007. 狂奔のJuly
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体が少し言うことを聞くようになった。
探すなら今がチャンスだと、本能が警告を鳴らす。取り返しがつかなくなる前に、いや、もう取り返しがつかないところまで来ていたのだとしても、早く理解するべきだと教えていた。
見知った扉、ノブ、重さ。手首を回せば簡単に開くそれを押し開けて、アンナは街へ飛び出した。
館の前にある坂を下り、目指す場所まで一直線に走り抜ける。
街並みが生み出す空気も、活気も、よく知っているつもりだった。
これは、夢なんかじゃない。現実だ。
なら、どこが夢だったのかを教えて欲しい。
走って走って、フィオーレ通りまで出たところで目指す先を方向転換。
細い路地を抜け、今度は緑生い茂る方角へと足を進めることにする。
そうした先にあるはずだ。もし、このレガーロがアンナが知っている場所であるならば、あるはずなのだ。
「あと少し……」
駆け抜ける人の中。やがてそれは枝葉になり、風を呼ぶ。アンナを手招きするような仕草をみせる木々たちに目を向けながら彼女はそのまた向こう側へと走り続けた。彼女が存在した時を、意味を、証明するために。
007. 狂奔のJuly
「なんなんだぁ?一体」
レガーロ晴れ。買い物にはうってつけの一日を過ごしていたリベルタは、シエスタ時に疑問を漏らす。
首を傾げながらも幾分か先にいる娘を見失わないように、一定の距離を保ちながら走り続けていた。
事の発端はどこからだったのか。リベルタは正直知らされていない。
今日は諜報部の仕事は休みをもらい、買い出しに街を散策していた。
同時刻に最近館で保護されている”人身売買事件”の関係者であるギラの聴取が行われるとは聞いていたが、参加者としてリベルタには声がかからなかった。
ならば、そのままホリデーを満喫しようと心に決めた直後のこと。館に戻ったところをルカとパーチェに捕まり、「アンナに同行してほしい」と願われたのが始まりだ。
同行と言っても、アンナは一人でどこかへ行こうとしているから、リベルタが付き添える空気は微塵もなかった。要は、あの年上の二人は”尾行しろ”と言いたかったのだろう。
ダンテやデビト、アッシュほど上手くはやれないが、リベルタもファミリーの一員だ。隠密活動をやってのけよう!と意気込み、今に至る。これが事の有様だ。
が、アンナを尾行しろ。と願われた理由がイマイチわからない。
「まぁ、あいつも海で倒れてたって聞いたしな……。病み上がりなのに、もう体は大丈夫なのか……?」
まさにルカとパーチェが気にしているのはそこなんだろう。
もちろん、アンナ本人が覚えてないという、館に至る経緯も知りたい。いや、保護した以上知る必要があると思った。
だからリベルタの手を借りて、アンナの情報を集めつつ、彼女の身を案じる方法に出たということだろう。
そうこうしているうちに、アンナは随分と山奥までやってきた。
近い場所に洞窟があることをリベルタは知っていたが、どうしてアンナがこんな場所を訪れる必要があるのだろうか。
木陰に隠れながら、先ほどよりも慎重にアンナの後ろをつけていく。
気配に気を向けたが、アンナとリベルタ以外に人気は感じられない。ましてやレガーロだ。こんな場所に暴漢が現れるとは思わなかったけれど、念のため油断せずにいくことにしよう。
リベルタがスペランツァの柄を握り直し、洞窟の上へ向かうための丘を進んで行くのを見届ける。
「洞窟の上の丘か……」
洞窟の中に入ったことはあったけれど、横の小道から洞窟の上にある丘に登ったことはなかった。
一体なにがあるのだろう?と思いながら、音を立てないようにゆっくり、ゆっくり近づいていった。
どうやら、アンナの目的地はここだったようだ。
息を切らし、肩を上下に揺らしながらアンナは呆然と丘の上で立ち尽くしている。
視線は最先端の一箇所を見つめており、そこから動くことはなかった。
反比例したのは足。ゆっくり、膝を泣かせながらアンナは視線の場所へ近づいていく。
高低差がある関係で、リベルタは隙間に体を隠すことができ、視線だけアンナがいる地面と同じ高さで光景を見つめることができた。
一歩、また一歩と歩き出した彼女は視線のもとまで行き……そして崩れ落ちる。
ガクガクと泣く足を折り、地面に座り込んだ彼女はたった一言……呟いた。
「ない……」
何かを探していたようだ。
ない。
それだけ吐き出して、落ち着いてきた呼吸の音だけが辺りに響く。
何もない。あるのは丘から見える海、レガーロの街、水平線だけだ。
ユエがよく行く丘よりも港からは奥にあり、森や山に近い場所にあるからか、アンナが見た景色とユエが見ていた景色はまた別のものだろう。
そのまま呆然とするだけかとリベルタは思っていた。
こんなところで何を探していたのかとも思ったが、アンナが次に出した行動は違った。
爪が汚れるのもお構いなしに、地面を掻き毟り、草を分け、まだ何かを探しているようだ。
動揺を隠せていないアンナは、もう一度膝に力を入れ、懸命に手がかりを探していた。
彼女の手が、どんどん、どんどん黒くなっていく。
茶色だった土が掘り起こされて、黒い塊も見えてくる。手が汚れるのも気にしないでアンナはそのまま体を動かし続けた。
「痛……っ」
「!」
リベルタはただ、狂ったように唇を噛み締めて”探し続ける”アンナの姿を呆然と見る事しか出来なかった。
あの娘に何かが隠されているのはわかる。それはリベルタだって同じだ。
出生の秘密も、本当は誰の孫にあたるのかも、能力のことも、ヨシュアのことも。人に隠しておきたい秘密だってある。
だからアンナに何かが隠されていて、沢山のことを経て、ここに来たのも理解できる。だけど。
だけど、目の前で傷ついてしまうのは納得できなかった。
「お、おい……!」
思わず見過ごすことが出来なかった。
高低差を生み出していた隙間から飛び出し、駆け出した。手を石で傷つけながらも何かを探すアンナにリベルタは急いで近づき、彼女の腕を掴みあげる。
右手を止め、左手だけ宙ぶらりんの状態にすれば、アンナは彼の存在に気付かなかったというように目を見開いた。
首元の隙間、一瞬夕陽を見たような気持ちになったのは何故だろう。
「もういいだろ……っ!怪我するぞ!」
「……ッ」
掴まれたことにより、ようやく動きを止めたアンナ。
立ちながら彼女を止めたリベルタを座り込みながら見つめる。
てっきり泣いているかと思ったが、アンナの瞳には強い力のような、意志のようなものが宿っていた。
「リベルタ……」
ぽつり、と名を呟かれ、気付く。
彼女とこうして対面するのは初めてだ、と。
だが、それも頭の片隅を過ぎっただけで通り過ぎ、どこか遠いところに追いやられる。
それよりも、掴んだ腕が泥だらけで、爪が傷ついて赤くなっていることに心が痛んだ。
「お前、一体なに探してるんだよ……?こんなになるまで……」
「……」
「赤くなってるから痛むだろ?俺、ルカみたいに薬は持ち合わせてないからすぐ消毒したりできないけど、このまま掻き回してても酷くなるだけだぞ」
リベルタがアンナの手を見つめながら声をかける間、アンナはリベルタの目をずっと見ていたのだろう。
最後の言葉を言いかけて、アンナの方を見ればパチリっとガッチリ目が合った。
翡翠の瞳は汚れなく、何かを見据え、訴えるような視線を寄越してくる。かと思えば、あどけないような、なんとも言えない顔つきをした。
そのまま彼女が手に目を向ければ、リベルタもつられてようやく気付く。
絡み合った手と指先。今度はリベルタの顔が赤くなる番だった。
「なっ、あ、っその、これは!わ、悪い!そ、そんな!他意があったわけじゃ……!」
焦って舌が回らなくなる。
すぐさま腕をバンザイさせて、腰を地につけながら数歩後退しアンナと距離を開ける。
今度はアンナが目をぱちくりさせる番。
ゼエハアと動悸を抑え、照れた顔したリベルタに、アンナはレガーロへ来て初めて笑顔を見せてくれた。
「フフっ」
「へ?」
「相変わらずだね、リベルタは」
「えぇ?」
照れた顔して、挙動不審になるリベルタ。それに対してクスクス笑いながら”わかってるよ”というように返すアンナ。
泥だらけの手を口元に添えながら笑えば、綺麗とは言えないのに、何故かリベルタには彼女が美しく見えていた……。