19. 団子
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「原田さん、準備できました」
「あぁ。そんじゃ、行くとするか」
夏も盛りになりはじめ、どこからともなく蝉の声が聞こえてくるようになった。
いつかの風景と同じで、十番組組長と共に市中に出ることになった千鶴は、西本願寺の門をくぐり、市中へと進む原田の背中を追っていた。
原田の誘いで、千鶴は市中にある新しくできた甘味屋に行くことになったのである。
久しぶりの自由な外出。外に巡察以外で出られるのが嬉しくて、つい千鶴は表情を緩めてしまっていた。
慶応三年 七月中旬。
そろそろ京の町に催しが出て、送り火がやってくる頃の話。
「最近、町中も結構に賑わってますね」
「夏ってこともあって、祭りが開かれることが多いからな」
警備する俺たちも大変だ……なんて思いながら、原田は苦笑いを決め込んでいた。これも新選組の隊務の一つ。平助や斎藤が離隊してしまった今、八番組や三番組の面倒も代わり代わりに見ている原田はどこか疲れも伺える。
最近では、沖田が体調不良で伏せることがあり、一番組のことも考えれば忙しいと言えるのも仕方ないであろう。
「原田さん……無理されてらっしゃいませんか?」
「ん?あぁ、これくらいなら問題ねぇよ」
目的の甘味屋が並ぶ通りまで向かいながら、原田は千鶴の頭を撫でてやった。大きな掌が、男装をした少女に降り注げばどこか恥ずかしそうにしながらも千鶴は原田に笑顔を向ける。
「今日は新八が巡察に出てるしな。心配もいらねぇだろ」
「はい」
「だからお前は、久々に団子でも食いながらゆっくりしてればいい」
気遣いが出来て、いつも優しい原田。千鶴が一つ頷き返し、通りの角を曲がったところで目的の甘味屋が見えた。
「お。ここだ、ここ」
「本当ですね。新しく出来てたなんて、知りませんでした」
「千鶴との巡察は大通りを見廻ることが多いからな」
真新しい綺麗な暖簾。見物客も含まれて、行列を作っている店。お品書きを見つめれば、見慣れた名前の中に、この店独自の甘味が見えて心が躍ってしまった。
「ふふふ」
漏れた笑み。つられて原田も目を細める。
列の最後尾に並ぼうと、最後の人は誰だろうと探していたところで、またまた千鶴は見つけてしまった。
「あれ……?」
「ん?」
黒い着物。真夏にも関わらず、きっちり巻かれた白い襟巻。目を瞬かせて確認したが、そこにいるのは新選組を――訳あって――離隊した男に見えた。いや、間違いない。
「斎藤さん」
「斎藤……?珍しいな」
正直、この通りは有名な甘味処がそろっている。この新しい店の前にも、以前からの老舗があり、そこは抹茶の甘味盛り合わせが有名であった。
一度は食べてみたいと千鶴も思っていたが、原田が誘ってくれたこちらの店はもっと気になる。
そんな老舗の暖簾を潜り出てきた一人の男が、あまり甘いものが好きではない斎藤だったので驚いたのは無理もない話だ。
「そういや、前もこんなことあったよな」
あの時は、斎藤は小間物屋の前で、翠色の簪を眺めていた。結局それは買っていかなかったのだけれど、彼は別の簪を買っていき、相手に贈ったのだろうと思う。
「あいつが甘味屋の前に一人ってのも珍しいな」
「でも、今出て来られたので、中に誰かいらっしゃるんじゃないでしょうか?」
「そうか?」
「平助くん、とか……」
と思いながらも、平助と斎藤が二人で訪れるなら酒屋だったり祇園の飲み屋の方がしっくり来た。
甘味屋の列に並びながら、しばらく斎藤を見つめていたところ、やはり誰かが出てくる。
「「あ……」」
綺麗な着物を靡かせて、店の中の人に笑顔でお礼を告げていた。
斎藤が暖簾を持ちあげて、その人物が通りやすいようにしてやっていたのを見てから、それを潜り、現れた者に原田も千鶴も妙に納得してしまった。
「茜凪さん……」
「やっぱりな」
左側の耳の上にあったのは、蓮の形をした紅色の簪。耳元でチリン、と音が鳴れば、彼女が笑う気配がする。
千鶴は、斎藤や平助が御陵衛士になって以来、彼女が斎藤といるところを見かけていなかったので、その空気の変わり具合に驚いていた。
とても綺麗で、優しい雰囲気。
あぁ、恋しているんだな、とみてとれた。
驚いたのは斎藤が満更じゃなさそうに隣を寄り添っていたこと。常に己にも他人にも厳しい彼が、心安らぐというように女を置いているのは珍しい。
だが、決してデレデレしているのではなく、“隣にいることを許した”という表現が似合っていた。
これは送り火の祭りの前の、最後の二人の逢引きだった。
第十九片
団子
「……。まだ気にしているのか」
「気にしてます」
「口くらい利いてやったらどうだ」
「いやです」
店内は抹茶の香りや、甘ったるい匂いが充満していた。非番だからといって、ここに来るつもりは到底なかったのだけれど、珍しく茜凪が高台寺月真院の近くまで斎藤を訪ねてやってきていたので、付き合ってやることにしたのだ。
遡ること数刻前。
嵐山へ出向いた日から約半月。あれ以来の非番の日。高台寺の境内で一人稽古をしていた時、茜凪の気配をどことなく感じて辺りを見廻っていた斎藤。
案の定、ぶすーっとした顔で近くの畔で膝を抱えていたのを見つけて声をかけてやった。
「茜凪」
「……」
「珍しいな。あんたが近くまで来るなんて」
高台寺に屯所を移す前は、斎藤を心配してよく様子を見に来ていたのも知っていたが、最近は斎藤が気を遣って会いに行ってやっていることが多いので、茜凪は邪魔にならないようにしていた。
だからこそ、こうして近くに己の意志で彼女が来ていることが珍しく、何かあったのだろうと思っていた。
「どうした」
「……」
てっきり、用があると思ったのでそうして声をかけたのだが、茜凪の不貞腐れた顔は一向に直らない。あぁ、こんな顔をするのは菖蒲に何か気に入らないことを言われた日に限るな、なんて思い返して言葉を待っていた。
「なんでもないです。ただ、はじめくんの気配が感じられるくらい近くにいたら、ちょっとは落ち着くと思っただけです」
「……」
「今日が非番だってことも知ってました。でも、邪魔になりたくないのでこのままにしといてください……」
斎藤に八つ当たりをしているとは思えない口調だったが、どこか棘がある。どうしたのか聞いた方がよかったのだが、“このままにしといてください”と言われてしまったので、斎藤は表情を歪ませつつ、戻ろうと踵を返したのだ。
「ならば……俺は戻る」
「……」
「あんたも変な輩に絡まれる前に気を落ち着かせて、祇園へ戻ってくれ」
「……」
「夜、また訪ねに行こう」
「っ、はじめくんんんー!」
「なっ!?」
何かを堪えていたのだろう。
必死に邪魔にならないように、邪魔にならないように、と己に暗示をかけていたのであろう茜凪が、“我慢できませんでした”というように、背を向けた斎藤の襟巻をグイグイと引っ張った。
「やっぱり行かないでくださいぃ」
「茜凪っ、待て……っ」
「私の不満を聞いてくださいぃぃ!」
「襟巻をッ、離せ、茜凪っ」
夏場なので、襟巻が必要という程寒いことはない。
ただ、彼の首に巻かれているそれを引っ張れば、もちろん首も道ずれになることは当たり前。体制を崩しつつ、半分悔しさで涙目になっている茜凪を確認して、斎藤は高台寺の近くでは面倒だな、と市中に出てきたのである。
それが数刻前のやり取り。
そして二人の会話は先頭に戻るのである。
「菖蒲に嵐山を越えた日のこと聞かれたんです。何もなかったかって」
「あぁ」
「だから、帰りに浪士に襲われたって素直に話したんです」
なんとなく先が読めた斎藤。彼女が怒っている原因もわかる。
高台寺の近くでは見つかった時、仲間内に何を言われるかもわからない。だからこそ、平助が京を発つ前に行っていた例の甘味屋に茜凪を連れて来てやった。
店の前では新しい甘味屋が出来ており、そっちに行列ができていた。茜凪に“あちらにするか?”と聞いたが、斎藤が時間を割くのが少ない方でいい。と老舗のこちらを選んだのだ。
団子はいつでも食べられる、と茜凪が頼んだのは抹茶や黒糖が混ざったあんみつ。もちろん、果物も沢山乗っており、豪華なやつだった。対して斎藤は匂いだけでもお腹いっぱいであり、抹茶と――それでも一人で食べさせるのは可哀想かと思い――みたらし団子を注文した。
運ばれてきた甘味を頬張りながら、茜凪は続ける。
「そしたら、菖蒲。あたかも“私が正しかった”っていうように、どや顔で“斎藤さんがいなかったら、あんたは間違いなく死んでた”とか、“あんたに頼まなくてよかった”とか、“あんたはただの町娘のままでいい”とか言うんですよ」
「……」
「私が油断していたのは本当です。はじめくんがいなかったら、怪我をしていたのも事実です。でも!」
あんみつを掬うための匙をこちらに向けて、茜凪は実に体全体を使って不満を訴えてきた。
「“あんたに頼まなくてよかった”までは酷すぎませんか!?」