21. 送火
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路地裏で浪士に襲われた。
これは茜凪自身の落ち度だと思っている。
その後、浪士たちが壁に頭を打った反動で、民家の屋根に備え付けられていた木材が落下してきた。
頭に直撃するかと思われたところを助けてくれた斎藤に腕を引かれて、腕の中に閉じ込められる。
ガシャン!と音を立てた木材の落下を知らせるそれも、もはや頭の片隅で処理しただけだった。
「……っ」
心臓の鼓動がバクバク言ってる。
成り行きでこうなってしまったものの、今茜凪の鼓動は確実に斎藤に伝わっていると感じていた。
対して斎藤も、心臓の近くに茜凪の頭があれば、耳に鼓動の音が届いてしまうだろうというのは分かっている。
分かっていて、腕を解くことが出来なかった。
しばしの時間、そうしていた。互いに抱きしめ返すことはなかった。茜凪は斎藤に寄りかかった状態であり、斎藤は引き寄せて外敵から彼女を守り、それ以来力を込めることはなかった。腕はそのままであったけれど。
距離が近い。匂いも空気も感覚も、全てが今までとは違う。踏み入ったことのない距離。意識がこれほどハッキリとした空間で、これだけの近さに眩暈がする。暴れた時に投げてしまった綿飴を足元で見つめながら、赤い顔をどう隠そうか必死に考えてしまった。
「はじめ、くん……」
「っ!」
そこでようやく声が出た。どうして解放してくれないの?という意味でもあったが、照れてしまい、これ以上この距離に留まり続ければ、己が己でなくなるという気がした。理性がなくなるというのだろうか。茜凪の恥らった声に斎藤がようやく顔をあげ、バッ!と勢いよく彼女を突き放す。
「す、すまない……っ」
「あ、いやその……ありがとうござい、ました……」
お互いが真っ赤。頬も耳も指先まで赤くなりそうな勢い。二人はただただ顔を逸らすことに必死だった。
「そ、その……何か、されたか……?」
「え……?」
「この浪士、たちに……」
その場を繕うつもりで投げかけられた問い。足元で倒れていた浪士を見て“そうだ、襲われていたんだ”と思い出す。思考が一瞬で斎藤に切り替わったことを思い知れば、茜凪自身が不埒な気がしてならなかった。
「な、なにも……」
「迫られていたように見えたが……」
「そ、それは……!」
――確かに、口付けされそうにはなった。斎藤が来なければ、出合茶屋にまで連れて行かれたかもしれない。
思い返せば身震いするほど怖かったが、告げていいのか、告げるにしてもどう告げるべきなのかを考えて、黙る。
「もしや無理矢理……――!」
ハッと気づいたように斎藤が逸らしていた視線を茜凪に戻す。
真剣味を帯びた蒼い瞳に射抜かれた。刹那、視線が唇にいったことにも気付く。茜凪の視線も斎藤の口唇を見つめてしまい、自分の思考が厭らしくてギュッと目を閉じた。
「違います!口付けなんてされてません……っ」
「そ、そうか……。ならいい……」
顔を逸らし、恥らう彼女に斎藤の口は自然とそう出た。再び冷静になれば“あれ”と己が告げた意味を思い返す。“ならいい”とは、一体……―――。
「ち、違う!今のは……っ」
「え?」
「……っ」
斎藤ほど気にしていることはなく、素っ頓狂な声をあげた茜凪に赤面した顔をまた逸らす。斎藤は恥ずかしくて仕方なかった。
「な、なんでもない……」
「?」
頬を赤らめて、当たり前のように触れていることに喜びを感じていた。
送り火の夜の出来事。
第二十一片
送火
地面に落としてしまった綿菓子を買い直してやり、近場の小さな神社の裏手に茜凪を連れてきた。
綿菓子を食べる茜凪の足元で、斎藤は下駄がずれて出来た擦り傷の手当をしてやる。
「痛っ」
「すまん。少しの辛抱だ」
「はい……」
裏手に井戸水を汲み上げられる場所があったので、そこを借りて手拭を濡らす。下駄から足を離し、血が垂れた傷を拭ってやった。さすがに手持ちに塗り薬はなかったので、もう一枚の綺麗な手拭を千切って、斎藤は丁寧に指の付け根に巻いてやる。
「帰ったらよく洗え。菖蒲か水無月に言えば、薬くらい用意してくれるだろう」
「はい……」
「なければ高台寺の近くまで来てくれ。俺の部屋に確かあったはずだ」
「はい……」
綿飴も買い直してくれた、傷の手当までしてくれて、経過まで気にしてくれる。だんだん申し訳なくなってきて、茜凪が俯きがちになる。
「どうした」
「いえ、その……ごめんなさい」
「……」
素直に謝ってやれば、斎藤は傷の手当を終えて立ち上がる。境内の段差に腰掛ける茜凪と、立ち上がった時の斎藤の目線は同じくらいだった。
「この傷では、逃げるに逃げれなかったというのは分かる」
「はい……」
「だが、あんたのことだ。一人でどうにかなると、相手を挑発したのではないか?」
「な……!そ、そんなこと……なくもないけど、ありません!」
「はぁ……」
やはりな、と溜息をついた斎藤。その反応に、茜凪が頬を膨らませる。
「な、なんですか!なんで溜息なのですか!」
「安易に想像できただけだ」
「むぅ……っ」
まだ反論できる!何から返そうか、考えていた茜凪だったが、次に合った視線が真剣に茜凪を見つめていた。
蒼い綺麗な目に見つめられれば、何も言えなくなるのは当たり前で……。
「あんたは嫌がるだろう。だが、茜凪。あんたは女だ」
「……」
「人間なのか、妖なのかということではない。あんたが女だからというだけで、先程のように狙ってくる輩もいる」
「それは……」
「ましてあんたほどの容姿となれば……その……」
「?」
「め、妾にし、傍に置きたいという男も、多いだろう……。だから俺は……」
ここは光が当たりにくい。だから斎藤の俯いた視線をきちんと見つめて、表情を汲み取ることが難しかったけれど、もごもごと語尾が弱くなっていくのを感じていた。
「……心配なのだ」
「……っ」
抱きしめられた余韻なのか。単に告げられる“心配”という言葉がどうしても特別に思えて、茜凪は目が潤んでしまうくらい真っ赤な顔をしてしまった。
揺らがない視線、瞳、色。
すべてに射止められていることが辛くて、心地いいけど気まずい。
「だ、だめです」
「んむっ?」
咄嗟だった。
茜凪は斎藤の視線から離れるため、逃れるために手元に持っていた綿菓子を斎藤の口に押し当てたのだ。
棒にくっついて、大きな柔らかい塊が斎藤の唇に触れる。別に食べたいと思ったわけではないので、そのまま宛がわれているだけであり、斎藤は多少不服だという視線を彼女に送る。
「お、怒らないでくださいよ……」
「別に怒ってなどいない」
「は、はじめくんの目……だめなんです」
「駄目?」
綿飴は相変わらずそのまま。何故か飴越しにお互い赤い顔して睨みあった。
「全部……ばれそうで、……だめです」
「ばれる……?」
「どれだけ……慕っている、のか、……とか……」
「……――」