006. 混沌たる記憶
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ギラとアンナ、そしてリリアがアルカナファミリアの館にやってきてから、数日が経過した。
ギラが関わった人身売買の事件。それから、アンナが倒れていた経緯についても整理をしたいということで近状報告の会議が行われることになった。
優先的に話を聞きたいのは、この近海を騒がせている人身売買の事件なのでギラの方である。しかし、彼女の記憶が曖昧であることと、体調面から考えて話を聞くのは少人数で、昼間の方がいいのではないか?という結論に至った。
ギラの体調も何とか回復の兆しをみせており、今は時折笑顔も見せるほどである。
それも、彼女を安心させようと努めたフェリチータとルカの気遣いからだった。
時間がある際には必ずギラの客間へ立ち寄り、記憶や事件に関係ない話をしたり、出歩けるようになった頃、中庭やマンマのバラ園に招待したりした。
その甲斐あって、ギラの方から尋ねてくれたのだ。
「聞きたいことが、あるんだよね……?」
と。
答えられるかどうかは別だろうが、彼女も目を逸せない現実に立ち向かうべきだと思ったのかもしれない。
日程を些か調整したが、参加できる者は限られていた。
昼間の食堂に集められたのは、巡回を終えた棍棒と巡回前の剣の幹部。それから部下にカジノを預けてきた金貨のカポ。従者と、相談役だった。
この日中の時間帯、セリエとしてこなさなければならない仕事も多かろう。幹部長として話を聞いておきたかったようだが、アンナの件と諜報部のことで手が離せないようであり、今回は欠席となった。
「まぁまぁ、とりあえずカッフェでも飲みながら話そうよ!ということで、ルカちゃん!お願い!」
「わかりました。今、準備してきます」
シエスタ時の食堂に集まった者たち。
正面の席へ案内され、腰掛けたギラ。今日は僅かに顔が強張っている。
何を聞かれるか、答えられるかが不安なのだろう。
「大丈夫よ。ギラ」
「フェリチータ……」
寄り添って、声をかければ顔をあげてくる歌姫。
もっとリラックスして話してくれればそれでいいの。
小さく囁いて告げてやれば、ギラは緩やかな深呼吸を繰り返す。
奥からリモナータとカッフェの匂いが立ち込めれば、それが合図。
葉巻を潰したジョーリィが声を、あげた。
「さて……。では、教えてもらおうか」
真実を。
ここから巻き込まれる戦いを。
「歌姫・ギラ殿……?」
006. 混沌たる記憶
カチャリ。と食器がぶつかる音が刹那響く。
用意されたカッフェから程よい温かみの湯気があがる。鼻腔をくすぐるそれは、パーチェの空腹感を刺激した。
ルカも定位置につき、デビトは仰け反って座っていた体制を整え、少なからず話を聞けるようにする。
ジョーリィのサングラスの向こう側が煌めけば、スタートだ。
「まず、覚えていることを話してもらおうか」
「……」
「名前は」
「……ギラ」
「年は」
「17……」
「出身は」
「……ここから、もっと遠くにある……小さな田舎町で……名前は、わからない」
「どうしてレガーロへ?」
「……っ」
淡々とした尋問に似たそれ。
ついに視線を俯かせて、目を細め泣き出しそうになった彼女にフェリチータが”ジョーリィ”と口を挟んだ。
もう少し優しく、和やかにできないものかと頭を抱える。
「ジジイにそんな聞かれ方されれば、答えられるもんも答えたくねぇだろ」
「デビト……」
デビトが溜息混じりに告げれば、ギラは胸の前で腕を合わせて目をギュッと瞑った。精神的に防御を表す意味に、パーチェがカッフェを飲む手を止める。
しばしの沈黙。部屋に鳴る時計の秒針が進むそれを刻んだ。
耐えかねて、ルカがギラに寄り添うように近付いて笑顔で問うた。
「ギラ。ゆっくりで構いません」
「ルカ……」
「もし、目が覚めたあの時から……思い出せたことがあったなら、教えて下さい」
出来るだけ優しく聞いてやった。
親子とは思えない変わりように、パーチェとデビト、そしてフェリチータが見守る。深呼吸の音が響いた後、ギラは細やかに声を発した。
「レガーロへは……逃げて、きた」
「逃げて?」
新しい情報。
”逃げてきた”
つまり、誰かに追われていたのだろうか。
「逃がしてもらった……」
「……誰が、逃がしてくれたのですか?」
ゆっくりだが、間を置かずに続ける。
冷や汗で滲んでいく顔色にフェリチータが彼女の手を握りしめる。
目を閉じて、思い出す光景。
思い出したくないのに、染み付いて、とれないもの。
匂い、音、感触、色。
「……っ」
「……では、質問を変えます」
アメジストの色が変わる。悲しみや切なさを見せる色。ルカが申し訳なさそうにギラに尋ねているのがよくわかった。
紫の髪、青い瞳の少女が……
「誰から逃げてきたのですか?」
思い出す。
「……、白い……龍から」
白い龍。
その単語だけでは、どうして追われていたのか、どんな人物だったのかすらわからない。
何かの組織の名前もあり得るし、誰かの通り名である可能性も。はたまた神話に出てくるような本物の龍……ドラゴンだったとして、レガーロでは見た事がない。
「白い、龍?」
「龍って……あのドラゴン?」
デビトとパーチェもさすがに首を傾げる始末。
しかし、ジョーリィだけは違った。何かと繋がった、とでもいいたげな顔。柱にかかった時計を見つめ、時の進みを確認する。
あのカレンダーに記された日までは、あとどれくらいだろうか。
「ギラ、その白い龍って……--」
「っ、嫌……!」
「え?」
フェリチータが続けようとした言葉を遮るようにして、ギラが比較的大きな声をあげる。
ルカもパーチェたちもびくり、としてギラを見つめれば視界を涙で一杯にしながら零さないように努める彼女の姿。
「あの龍については……話したくない……ッ」
「……」
「ただ……逃げ続けなきゃいけない……逃げ切らないと……!」
「ギラ……」
「そうじゃなきゃ……殺される……っ!」
喉元を抑え、ついに体を折り、泣き出したギラ。
フェリチータが”ごめんなさい”と背を摩りながら謝る。
テーブルに置かれたリモナータやカッフェの中に波紋が起きていた。デビトがそれを見つめながら、虫の知らせを感じていた。
これから……何か、起きるかもしれない。と。
「(こーゆー時の勘も冴え渡ってるからなァ……)」
参った、と思いながらギラが落ち着くのを気長に待つことにする。
何も口を挟むものか、と波紋が生まれたカッフェに口をつけた。シュガースティックは使わなかったのに、甘い気がしたのは何故か。
まるで誰かとのキスを思わせる甘さ。甘いのに……後から切なさが追いついてくる。やがて切なさが甘美を覆いつくせば、苦いカッフェの完成だ。
「……その龍から逃げている途中で、3人組の男に捕まったの?」
「うん……」
フェリチータが龍の話をやめ、もとの人身売買事件の聴取を始めようと尋ねれば、ギラはコクリと頷くのだ。
だが。
「でも、逃げる途中まで……わたしは誰かと一緒だった……」
「……それは逃がしてくれた人?」
「ちがう……」
今度は首を横に振る。
逃がしてくれた人と、傍にいてくれた人は全くの別人だ。と教えてくれる。
「逃がしてくれたのは……優しくて、強いひと」
「……」
「一緒に逃げてくれたのは……優しいけれど、弱いひとだった」
まるで謎かけだ。
ヒントが抽象的すぎて、ピンとこないし、特定の誰かに紐付けて探し当てるには難しすぎる答えだ。
パーチェが強くて弱い?違いはそれだけ?難しいなぁ~。なんて唸りながら必死に考えているのを横目に、ルカは最後の問いかけをする。
「では、ギラ。貴女はあの3人組の男たちの詳しい話を何か知っていますか?」
「ううん……わからない」
「そうですか……」
「気がついたら、わたしはあの木箱の中にいたから……」
--……気がついたら。つまり、眠っている間……または気を失っているところを捕らわれたということか。
これでは、事件についての詳しい話は聞けそうにない。
それだけわかれば、もう十分だろう。
「ありがとう。ギラ」
「……ごめんなさい。役に立てなくて」
「ううん。ギラが無事でよかった」
フェリチータからの優しい言葉がギラの胸に浸透したようだ。
涙を拭い、頷きを見せるギラにフェリチータもあやすような表情を見せる。
ルカが振り返り、背後で話を聞いてたデビトとパーチェに頷きをみせれば、彼らも呼応するように倣う。
「部屋に戻ろうか」
ルカがフェリチータに付き添いを願い、ギラを送っていくように頼む。
同時進行でデビトが諜報部の連中に連絡を取ろうと試みていた。
ジョーリィも何か気になることがあったのだろう。珍しく何も言わずに食堂を真っ先に退室していった。
「ジョーリィ……」
何も言わず、何も聞かず。
ただ得たヒントがあったとでも言うように、そのまま足早で去る姿をルカは見届けていた。
だが、彼が追求すべきヒントはあっただろうか?あったとすれば……。
「白い……龍」
こちらも独自で調べて見る価値はありそうだ。
レガーロから遠く離れた田舎町だとしても、白い龍について調べれば何か出てくる気もする。
ここは交易島・レガーロだ。情報ならばいくらでもある。
ルカも帽子を深く被り直し、食堂から出て行くギラを見届けたら行動を起こそうとしていた。
ギラがフェリチータに連れられて、食堂の出口を目指して歩く。
チェストの上に飾られた花々や、フェリチータの石像を見つめながら行けば、その中のたったひとつだけに……目を奪われ、足を止めた。
「ギラ?」
すぐに異変に気付いたフェリチータは、振り返りギラのもとへ向かう。
ギラが青い目を見開いて見つめた先にあったのは、ここを去る前……ユエがまだいた頃に撮った写真だった。
デビトとパーチェ、ルカがノルドの巫女のお墓まで彼女を迎えに行き……帰ってきた日に撮ったもの。
無事にレガーロに生還できた記念に、と。
「これ……」
「この、写真?」
まるで導かれたかのように手に取り、フレームの中を眺めるギラ。
端から端まで一通り見つめて、目を留める。
一緒に覗き込むようにやってきたパーチェが、あぁ~!と声をあげた。
「これね。いい写真でしょ?」
「……」
「2年とちょっと前に撮ったんだ」
映された者たちは皆笑顔だった。
中心にいるフェリチータ、サイドを囲んだリベルタとノヴァ。相変わらず言い争いをするような仕草を見せる2人に、宥めようと後ろから声をかけるルカ。
パーチェは両手にドルチェを掲げて口の周りを汚しながらも笑顔で。アッシュもつられてりんごを片手にしている姿が。
復帰したダンテ、端の方に距離をとったジョーリィ。その隣、中央へ向かうようにスミレとモンド。
そして……左側で笑った隣同士の2人。デビトと、ユエ。
「すごーくファミリーの個性が出てる写真なんだよ。実は」
「この子……」
「みんなに隠れて食堂に飾ったのオレなんだけど、堂々と飾ってたからやっぱりばれちゃってね。でもほら、いい写真でしょ?」
「この子……誰?」
「ん?」