気にするなって。アイツが何か隠そうとしてても、最後には茜凪にボロが出て問い詰められるから」


「……」


「お前が関係してるなら尚更、茜凪が烏丸を放置しとく訳ないしよ」



狛神なりの慰めだった。彼の意外な一面を見た気がして、斎藤が目を軽く開く。


暴言や態度で誤解されやすいが、狛神も心根優しいのだと改めて感じていた。



「それより、お前体は治ったの?」


「あぁ。あんたが助けてくれたと聞いた。礼を言う」


「いいけど。その後の茜凪の我儘のが骨が折れる思いだったぜ」



そうか。彼女を迎えに来て、衛士に見つからないようにしてくれたのは彼らだったと思い返す。



「人目を抜ける結界の妖術はそれなりの経験者じゃねぇと難しいってのに、それ使って迎えに来いとか。俺様や烏丸はお前ほど妖力ありあまってねぇんだよ、って感じだったぜ」


「手間をかけさせたな」


「ほんとだぜ。俺様はあの術式使ったの初めてだったんだから」



ブツブツ文句を言ってはいるものの、どこか嬉しそうにしている狛神。恐らく、茜凪が斎藤を好いているのを知っていて、力になれたことを誇っているようだった。



「お前さ、」


「なんだ」



橋で立ち止まっていた二人だったが、狛神が先の一歩を踏み出す。背中で問いかけられて、斎藤が真っ直ぐ姿勢で応えた。



茜凪のこと、どう思ってんの?」


「……――っ」



反面振り返った狛神の横顔。夕陽が重なって赤く燃えていた。



「どう……、」



問われかけた時、胸の奥にある引き出しを、何かが懸命に抉じ開けようとしていた。ドンドンと奥から叩かれて、破られそうになり、焦りを無性に感じていた。どこか、それを知るのが怖いような……。



「妖って、本来憎しみや悲しみ、相手を呪う力で強くなるんだよ」


「……あぁ」


「アイツが妖の立場でありながら、七緒や影法師を殺さずに生かしたのは……本来、ありえないことだ」


「……」


茜凪の力は、七緒を怨んでこそ強くなるはずだった。それを、影法師の呪いの制限すら気にせずに力を使えるのは、それ以上のものがあったからだ」



“憧れ”。


何度も聞いた言葉。偉大で大きくて、そして何より切ない響きに聞こえるのはどうしてだろう。



「お前がいたから、アイツは曲がらずに済んだ。歪まずに済んだ」


「……」


「俺がお前と茜凪に力を貸すことに決めたのは、それがあったからだ」


「狛神……」


「思い返せば、俺だけで七緒や影法師を止めるのは無理だったからな」



茜凪が斎藤と出会って、藍人を止めたいと願ったからこそ、成し遂げられたのだと。



「ま。お前が茜凪をどう思ってるか、答えは今聞かないでいてやるけどさ」


「……っ」


「遊びじゃねーなら、大切に思ってやってくれよ」



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