040. 癒しのちから
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一瞬にして起きた出来事は、イルマには到底ついていけなかった。
急に世界が激しく揺れ、その後真っ白になったと思えば、一緒に路地裏で遊んでいた子猫が石化されてしまった。
まるで最初から生を受けていなかったように、ただそこに在るだけ。
イルマの周りでは、彼女以外、誰も生き残っていなかったことも余計に怖かった。
恐怖を感じ、走り回り、誰かいないかと叫びをあげた刹那、イルマは白亜の塔の前に召喚される。錬金術を見るのは、その時を含めてこれが二度目。
いま、リリアにジョーリィがかけた錬金術も錬成陣が輝き、底光りしていた。
「あ……あぁぁ……」
あわあわと焦るイルマ。
ドクリ、といやな感情が心に住み着く。
ジョーリィから距離を取りたくて、狭い船長室を一歩退がった。
側にいてくれた――一応は顔見知りの――アッシュは、イルマが顔面蒼白にしていることに気付きフォローを入れなければと片隅で思う。
が、今はジョーリィがリリアに仕掛けた術の方が心配だった。
「あれは、力を封じる術じゃねーか……」
ぼそりと呟いたアッシュの言葉に、近くにいたデビトとルカが反応する。
リリアにある能力で、ジョーリィが封じるとしたら。
思い返される、ユエの銃槍が消えた件。
「ジョーリィ、どういうこと……ッ」
見たことないユエの憤りの表情。
イルマはジョーリィに目をつけられたら、あんなことをされるのかと不安になる。
「リリアーヌ。この娘は恐らくユエのために命をかける」
「は……!?」
「これは、このゲームを生き残るための立派な戦略さ」
040. 癒しのちから
説明しろ、と胸ぐらを掴んだままのユエ。
肩を掴んでユエを抑えるルカ。
キッと睨み上げるユエに構わず、ジョーリィはリリアを見下ろしていた。
「説明して」
「フッ……そのままの意味さ。心当たりがあるんじゃないか」
言われて歯噛みする。
心当たりがない、とは言い切れない。
リリアはユエに最初から、通常以上の好意を向けてくれていたからだ。
だから思った。そして言いかけた。
―――前からあたしを知っているのか、と。
「リリアには、治癒能力がある」
「え……?」
「治癒能力……?」
「私はそれを封じたまでさ」
ジョーリィは丁度いい、とユエの腕を掴んで見せた。
ルッスに攻撃された腕に先程まであったはずの擦り傷は、既に消えており存在しない。
「……っ」
「この傷のみではない。なによりユエ、銃槍はどうした」
そのままジョーリィの腕がユエの脇腹まで降りてくる。
抱き寄せるように妖艶な動きを見せれば、見てられないとデビトが逆側から圧力をかけた。
引っ張られる形でデビトの胸に背中から収まったが、視線はジョーリィを睨み上げたまま。
睨む、というより何が言いたいかを確かめるような目になった。
「消えている、だろう」
「そうなの?ユエ……」
パーチェは与り知らないところで、ユエの大怪我が本当に完治していたのかと悟る。
実際はまだ傷は痛むが、ユエが頑張って耐えているのかと思っていたようだ。
「リリアの異能である可能性が高い……。ユエが怪我をするたび、隙を見て手に触れている」
「!」
「媒介が手を握ることなのだろうな。そこから治癒能力を発動させているのだろう」
言われれば思い当たる節が多い。
もともと、リリアのキャラクターに対してスキンシップがあったとしても違和感はなかった。触れ合いが好きなんだろう、とも思っていた。
気にしたことがなかったけれど、ユエは気を失ったリリアに目を向けて……気付けなかったことを自責する。
「この手の能力は、生命に関わる理を動かす。ただで済むはずがない」
「代償のようなものがある、と?」
ユエがデビトのもとに帰ったことで、ルカが冷静にジョーリィへ尋ねた。
ジョーリィは未だ眠る水色の髪をした少女を見ながら笑うのだ。
「明確には不明だ。今後の研究対象となる。が、このゲームにおける頭数には大きく関わるだろう」
「つまり……過度の治癒は、リリアを危険にし、犠牲にしかねないということですか」
ルカがジョーリィの考えを代弁すれば、ユエは拳を握るのみ。
リアとジジもファミリー内で起きていることだから口出しはしなかったが、ジョーリィが使った術が一部の異能を封じるものであると見受けていた。
「確かに、治癒能力は術者が危険だな……」
「ツェスィも詳細がわかるまで、ウィルに使用を禁止されてたしな」
ジジの言葉に、リアが過去を振り返る。
そんな日々があったことを。
「貴重な治癒ができる存在を、どこかのじゃじゃ馬守護団様に怪我ができるたびにリリアが酷使するとなれば戦況は危うくなるだろう」
ジョーリィが最もらしく言うので、ユエはもう何も言えなかった。
銃槍が癒えた謎が解ける。
ありえないと思っていた分、やはりトリックがあったとなれば……―――
「さて、では疑問が生じるはずだ」
「……」
「なぜ、出会って間もないリリアはユエにそこまで想いを注ぐのか、と。無条件で発動できるほど、治癒能力はスペックが低い力ではないだろう……」
リリアがどうして危険を顧みずにユエを救うかだ。
ユエは理由がわからず、俯向くのみ。
どう考えても過去にあったことがあるから、としか説明がつかない。
が、記憶が正しければリリアに会うのは初めてだ。
そしてこの場にはもう一人、ジョーリィに突っ込まれたくない人物がいた。
「君は理由を説明できるのかな」
「……っ」
「アンナ」
ジョーリィから飛んでくる視線に、アンナも一歩退がってしまう。
思わずリベルタとノヴァがアンナを気にかけたが、ジョーリィは客人たちの謎解きをやめようとはしない。
彼女たちの存在が、ゲームに対して切り札になるかならないかを考えているようだ。
「……なんのこと?」
アンナは努めて冷静に返事をしたが、ジョーリィが一歩近づいてくる。
イルマはアンナもジョーリィの錬金術の餌食になるのかと思うと、次は自分なのではと冷や汗を止めることができなかった。
そうだろう、イルマもサーカス団の看板娘ではあるがただの一般人だ。
「リリアは恐らくユエを知っている。このレガーロへ来る前から」
「……」
「不思議に思っていた。同じタイミング、同じようにファミリーに世話になるような形で現れた君たちを」
ジョーリィのスティグマータがサングラスの奥から覗き見えた。
アンナがぐっと拳を握るが、うまく返せないでいる。
「ギラは記憶がなく、リリアはギラの友人だという。そしてわざわざノルドへ行こうとし、船から落ちた……アンナ」
「……っ」
「異質であると思わないか?」
そして、決定打は……ユエの助言から得てしまった真実。
「何より、あの期間ノルド行きでレガーロ近海を通る船から落ちた者は誰もいない」
ジョーリィがサングラスをとり、ついにアンナの顎に手をかける。
月のスティグマータが発動されるには、もう距離が完成してしまっていた。
「アンナ。なにを隠している……?」
「……ッ」
―――恐怖を前にしても、言えないとアンナは思ってしまった。
なぜならば、同じ恐怖という感情でも、隠していることの方が恐ろしい。
誰にも言いたくない、誰にも知られたくないもの。
「記憶ごと、追体験してみるか……?」
ユエの願いは、心の信頼を勝ち得て、彼女たちから自然と話してもらおうということだった。
命をかけた戦いに、遅かれ早かれなることは予想できていたからこそ、信頼したいと思っていた。だが、ジョーリィは容易くそれを破ってくる。効率的で簡単なやり方で彼女たちの嘘を暴こうとする。
フェリチータやユエが拒否や制止の言葉を叫ぶ中で、ラ・ルーナの発動の言葉を口にしてしまうと誰もが思った。
「ペンスィエーロ・レアリッザーレ!!」
横から別の呪文が飛んでくる前では。
「“止まれジョーリィッッ!!”」
「リベルタ……っ」
弾かれるような光にジョーリィは抑え込まれた。
対してアンナはリベルタから腕を引かれ、ジョーリィから距離をとらされる。
激しい光が止んだ時、リベルタはアンナの前に立っていた。
「さっきから聞いてれば異質だとか……もうやめろよッ!」
「リベルタ……」
「もういいだろ!?こんな風にアンナに辛い思いをさせて口を割らせても、なんの意味もないってわかれよッ!」
リベルタがジョーリィからアンナを庇うものだから、ダンテもノヴァも驚いた。
フェリチータやユエは安堵の息を吐いたが、アンナ本人はジョーリィからもリベルタからも顔をそらし、目を強く瞑っていた。
なにも聞きたくない、なにも見たくない、というように。
「ジョーリィが言いたいことは、リリアやアンナが隠してることで犠牲者が増えたら勝てる可能性が減るってことだろ!?なら、俺がアンナを守る!」
「!」
「だから、無理やりアンナの口を割らせなくてもいいだろ!必ず、最後まで生き残る!生き残ってスペールたちからレガーロを取り戻す!それじゃダメなのかよ!?」
アンナは瞑っていた瞳を開けた。
目尻に湿り気を感じるくらい、感情が高ぶった。
「アンナだけじゃない!ファミリーでも、守護団でも、もちろん客人であるギラたちも!それから……そこにいる子も!」
「あ、あたしのこと……?」
リベルタは途中参戦のイルマも拾ってしっかり告げた。
「危険が目の前にあるなら、俺がなんとかする!守ってみせる!全員がそうやって協力したら、きっと倒せるだろ!?」