20. 新盆
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
慶応三年 七月 某日。
京の都では、毎年恒例で行われている盆のお祭りが催され、大通りは人でごった返しが起きていた。
今日は送り盆であり、屋台やら見世物小屋が多く出ており、家族連れや仕事帰りの男女が肩を寄せ合って祭りに参加していた。
「茜凪ー、そろそろ行くぞー」
「あ、はい……!」
祇園の料亭に備え付けられた別宅で、鏡の前に立ち最後の確認をした茜凪は“よし”と気合を入れる。
今日のために菖蒲の手伝いをし、お金を稼ぎ、新しい浴衣を新調した茜凪。
着付けを終えてから、一周姿を見渡して、烏丸に返事を返した。
階段を降りたところに、烏丸がいつもの着物ではなく甚平でうちわを煽ぎながら待っているのが見えれば、どこからともなく風鈴の音が聞こえてくる気がした。
「お。よく似合ってるじゃん」
涼しげな色に、髪についた紅色の簪。髪型もいつもと変えて、いくらかおしゃれにしてみた。
烏丸から賛美の声を貰ったものの、彼が相手では照れるはずなんてない。
言われたい相手はいる、無意識に望んでいるというのが正しい。ただ、その相手とは今日会える可能性は低いと思っていた。
「その格好で、一に会えればいいな」
烏丸から見透かされた心に、茜凪は目を見開いてから“考えてもいなかった”という表情を隠せずにいた。会えないと思っていたのだから。
「あ、会えないですよ、きっと」
「そうか?」
「忙しいと思います」
「見廻りとかしてそうだけどな」
「だと……いいです、けど」
彼に会えるかも、と意識しただけで頬が熱くなる。
そんな茜凪を余所に、烏丸は玄関口に用意してあった下駄をカラコロと鳴らしながら歩き出した。
「ほら、行こうぜ」
「はい」
烏丸が人ごみの中、道を作ってくれる。茜凪は彼につられて、夜の京へと飛び出したのだった。
第二十片
新盆
「せっかくの送り盆だってのに……何かこう、盛り上がりに欠けるよな」
溜息と共に出てきた言葉に、斎藤は顔を上げる。
江戸から戻った平助と共に、斎藤は送り盆の警備と称して、伊東から外出許可を貰っていた。人が賑わう通りを、平助と共に不祥事が起きないかどうか、見渡しながら確認していたのだった。
「この国難の折、浮かれている場合ではないという伊東さんの判断だ。外出許可を貰えただけでも、有り難いと思わねば」
「……そうだな」
妙に切なそうな表情のもと、納得した平助が頷く。
去年の今頃は、新選組に身を置いていた二人。仲の良かった永倉や原田とドンチャン騒ぎをしながら歩いた通りを、今は御陵衛士として行く。
これが己の選んだ道だとしても、彼からすれば思い残すことや迷いが未だにあるのかもしれない。複雑な感情を読み取ろうと努力する斎藤に対し、平助は誤魔化すように笑んでみせた。
「んじゃオレ、ちょっと向こうの方回ってくるよ」
平助が斎藤から視線をふわりと離し、見廻ってくるという。
「こんだけの人混みだし、浪士が騒ぎを起こす可能性もあるかも知れねぇしさ」
「……そうか。では俺は、あちらを見廻ることにしよう」
特に止める必要もない。平助には平助なりの考えがあるのだ、と斎藤はそのまま彼と別れることにした。
貰った外出許可。特に祭りを楽しみたいという概念は頭からなかったので、斎藤は平助とは逆の方角へと歩き出し、辺りを見廻ることにしたのだった。
――そんな、会いたいと願っていた斎藤が近くにいることも知らず。
茜凪は気心知れた烏丸と共に、祭りを楽しんでいた。
「うほー!京に来てから二度目の盆祭りだけど、やっぱり盛り上がるよな!」
「そうですね。人が多いというのもありますが、このお祭りが一番盛り上がっているように思えます」
「な!茜凪、何食う?俺は〜」
屋台の通りまで来てしまえば、盆祭りの“盆”という意味を忘れてしまっている気がした。烏丸はそのまま綿菓子や団子、りんご飴などを食べるんだ!と列に並んでは買いあさりを繰り返していた。
「茜凪!お前は何食うんだよ!?」
「私は……」
正直、人に酔ったせいか、または着慣れない浴衣を身にまとったせいか、あまり食欲が湧いてこなかった。あたりで売っているものを見渡して、悩んだ末に烏丸が最初に手にとっていた綿菓子を選ぶことにする。
「お前、それだけ?腹減ってないの?」
「なんでしょう?浴衣の着付けのせいか、あんまり食欲なくて……」
買った綿菓子のふわふわしたまとまりを見ながら、茜凪はぼーっと辺りを見渡していた。無意識に、どこかにいればいいと願ってしまう相手を探してる。
「体調悪いとかじゃねぇんだよな?」
「はい、それは問題ないかと……」
「ならいいけど、あんまり無理するなよ」
烏丸がりんご飴をバリバリ食べながら告げてくるので、なんだか真剣味がないなぁなんて感じながら、茜凪は一度頷く。烏丸の横を歩きながら、柔らかい綿飴を食べていたところで、隣の男が声をあげた。
「あ!平助!」
「え?」
どうやら、長身の烏丸はこの人混みの中で平助を見つけたらしい。声を上げると同時に、彼は平助に近寄ろうと一目散に駆け出してしまう。
「あ、ちょっと烏丸……!」
隣を歩いていて、彼が長身だからこそ付き添って行けたものの、ごった返しの通りで走られては追いつくのも一苦労。まして茜凪は彼と違い小柄であり、着慣れない動きにくい服装なのである。さっさと行ってしまった烏丸に、その背を見失ってしまった茜凪は、大通りのど真ん中で立ち尽くすこととなった。
「嘘でしょ烏丸……」
サァ……と血の気が引いた。この人ごみの中から彼を探すのは苦労する。もちろん、京の地理は分かっている方なので、一人で帰ろうと思えば帰れるのだけれど、これでは来た意味がない。
送り火を共に見ようと思っていたのに散々だ。
「新盆だねって、言ったじゃないですか……」
―――そう、藍人が本当の意味で死んでから、これが初めての盆だった。
どうにも切ない気持ちになってしまうのは、藍人の存在がちらついていたのもある。
だからこそ、斎藤に会いたいと願った茜凪自身もいるのかもしれない。
送り火を見て、藍人のことを少しずつ思い出にしていけたら、と烏丸と話していた。
忘れるのではなく、心に思い出として彼を生かそうとしていた。
これもまた一つの踏ん切りのつもりだった。
だから他の誰でもなく、共にあってくれた烏丸と一緒に出てきたのだが……これでは全くもって意味がないではないか。合流が再びできるものとは思えなかった。
「(もういいや……。大人しく別宅の窓から眺めよう……)」