008. 猫の落とし物
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リベルタとアンナが街を散策してから二日が経過した。
散策を終え、るんるん鼻歌を歌いながら帰ってきたリベルタは、ルカとパーチェに呼び出されることになる。
アンナが一体なにをしていたのか。危険は見た限りなかっただろうが、何か彼女の案件についての解決などが導けるかどうかを聞きたかったようだ。
わかったことは、ひとつだけ。
アンナは森の奥にある丘で、探しものをしていたということ。
それが見つからなかったというとこ。
そして、それを隠していること。
ルカとパーチェは恐らく、単純にアンナを心配しているからこそリベルタを派遣したのだろうが、リベルタからするとまた見方が違った。
乞い願うアンナの「誰にも言わないで」という思い。あの表情、声、そんな面持ちで頼まれたら嘘でも……言えなくなってしまう。
だから。
リベルタは嘘や虚偽で騙そうとするのではなく、素直にルカたちに答えたんだ。
「悪い。よくわからなかった」
と。
あながち間違いではない。
彼女が何を探しているのかも、どうしてあそこに向かったのかも。誰にも明かさないでほしいというものも、真意を掴めたわけではないし、あれだけではわからない。だけどひとつだけ、感じることが出来たとしたら。
「俺……どうして素直に言えなかったんだ……?」
ルカとパーチェと別れてから、リベルタは中庭にある噴水の塀に腰掛け視線を落とす。
素直に森の奥へアンナが行ったことを告げた方が、彼女の為になり、ファミリーの為になっただろう。だけど、それよりも守るべきものがあると思えた。
ひとつ、感じることができたのは。
アンナの心を守りながら、彼女の力になれるのではないか?
そんな気持ちだった。
ただちっぽけな、一欠片の優しさ。
「アンナ……。何を探してたんだ……」
一人であそこへ赴き、考えてみようかとも思えたが……やめよう。
もし、彼女が隠しているものを暴いたとして、ファミリーの為にもアンナの為にもなからなかった時。
リベルタはそれを知るのが怖いと思えたからだ。
誰かの力になりたいのに、誰かの力になることがこんなにも難しいと思う。
大きく項垂れたリベルタは、そのままとぼとぼと歩き出す。
残された噴水の下、館の二階からそれを見つめる者がいた。
サングラスを光らせながら、リベルタが向かう先を見つめるばかり。
机に積まれた山積みの書類と文献、それから報告書はこれからここへ来る男を悩ませることになるだろう。
傍にあるカレンダーは静かに時を待っていた。
白き蛇が予測した、帰還の時。
その印は、5日後……7月17日に記されている。
008. 猫の落とし物
引き攣った頬。涙袋の下が痙攣を起こしそうになっている。
「なんだコレ」
「先程告げた通りだ」
葉巻の匂いはもう慣れた。
心地のいいものではなかったけれど、部屋に充満したそれが衣服についてしまうことはもう諦めるくらいには。
それよりも今は目の前に置かれた大量の仕事から視線が離せない。
「これを読み、まとめろ」
「はァ?」
「5日以内にな」
「意味わかんねぇよ。きっちり説明しやがれ」
鋭く青い視線を送るのは、この煙に巻かれた部屋への客人・アッシュ。
ここへは仕事の一環で来た。アッシュはジョーリィの直下の部下に当たるからだ。
葉巻の主・ジョーリィは、リベルタを見送った後、火を消したが煙を十分に纏いながらアッシュを迎え入れたのだった。
そして第一声が、目の前に積まれた資料を全て読み明かし、考察をまとめろというもの。
「無理言うな!5日で読み切れる量じゃねぇだろーが!」
「貴様に拒否権はない。時間はもはや残されていないのだからな……」
「勝手に話進めてるんじゃねぇよ……!」
まるでタワーになっているんじゃないか、というくらいの資料の山。
分厚い文献や、何故か歴史や地図の本まである。
「全て頭に叩き込め」
「お前な……」
だいたい、なんで5日しか猶予がないんだ。
時間に制限がなければ、言われなくても整理してレポートでもなんでも出してやると思ったが、ジョーリィは最早聞く耳を持っていない。
問い正し、理由を教えてもらおうと努めたが、矢先のこと。窓辺に置かれたチェロと、その端の棚に置いてあるカレンダーに目が行った。
「おい……5日後になんかあんのか?」
今日は7月12日。
そして、印が付けられたのは17日。
ちょうど5日後に、何かを知らせるマークがあることにアッシュは嫌な予感を覚える。
ジョーリィはいつも突拍子もないことで人を使い、足蹴にし、おまけに馬鹿にもするけれど、こんなに切羽詰った状態で物事に取り掛かれというのもまた珍しい。
そしてカレンダーにマークを付けることも。
それが5日後ということでピーンときた。
「ジョーリィ。お前がそうしてカレンダーに印を付けるなんて、珍しいだろ」
「これはエルモがつけたものだ」
「俺の勘が正しければ、その印と俺の任務は関係してるはずだ」
「……」
「そうだろ?」
アッシュの顔すら見ずに、ジョーリィは手元でパラパラと文献のページをめくるだけ。あぁ、いいつものことだ。
こうなると何を聞いても無駄だと思い、溜息をひとつ残して部屋を出て行くことにする。
仕方がないので山積みの仕事を腕の中に抱え込み、ドアを足で蹴り破ろうとした時だ。
「帰還の時だ」
「は?」
ギギィ……と鈍い音を立ててドアが開く。
後ろで零された答えに、アッシュは首を傾げるだけ。
開いた扉はそのまま廊下へ向かい進んで行くが、アッシュはゆっくりジョーリィの方へと振り返る。
「あの男の予測が正しければ……」
「……」
「この先に待つのは、恐らくーー」
濁される続き。
虫の知らせがザワザワとしている。
辺りはありふれた音に満ちていたはずなのに、全く何も聞こえない気がした。
廊下まで目一杯開いた扉が壁にぶつかり、反動で戻って来る。
そのままアッシュを廊下へ置き去りにして、バタンと乾いた声をあげればジョーリィを視界の中から消し去ってしまった。
「あの男って、誰のことだ……」
言い逃げされたような気分だが、もう一度ジョーリィの部屋の扉を開けるには覚悟が足りない。ましてや今回は珍しく助言……のようなものを差し出された。
謂わばアッシュの読みは当たりであり、5日後の印の日と文献を読めという課題には何かしら理由があり、関連しているはずだ。
「……仕方ねえ。できるとこまでやってみるか」
一番上に乗っている文献は、古代史にあたる。
確か幽霊船の中に簡単な翻訳書があったはずだ。それを取ってきてから作業を開始しよう、と心に決めてアッシュは一度館から出ることにしたのだった。
◇◆◇◆◇
「どうだ、ダンテ」
広い部屋に影が3つ。
堂々と構えた男はこのファミリーのトップにあたる。赤髪の威厳ある男だ。名をモンドといい、言わずと知れたアルカナファミリアのパーパ。
その横に、淑やかに控える女性がまさにマンマ。スミレである。
諜報部の幹部として、ここ最近起こったこと、そして確認したこと。近状を報告しようとパーパの前に現れたのがダンテである。
名前を呼ばれたダンテが、居住まいを正し告げる報告はルカやフェリチータたちが努めて集めた情報の数々。
「まず、人身売買事件の被害者にあたる娘・ギラだが何らかの理由により、記憶が曖昧になっている箇所が目立つ。原因はわかってはいないが、捕らえた男たち3人からは特に手荒い真似をされたわけではないところを見ると、事件とは別のルートで関連があると見ていいだろう」
「なるほどな……」
「その方向は、ルカとフェリチータお嬢さんが慎重にギラの心を開いていくよう心掛けてくれている。今後も一任する方針だ」
「……続けてくれ」
「次に俺が海岸沿いで拾った娘・アンナだが、こちらも前後の記憶が抜け落ちているようだ。どうしてあそこに倒れていたのか、何があったのかもまだ話ができない状態であり、わからない可能性が高い」
「うむ」
「ギラ、アンナ双方、体調は回復へ向かっている。アンナに関しては先日、リベルタと共にレガーロの街並みを散策するほどにまで回復した。直に心配する必要はなくなるだろう。あくまで、体調についての話だが」
唸り声をあげてテーブルに構えをとるが、ダンテも顔色は悩ましい。
チクタクと時を進める音だけが響き渡っている。
「もう1人、館に身を置いている者がいるな」
「あぁ。リリアーヌだな。彼女はギラを男達から救った娘であり、尚且つギラのことを知っていると見える。リリアはギラに用があるので、ギラが万全になるまで館で待っているところだ」
「……」
「近状の報告は以上だ。モンド、3名のこれからの扱い……ファミリーとしてどうするつもりだ」
能力者でもなく、ファミリーの血の掟を結んだわけでもない者を、どういう扱いで館に置いておくのかをダンテは気にしているようだ。
瞼を閉じ、モンドは考える素振りをみせるが答えは最初から決まっているようだった。
「一度保護した身だ。途中で投げ出すのも無責任だろう」
「なら、ギラ、アンナ、リリアはファミリーが預かりの身とするということでいいのか?」
「あぁ、構わん。己の手で道を決め、レガーロで安心して住めるようになるまで、俺が全責任を持ち、預かろう」