039. 戦略
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ヴァスチェロファンタズマに足を踏み入れたのは久しぶりだった。
ユエは相変わらず暗い船内を、迷うことなく進んで行く。
そんなユエに案内されて、後ろをついてきたのはリアとジジだ。
もちろん、守護団の2人は幽霊船への乗船は初めてだ。
物珍しそうに辺りを見渡し、金目になりそうなものを探すジジと幽霊船と聞いても全く動じないリア。
デビトもユエの横を歩きながら、対照的な2人に苦笑い。
だが、まだ笑えるだけマシだろうか。
「あ、いた」
おそらく船長室にいるだろう、との読みは当たったようだ。
ユエがドアをくぐった先にいたのは、ファミリーと客人、そしてイルマたち。
「ユエ、デビト……!」
「よかった~、みんな無事だったんだね」
ルカとパーチェが駆け寄ってきてくれたので、ユエとデビトはお互いに頷き応える。
リアとジジの姿もあったので、誰も犠牲者は出ていないようだ。
「水位も脹脛あたりまでで止まったみたい。2回目の放水まではあと……?」
ユエが奥へと進み、砂時計を持ったままだったアッシュの前へ。
突き出された時計は反転し、再び上部から下部へと砂を移動させ始めていた。
止まらない。という事実に、若干の焦りを感じる。
それはアッシュも、横にいたリベルタやノヴァもだったようで砂時計を見つめて黙り込んでしまう。
スペールたちから説明されたゲームは、参加することしかできないものだった。
逃げることが許されない以上、やるしかない。
問題は気持ちの部分だった。
無理やり引きずり上げられた舞台。自ら飛び込んだものではないので、感情が追いつかずに沈み込んでいるギラや、大人しく部屋の隅にいるアンナが見えれば不安が伝わって来る。
ギラはずっと泣いているようで、フェリチータが肩を貸し、付き添っていた。
うまい言葉が見つからず、困っていれば席を外していたダンテやジョーリィが戻ってきた。
「ユエ、デビト!」
「クックック……リアとジジも生き残ったか」
「まるで犠牲になってほしかったみたいな口振りだなオイ」
「そんなつもりではない。デスゲームとなれば、頭数は必要だからな」
ジョーリィの口さがない言葉にジジが突っかかる。
まぁまぁ、とルカが宥めて落ち着かせていれば、ユエは真横にやってきた気配に気付いた。
「ユエちゃん」
「リリア……」
ぴょこぴょこと髪を跳ねさせながら近寄ってきた彼女も、紫色の瞳には少なからず不安があった。陰りを見せるのは初めてだった気がして、気の利いた声をかけたかった。
が、またもや言葉が浮かばない。
ユエが難しい顔をしたまま視線を下げたのはリリアにも伝わったようだ。
「あ……」
ふと、ユエを追いかけていたリリアの視線が止まる。
ルッスに思い切り蹴りを喰らった腕が、赤く擦り切れていたからだ。
リリアは逃げるだけだったことに対し、ユエは戦ってきたのだと見せつけられる。
ぶるり、とリリアの心が震えた。
「(まだ、私は……)」
―――立てないのか。
リリアは胸中で自身に問いかけながら、ユエの手をそっと握った。
ユエの指先に、リリアの温度が移っていく……。
「ユエちゃん、助けてくれてありがとう」
「リリア……。そんな、大したことしてないよ」
「……」
「結局、撤退してきたし。まだルッスたちも動けるから、ここもいつまで安心かわからない」
ユエが申し訳なさそうにしていた。
仕留められるほどの実力が、今のユエにないと言っているように。
光源がランプ数個の暗い船内。
リリアとユエの視線が交わる一瞬。
明暗の関係からか、リリアにはユエの瞳は紫色に見えた。
「―――……っ」
思わず息を呑む。釘付けになる。
ユエの顔立ちに、紫色の瞳。
重なる、存在。
「巻き込んで、ごめん」
ユエから発せられた謝罪の言葉。
いま、もう一度ユエは客人たちを含めて、どうしてこの戦いが起きたのか。
しっかり説明をすべきだと感じていた。
すぅ……と息を吸う。
深呼吸をすることによって、ルッスから与えられた痛みが和らいだような気がした。
「必ず、平和なレガーロを取り戻す。そのために、作戦立てよ」
ユエがなるべく明るく言えば、リリアはもちろん、部屋の奥にいたギラやフェリチータ、アンナが顔をあげた。
客人としてでもなく、島民として参加することになったイルマもだ。
そんな部屋のユエとリリアのやり取りを壁に背をもたれて、ジョーリィが意味ありげに見つめていた。
「なるほど。実に興味深い力だ」
葉巻を潰し、ゆっくりとした動作で笑う。
ジョーリィの思惑に、誰もが気づけないままゲーム攻略の作戦会議が始まるのだった……。
039. 戦略
―――今から約2年半前。
レガーロに帰還したばかりのユエは、アルカナファミリアにてタロッコを巡る戦いに巻き込まれることになった。
100年前の過去から時代を操作してやってきたコヨミというホムンクルスにより、タロッコを奪われ、それを取り戻すためにパーパから任務を与えられることになる。
コヨミは、タロッコを作り出した“ウィル・インゲニオースス”を生みの親とするホムンクルスだ。
天才錬金術師と呼ばれたウィルは、オリビオンという国に生まれた一般市民だった。
そんなウィルが身分違いの恋に落ちた。
オリビオンの王族、姫であるアルベルティーナに想いを寄せる。
実力を認められたウィルは、弟のヴァロンと共に城に仕えることとなり、アルベルティーナが国を治めるためのサポートに尽力する。
ウィルも、ヴァロンも、生まれは庶民であるがオリビオンを心から愛していた。
そもそもウィルが庶民でありながら王族のサポートを行うのは理由があった。
錬金術師としての腕を認められていたのはもちろんだが、オリビオンには遥か昔から恐れられる存在があり、それを守るために選出されたのだった。
廻国。
この世と別の世界をつなぐパイプ。
この門が開くと、別世界から恐ろしい化け物や怪物がオリビオンに乗り込んでくると言われていた。
廻国という未知の存在を抱えたオリビオンは他国や隣国から、ある意味目をつけられる存在であったのだ。
アルベルティーナに助言し、戦力となり得る者としてウィルは彼女に仕えたのだ。
アルベルティーナを守るため、オリビオンを守るため。
ウィルはタロッコという能力を生み出し、ヴァロンを含めた13人に異能を宿すことにした。
人間離れした力は、アルベルティーナを守り、オリビオンを導くために。そんな想いをこめて。
そんな13人の選ばれた者たちは、オリビオンの守護団と呼ばれた。
ウィルには錬金術を習った師がいた。
その師は錬金術師の街と呼ばれるオリビオンの鑑のように強く、そして心優しかった。
他国の者でも錬金術を習おうとするものがいれば誰でも受け入れていた。
その師の元で、ウィルはバレアという男と出会う。
バレアはオリビオンの隣国・ランザスという国の者だった。
いずれ国王となる立場のバレアは、とても努力家で、ウィルにとっては尊敬できる兄弟子だった。
だが、バレアからのウィルは同じ感情ではなかったようだ。
年下であり、弟弟子であるウィルとバレアは才能という、埋められない差により実力に開きが出て行った。
嫉妬。羨望。劣等感。
いろいろな負の感情に追い込まれたバレアはウィルを逆恨みし、ウィルを苦しませるためにオリビオンと決別することを決める。
そして国王となった暁。
オリビオンを突如襲撃し、破壊に出てしまうのだ。
さらに停戦の条件としてウィルがアルベルティーナに恋をしているのを知ってか、知らずか、彼女を王女として婚姻を突き出してきた。
アルベルティーナはオリビオンを護るために、条件を呑みバレアと婚姻を結んでしまう。
ウィルや守護団たちはアルベルティーナを守れなかったことで自身を責めるのだった。
さらに残酷だったのは、ランザスからの非情な攻撃は止まなかったということだ。
表立った攻撃はされなくなり、破壊は止まったものの、国民やウィルの身近な者への心理的攻撃は留まることを知らなかった。
この時、オリビオンには巫女と呼ばれる娘がいた。
話を聞く限り、彼女はコヨミの姉であるコズエの暴走により、時代を越えてしまった時間軸が違う人物だった。
ただ巫女は元の時代に帰れないことを嘆くわけでもなく、オリビオンを愛し、傷を癒すような明るい人柄だった。
この巫女を、ヴァロンは愛していた。
心から恋慕の情を持ち、大切にしていたのだ。
そんな彼女が、ランザスからのターゲットにされてしまう。
路地裏、薬屋に向かう途中……ランザスの男から乱暴をされ、精神的にも肉体的にもダメージを負ってしまう。
結局、アルベルティーナはバレアと婚姻を結ぼうともオリビオンを守れないことを嘆き哀しむ。
悲しみのあまり、身を投じた錬金術を利用したアルベルティーナはオリビオンを護る為に力を使い、永い永い眠りについてしまうのだった。
同じくバレアを止めるべく、ウィルも自身を犠牲にバレアと相打ちの形で封印という道を辿ることになる。
ウィルやアルベルティーナを愛していたコヨミは、こんな戦いの結果に納得ができなかった。
時代、時空、時間に干渉する能力を利用し、コヨミは現代にてシャロスという男に出会う。
シャロスはバレアの血を引く末裔だと知り、彼の願いを叶え、オリビオンをもとに戻すという約束のもと、レガーロにタロッコを奪いにやってきたのだ。
冒頭に戻り、コヨミに奪われたタロッコを取り戻すためにアルカナファミリアは、100年という時代を超える。
オリビオンにて眠り姫の伝承にまつわる戦いを乗り越え、見事にバレアを撃破。
オリビオンの守護団と絆を結び、アルベルティーナ、そしてウィルを解放することに成功する。
アルカナファミリアは、オリビオンを再生、復興へと繋げた立役者となったのだった。
ただ、そこには犠牲も生まれていた。
まずひとつ、災厄の種といわれる廻国が一時的ではあるが解放され、中から“白い龍”が飛び出したこと。
もうひとつは、ヴァロンがアルカナ能力・太陽を酷使し、代償を受けて行方不明になったことだった。
生死不明のヴァロン。
彼の存在が、ユエをこの舞台へと繋げている理由だった……。