005. 惑うもの
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
記憶の断片がどうなっているのかを疑った。一体、どうしてここにいるのだろう、と。
「これでダンテも安心しますね」
顔を覗き込んでくる面々がいる。
見覚えが、ある。しっている顔。だけど、違和感。何かがおかしい。
”ここ”は、どこだ。
「レガーロの……ファミリーの、館……?」
口から思わず零れ落ちた少女の言葉に、違和感を持てた者が何人いたか。
少なくとも、メイドたちは何も気づかなかったようだ。近づき、顔を覗き込んでいたパーチェも。
だが、廊下から様子を見ていたデビトは違った。
横たわった娘が、今、どうしてそう口にしたのか。
「あ、気が付いた?だいじょうぶ?」
呑気に”こんにちは”と声をかけるパーチェが、メイドたちを差し置いてやぁや!と手をあげ挨拶する。
杏色の解かれた髪を靡かせながら、少女は起き上がりパーチェの顔をぼんやりと見つめる。
この輪郭、瞳の色、メガネ、髪型、背丈。どこをどうとってもパーチェ。
メリエラがふらつかないように支えてやりながら、少女が口を開くのを待っていた。ううん?と首をひねった背の高い彼も、彼女の返事を待つ。
そしてもう一度。今度は問いかけで、彼女から尋ねられた。
「ここは……?」
フラッシュバックに勝てるだろうか。
痛みに耐えるように目を細めながら、見上げた先の男の答えを待ち望む。
天国か、地獄か。この先どうなるのかが彼女にとっては懸かっていた。
「ここはレガーロ。小さな交易島だよ」
驚愕の表情を見せる娘。緑の瞳が頼りなく揺らぐ。
パーチェは何も気付かなかったようだが、廊下から見守り続ける男は更に隻眼を細めるだけ。威圧感だけを与えないように、口角はやんわりあげてやった。
目があうことはない。あの娘には、デビトが見えていない。というより視界にいれる余裕がなさそうに見えた。
「ほんとうに……レガーロ?」
「うん?そうだけど……」
「夢じゃ……なかったんだ……」
「夢?」
なんの話?とパーチェが続けていく。
デビトがようやくそこで歩みを出した。パーチェの横に並ぶようにして近付いていき、その目に問いかける。
お前は、何者か、と。
「お目覚めかァ?シニョリーナ」
「……」
「ダンテが拾いモンしたって聞いてたからなァ。どんな奴かと思ったら、見目麗しいシニョリーナだったってワケか。こりゃいい仕事したな、あのハゲのおっさんも!」
「……」
呆然と現れたデビトと、いつもの口調で繰り広げられる会話にパーチェが釘を緩く刺した。”ほら~びっくりしてるよ~?”なんて。
だが、デビトの簡単な尋問は続いていく。逸らされることのない瞳に、挑戦的な視線を送って。
「さァて。ご挨拶を済ませようじゃねェか。俺はデビト。このへんのカジノを取り仕切ってるカポさ」
「……デビト」
「あァ。好きに呼んでくれて構わない。じゃァ?次はお前の番だ、美しきシニョリーナ?」
名乗ってくれよ?と遠回しに言えば、伝わったようで。
一度視線を落としてから、彼女はゆっくり口を開いた。
「あたしは……アンナ」
「へェ。アンナか」
「……よろしく」
伏せられた視線。切ない顔つき。何かを隠そうとしているのか、戸惑っているその雰囲気。
デビトがこの時見逃さなかった、ひとつひとつの仕草たちは後に帰還者を助けることとなる……。
005. 惑うもの
目を覚ました娘の名前を、アンナと言った。
杏色の髪、緩くウェーブがかかったそれは適度な長さで美しい。髪を結っていたリボンはベッドサイドに備え付けられたチェストに置かれていた。
緑の瞳は独特な空気を持っていた。フェリチータと同系色だが、全く同じというわけでもない。目は口ほどにものを言うというが、正しい言葉だ。ひとりひとり、同じものなどないのだ。
「それじゃあ、アンナ!ゆっくり休んでね」
起き上がった後も、顔色が悪いということからメリエラとドナテラに部屋を追い出されてしまったパーチェとデビト。
デビトとの挨拶の時からそうだったが、アンナの視線と張り詰めた空気は常にそわそわしていた。
何か焦っているような、怖がっているような。それでいて戸惑っているような気もする。
一気に聞くのはレガーロ男として余裕が無さすぎるし、交渉事としてよくない時もある。要は臨機応変に対応できなければいけないのだ。
今のアンナの状態から、”どうしてそんな顔をしているの?”と聞いてもまず答えはもらえないだろう。
だからこそ、デビトは適当な理由をつけてパーチェを連れ、彼女の客間を去ることにした。
「でも、無事に目が覚めてよかったよね」
「あァ。なかなかのレガーロ美人だったなァ」
「うんうん、綺麗な髪してたね~」
他愛もない話をしながら、食堂にでも向かおうと足を踏み出し、階段を下りだしたところで目の前にフェリチータと、その少し遅れてカップとポットを持ったルカが踊り場のところにいるのが見えた。
「あ、お嬢!」
「パーチェ、デビト……」
「よォ、バンビーナ。従者と共にシエスタ前のティータイムか?いいねェ、俺もまぜてくれよ」
「違いますデビト。このお茶はティータイム用ではありません」
「なァんだよルカちゃん、気が利かねーなァ。俺とバンビーナのためのティータイム準備じゃねーのかよ」
「お嬢様は別として!どうして私が率先してデビトのためにティータイム準備をしなければならないんですか!」
「なら、誰のためのお茶?ルカちゃんとお嬢がティータイムするわけじゃないんでしょ?」
パーチェが鋭く疑問に思ったことを口にすれば、ルカがついに3人の目の前までやってきて、トレーの上に乗ったポットのぐらつきを確認する。
はぁ、とため息をついて答えを述べた。
「これは客間にいる、ダンテが助けた女性にもてなすハーブティーです」
なんとなくそんな気がしていたが、やはりそうだったか。とデビトは密かに笑うだけ。
それならさっき、目が覚めたって!とパーチェがひだまりのような表情で笑うものだから、フェリチータも朗報に喜んだ。起きたのならよかった、と。
これでギラも、アンナも無事であることは確認できたのであとは経過を待つだけ。そこからゆっくり話を聞いて、ゆっくり一緒に考えていけばいいと思う。
「目が覚めたのなら、温かいうちに紅茶をだしてきますね」
「私も行く」
「いってらっしゃい」
パーチェとデビト、ルカとフェリチータが廊下の立ち話を終え、2人がアンナの部屋の中へ消えていくのを見届けた。
ぱたん、と残された扉が閉まる音。それが空く、渇いた音に聞こえたのは何が原因だろう。
「いいなぁ、ルカちゃん特製のハーブティー。できればカッフェがいいけど」
「……」
「食堂で待ってたら作ってくれるかなぁ?ね、デビト」
「あ?さーなァ」
「ついでに、マーサにラ・ザーニア作って貰えばルカちゃんを待ってる間に食べれるね!お、オレあったまいーい!」
るんるん気分で前を行くパーチェ。対してデビトは、アンナがいる部屋の扉を振り返る。
”レガーロのファミリーの館?”
どうして一言目でそれが出てきたのかが、とても気になった。
なぜ、部屋だけを見てファミリーの館だと認識できたのか。パーパの知り合いか?はたまたジョーリィの?マンマの可能性もある。
幹部クラスで顔がわからないのに、なぜ、館だと彼女はすぐ認識ができたのだろうか。
「デビト考え事?」
「ンでもねェ」
「なら早く行こうよ~。マーサのラ・ザーニアがオレを呼んでるんだってっ!」
「テメェは少し食いモンのことから離れたらどーなんだよ」
階段を下り、踊り場を経て再び廊下を行く。
もうここに何年も住んでいるものだから、生地のいい絨毯の感触も、廊下の壁や窓際に飾られている絵画も、フェリチータの石像も慣れてしまった。
が、正面の玄関ホールだけは何度みても、何度来ても、心拍数が跳ね上がる。
「……」
パーチェはお構いなしに食堂へ足を向けてズンズン進んでいくが、デビトは思わず足を止めてしまった。
ポケットに突っ込んだ左手。その手をとって笑いかけてくれる存在に、ここでなら会える気がしてしまう。
記憶の最初はどこだったか。その最初すら奪われてしまって、手元にはきっと返ってこないもので。だから”1番最初”は不公平なことに3年前になってしまっている。内の2年半は共にいないので実質の記憶は半年だ。
だが、その半年、この玄関ホールでユエとデビトに何か大きな思い出があるか?と聞かれると答えは”ない”に辿り着く。
きっと、本当の”最初の記憶”に、ここが関係しているんだろうと。そう思えて仕方がない。
「お願いだからちゃんと食べて。あたしよりウエスト細いとか、絶対許さないからね」
「っ、」
右側から声が聞こえた。
勢いよく、眼帯で隠れたそちらを覗いたが、望んだ姿はない。あるわけないし、仕方がないことだ。
幻聴だけで済んだのがいいことか。幻覚すら出てきたらそれはそれで手強いだろう。情けないな、と目を伏せて。だけど笑みが切なく溢れてきて。右手もポケットに突っ込むことにする。
「声が聞こえるなんて……まァ、初めてじゃねェが」
心臓には悪い。
まだ聞こえるだけいい。人が人を忘れていく時、最初に失うのは声だとどこかで聞いた事があった。
まだ思い出せる。まだ耳に残っている。どうか消える前に帰ってきてほしい。
あの色素の薄い栗色の髪。紅色のあの瞳を、この目で写して奪いたい。世界で一色しかないあの色。
何色にも塗つぶせない、透明色な存在であるユエを。
「俺も惑ってるってことか」
自嘲気味に歩き出して、パーチェがいるであろう食堂を目指すのだった。