009. 写真
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「じゃあ、私が落ち着くまで……この館にいても、いいの?」
「あぁ。そうモンドから許可が出ている。記憶がきちんと戻るまで、君のことはアルカナファミリアが保護しよう」
それはギラにとっては朗報だっただろう。
モンドとダンテが話し合いをした日から、3日が経った。
7月15日。
ジョーリィが印をつけている日まであと2日と迫った頃のこと。
今頃アッシュとジョーリィは来るその”帰還の時”のために準備を進めていることだろう。特にアッシュは切羽詰まりながらも知識を頭に詰め込んでいるのか、数日部屋から姿を現していない。
事情が事情なので、食事時にも声はかけなくていいというお達しがあり、この3日間彼を見かけた者がいないくらいになっていた。
そんな頃だ。
部屋でフェリチータと楽しくお茶をしていたギラが、やってきたダンテから”館でこれからも身を保護する”という話を聞き、笑顔を見せたのは。
「よかった……。もう体調もよくなったし、そろそろ出て行けって言われたら、どうしようかと思ってたの……」
「そんなことしない」
フェリチータがくすりと笑えば、ギラは「ありがとう」と微笑んで返す。
ギラをずっと心配していたフェリチータからしてみれば、こうして笑顔を取り戻し、表情を明るくしてくれることがとても嬉しい。
傍でポットの口を拭いていたルカも、微笑ましい花園に口元を緩めるばかりだ。
「ところでギラ。体調はどうかな?」
ダンテが、モンドへの軽い報告も含め、確認するために尋ねる。
ティーカップを口につけていたギラは、はた、と動きを止めてダンテを見上げた。
目を背け続けたいものが、奥底にあるのかもしれない。
だから、記憶が戻らないのかもしれない。
何故、自身がここにあり、何に巻き込まれた過去を持つのかを一切思い出せないのだから。
だが、保護してくれるアルカナファミリアには、彼女のことを心配してくれている。聞く必要があるのだ。
「……ごめんなさい」
食堂でジョーリィを含めた幹部たちに話をした日。
彼女が覚えていた事柄はあまりにも少なかった。
誰かから逃げてきた。
逃がしてくれた人がいた。
一緒に逃げた者がいた。
だけど、何も覚えていない。それが誰だったのかも。
そして、残された言葉はただ一つ。
”白い龍”。それから逃げなければ、殺されるということ。
「まだ……、」
「そうか」
焦る必要はどこにもない、とダンテが言い聞かせる。
眉を下げ、不安そうに見つめてくるギラを他所にルカは顔を些かしかめていた。
「焦ることはない。ゆっくり、思い出してくれればいい」
「一緒に頑張ろう。ギラ」
「ダンテさん……フェリチータ……、本当にありがとう」
ポットの口を拭いていたフキンを置き、下げる準備を進めるルカ。
フェリチータは、会話に入ってこないルカを少しばかり不自然に思い、横目で彼の姿を追う。
ルカがここ最近、何かについて合間合間で調べていることを彼女は知っていた。
その事柄が、ジョーリィとアッシュが今、進行形で知識を取り入れようとしているものと同じであることは知らなかっただろうけれど。
そしてもうひとつ。あの現場にいた者だからこそ、ルカはジョーリィやアッシュが知らないことを知っていた。
”ネオ”。
ギラが唯一、口にした言葉。おそらく、誰かの名前だろう。
何も思い出せないと言いながら、鮮明に語った彼女の口はネオについての事柄だった。
そして、それを思い起こさせたのは食堂に飾られている写真。
写っているのはファミリーと、今ここにいない一人の女だ。
その女を待ちわびる男がいることも事実。
だがわからない。何故、どこにでもありそうな写真の中でユエをきっかけにネオについて語り始めたのか。
どこがギラを刺激し、ネオを彷彿とさせたのか。
「お嬢様、私はポットを下げてきます」
「うん。わかった」
「はい。ギラをお願いしますね」
がちゃり、と閉じられるドア。
それを追うかのように、ダンテも挨拶を告げて部屋を立ち去った。
「……私、本当に思い出せるかな」
「ギラ……」
「こうして楽しく、毎日をゆっくり過ごしていれば、記憶も戻るだろうってみんな言ってくれてるけど……。怖くてたまらない」
「……」
「もし、記憶が戻らなかったら、」
「その時は、それでいいと思う」
不安を煽るように言葉を訥々と語っていたギラだが、断言するフェリチータの声に顔をあげた。
翡翠色の強い瞳が見える。それは、あの写真に写っていたユエにも共通する部分があった。
「何があってもギラはギラだよ」
「……っ」
「今のギラが、ギラなんだから。過去で何か変わるわけじゃない」
「……」
「それに、今がダメでもきっと出来る」
それは、いつかフェリチータがリベルタに言った言葉。
今がダメでも、諦めなければ、いつかきっと……。
「だから、一緒に頑張ろう?」
諦めることはいつだって出来る。
自分と向き合いながら、戦い続けていこう。
一緒に、と言ってくれることが何よりフェリチータらしくて。ギラは微笑みと頷きの間に涙を隠して、応えるのだった。
009. 写真
ガラガラと滑車が音を立てながらポットやスコーンのお皿を運んでいく。
ルカは物思いに耽りながら、厨房を目指して歩いていた。
「(あの時なぜ……ギラはユエを見て、”ネオ”という人物を思い出したのでしょう……。本当に目が澄んでいるから連想されたのか、たまたま容姿が似た人物だから思い出されたのか……)」
ならば、レガーロ近郊に住まう者、または滞在する人物で”ネオ”と名乗る者を探してみよう、と思う。
こうゆうのは諜報部の得意分野でもあり、同等に金貨に頼めることでもある。
ダンテは別件で回ると言っていたから、ここはデビトに一つ頼んでみようと決め込んだ。
金貨に調べてもらうのであれば、あまり好みたくはないが裏社会にも流通している。表と裏で調べてもらえるならば有難いことこの上ない。
食器を置いたら、イシス・レガーロに赴くか、と顔をあげたところで驚いた。
「ルカ」
「わぁッ!?」
顔をあげると同時に、サングラスを底光させ、葉巻を口にしたジョーリィに対面したからだ。
この時刻、ここにいること自体が珍しい。姿を最近現さないと思っていたからこそ更に鼓動を速めることになる。
ぽんっ!と音が鳴り、帽子が飛んでいきそうな表現が似合うようにルカが肩を跳ねさせた。
「じょ、ジョーリィ……。なんですか一体」
「なんですか、とは物言いだな。扉に激突する前に、気付かせてやろうと声をかけたのだが」
ハッと顔をあげると、厨房の入口である扉にぶつかる寸前であったことにようやく気付いた。
真横に立つジョーリィがバカにするように笑っている。そのニヒルな笑みに、苛立ちや恥ずかしさやらを噛み殺しながらルカが一度咳払いをした。
「と、ところでジョーリィ。貴方がこんなところにいるなんて珍しいですね」
「クックック……私が食堂で食事をしてはいけない決まりでもあったかな?」
「いえ別に。何かを熱心に調べているみたいですが、わかったことは……?」
恐らく、ギラが口にした”白い龍”について独自のルートで調べているのだろうと読んでいる。答えが帰って来れば万々歳だが、召集がかからないことをみると、まだ手がかりはないのだろう。
「直にわかるさ」
「ということは、今はまだ……」
「帰還者から直接話を聞けばいいだろう」
「帰還者……?」
一体、何の話だ。
予測不能な発言だったが、ふと、意識が過去に吸い寄せられた。
赤い印がついた、カレンダーを見た時の記憶に。
ジョーリィが珍しいことをしているから尋ねたが「エルモがつけたものだ」と返されたのを覚えている。
あの印の日付はいつだった?確か……2日後だ。
だが、何の日か聞いたところで答えは返ってこないはず。まともに会話が出来るのも彼の気分次第だ。
だから、質問をひねってみた。
印をつけた、彼のことに。
「そういえば、エルモはどちらに?」
「ノルディアだ」
「というと、テオやセラたちのところに?」
「あぁ」
「いつ戻ってくるのですか?」
「さぁ。私の知ったことではない」
「……」
これだけではわからない。
2日後にノルディアで何かあるからエルモが印をつけたのか。
はたまた、ノルディアからエルモが帰ってくるから帰還者と呼んでいるのか。
もう行く、と一言告げてジョーリィがルカのもとから去ろうとする。
こうしてここでジョーリィに会ったのも何か理由があるのかもしれない。だから、最後の投げかけは素直に聞いてみることにした。
「ジョーリィ、白い龍とは一体……っ」
「……ーー」
だが、答えは返ってこなかった。
否定も、肯定もない。
つまり、彼が調べているものはやはり白い龍についてのことであり、そしてそれが直にわかることで、”帰還者”が関係しているということ。
悔しいながら、黙ってジョーリィを見送ったルカは、溜息をひとつ零して厨房の中へ入っていくのだった……。
その数分後のこと。
たまたま厨房へ盗み食いをしようとやってきたデビトが、ジョーリィとすれ違うことになったのも、因果だっただろう。
「……」
「……」
階段の踊り場から上を見上げた時、こちらに向かってくるジョーリィの姿を捉えた。ついてねぇな……と思いながらも、無視を決め込んで足を踏み出す。
いつものように嘲笑されるならば応戦するつもりでいたが、どこか空気がおかしい。
ジョーリィが少し疲れているように見えたのは目の錯覚か。
ついに年取ってくたばるかジジイ!と腹の底で笑ってやったが、擦れ違い様、告げられた。
「デビト。銃の手入れを怠るなよ」
「あ?」
「油断も隙もみせないことだ。これはファミリーの相談役として、お前に助言しておいてやろう」
「ハっ、どーゆー意味だ」
いきなり心配してくるなんて、気持ち悪いぜ耄碌ジジイ。と返してやったが、ジョーリィはただ笑うだけ。
ムカついたので去っていく背に投げつける。
「銃の手入れくらい毎日してるンだよ。テメーに心配されることじゃねェ」
「なら幸いだ。直に使うことになる」
「……なんの話だ」
「そのままの意味だ」
「……ざけんな。俺はもうお前の手駒じゃねェ」
ーーそれは、デビトの重苦しい過去を示している発言だった。
さして気にせず、ジョーリィは完全に去っていく。
裏稼業ならもううんざりだ。誰があの闇の中に戻るものか。
ギリリ、と唇を噛み締めてデビトはそのまま厨房すら通り過ぎ、自室へ戻ることを決めたのだった。