12. 蓮花
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「千鶴、巡察いくぞー」
「はい、原田さん!」
それは、本格的な梅雨が訪れる前。最後の晴れ間が続いた数日の出来事である。
「今日はどの辺を見廻れるのですか?」
「そうだな、河原町の方でも行ってみるか」
「はい」
新選組の屯所に身を置いている雪村 千鶴は、十番組組長の原田と共に市中の巡察へと繰り出していた。
原田に言われた通り、河原町から東の方角、つまり祇園の方へと足を伸ばしていくことに決めた千鶴たちは、そこで珍しい光景を目にするのであった。
第十二片
蓮花
屯所である西本願寺を出てからしばらくした頃。
大通りから一本入った路地を抜け、馬が通れるほどの道に出た時のことだった。
「今日はお天気が本当にいいですね。洗濯ものがよく乾きそうです」
「そうだな。そろそろ本格的に梅雨になってもおかしくねえから、今のうちに青空を堪能しとかないとな」
「はい」
空を見上げ、平和な市中を他愛もない話をしながら原田と千鶴は抜けていく。
キラキラ光る太陽を見上げつつ、空気を大きく吸い込んでからふと、視線を向けた時だった。
「……あれ?」
今、千鶴たちがいるのは小さな雑貨や小物を扱う店が軒を連ねる通り。その通りの反対側で、呆然と立ち尽くすようにして店の向こう側を見つめる男がいることに千鶴は気づいていた。
そして、その男の後ろ姿に見覚えがあることも。
「あれ……斎藤さん……?」
数年、共に過ごしてきた男の姿だ。見間違えるはずがない。
黒い着物に、白い襟巻。結われた髪は光に当たれば深い蒼とも取れる色。
千鶴の記憶の中にいる斎藤と面影が一緒であり、彼女は思わず足を止めた。
悩ましげに店の奥や、手元の小物を見つめては何か考え込むような姿で立ち尽くす斎藤の姿には、さすがの原田も気づいたらしい。
「ほんとだな。ありゃ斎藤に違いねえ」
「小物でも見られてるんでしょうか?」
「アイツが一人でか……?珍しいな」
原田も思わず足を止め、見つめた先の斎藤がじっと眺めている品を確認しようとしていた。さすがに距離があるので結果から言えば無理だったが、小物を見ていることには違いないだろう。
「誰かへの贈り物でしょうか……?」
「へぇ。アイツにもいい女ができたってことかな」
「え?」
それはめでたいことだ、と原田は心から祝福しているように見えたけれど、千鶴からしたら少し意外だった。
あの斎藤が、誰かに贈り物をしようとしていることもだけれど……誰かと寄り添って笑顔で歩いている姿は一度見てみないと想像がつかない気がする。
考えてみて、千鶴はそこで自然と寄り添う女性に浮かんできたのがある妖の少女であることに気が付いた。
「茜凪さんかな……」
ぽつりと零した声は原田には届いていなかった。既に歩き出していた彼を追いかけて、千鶴は斎藤から視線を離し、足を進めたのだった……。
――そんな話題になっていると知らない男は、店の中で飾られているものを険しい顔をして見つめていた。
「(本当にこれで合っているのだろうか……)」
遡ること数刻前。昨夜のことである。
菖蒲の料亭に行った際、かねてから土方に聞いていた茜凪が落ち込んでいるという事実確認をした時のことだ。狛神から落ち込んでいる理由が“簪が直せない”ことであると教えてもらった斎藤。同じくして狛神に彼女を元気つける方法も手掛かりを得て、こうして河原町へとやってきたのだ。
しかし、いざ店の前に来てみれば斎藤には不安や焦りや照れるものしかなく、店に入る前に足を留めてしまっているのが現実であった。
「(狛神から聞いた烏丸の話によると、店の正面に出ていた簪だと言っていたが……)」
茜凪を元気にする理由。
狛神からは店の情報しか聞かなかったが、斎藤なりに考えたのはやはり新しい簪を贈ることだった。
翡翠色のトンボ玉も直してやりたいとは思ったが、まず壊れた破片は彼女が持っているので預かってくることは難しい。何より、本人が尽力して探し回った先で“無理だ”と告げられているのならば、斎藤が同じことをしても二度手間だ。
トンボ玉はそのまま手元に大事に置いておき、今は伸びてきた髪を結う道具を単純に与えてやりたいと思ったのが素直なところである。目も腫れてばかりじゃ視力に関係してくるだろう。
「(だがしかし……並々ならぬ思いが込められた、あの簪以外のものを彼女がつけたいと思うだろうか)」
今更ではあるのだが、店の中に入ることも、簪を選ぶことも躊躇いを感じ始めた斎藤がそこにはいた。
それを目撃したのが千鶴たちであったのだ。
斎藤は千鶴や原田が去った後も、四半時は店の前にいただろう。ただじっと、店の正面に飾られた、翠色の簪を見つめながら。
「(第一、これで彼の者は本当に元気になるのか……)」
「あの、お客はん?」
見かねて出てきた小物屋の娘が、戸をあけて斎藤に声をかける。奥では品のある優しそうな男が斎藤に笑いかけていた。
「さっきからよう熱心に見られとりますけれど、贈り物どすか?」
「俺は……」
「この簪、綺麗でしょう?この間も男女が心奪われとりました」
娘は商品を紹介するというより、斎藤に世間話のように話を続けた。
「その男の人は、女の方にえらい買うよう言ってはりましたけど結局買っていかれませんでして」
「……」
「簪してへんのやから、いい加減買いいや!言われててな。女の人も頷いて、試着もしはったんですけど……」
「買わなかったのか」
「へえ」
その男女の話が誰であるのか、斎藤は簡単に予測ができた。狛神から話を聞いていたのもあるけれど。
買わなかったものを自分が買い与えたところでいいのだろうか、と悩んでいたのだが、娘は続ける。
「なんやろなぁ。この簪、えらい綺麗なのになかなか誰かの手に渡らんくて」
「……」
「誰かを待っとるのかもしれませんなぁ」
烏丸が茜凪に買い与えるでもなく、茜凪が自分の為に買うのでもなく。誰かを、その人を待っているのだとしたら……。