037. 白亜の塔
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その日が、特別な1日になる予定はなかった。
初夏。
カラッとした気候の中、暑苦しくもスーツを身に纏っていつも通りファミリーとしての仕事をこなす。
館に戻れば綺麗な部屋と美味しい食事、そして多少は安心して眠れる場所がある。
なによりも、愛しい存在がいてくれる。
そんな当たり前の日常。
当たり前が、幸せであると古人は誰もが言う。
身をもって体験することになった今日、特別な1日となる。
―――デビトは妙な胸騒ぎを覚えていた。
「なンだ……?」
カジノ、イシス・レガーロで金貨として勤め上げていた彼はテーブルの揺れを感じて天井を見上げた。
「地震……?」
「やだ、デビトさん……!」
ゲストに招かれていたドレスアップした女性たちが不安そうに声をあげている。
庇うように前に出てやったが、違和感が拭えない。
確かにレガーロは島国だ。小さい島ではあるし、地震が起きたこともある。
だが、デビトの勘がただの地震ではないと告げていた。
とにかく外の様子を見よう。
カードを投げ出し、女性と客人たちに一声かけて外へと繋がる扉へ足を早めた。
甘美な大人の世界である空気感から、日常へと抜け出したデビトは空を見上げて息を呑んでしまった。
「ンだあれ……」
白い隆起。
塔、と表現するのが正しいように見える。
螺旋のように渦巻く外観には塔の上層へ続く道が廻っているのが見えた。
デビトが塔を見上げる中、塔は意志を持つかのようにまだ発展を遂げている。
塔の隆起による地響きだと気付いた時、胸騒ぎの理由が理解できた。
「スペールたちか……ッ」
「カポ!!」
だが、まだ終わらない不穏。
それはカジノの中から報告をあげようとしたスートたちによって届けられた。
「カポ!」
「ジェルミ……!」
呼ばれて振り返り、塔を示して見上げろと言おうとした矢先だ。
目に飛び込んできたジェルミは、まるでフィルターがかかったように、セピア色に飲み込まれるところだった。
「逃げてくださ……っ」
「ジェルミ!?」
「カ……ポ―――」
「ジェルミ!!」
駆け寄ってくるはずのジェルミが、セピア色に飲み込まれ……石化する。
躍動感をもったまま固まった彼は、今にも動き出しそうだ。
しかし、触れても硬く、瞳に色は宿っていない。
よく背後を見れば、カジノの中は全てセピア色に飲み込まれており、動ける者はデビトだけ。
これではむしろデビトが逃げ遅れたかのような、疎外感があった。
「どうなってやがる……」
彼らが死んだのか。それとも囮にされているのか。
目に見える光景に生唾を飲み込み、デビトは決心して走り出す。
もし、これがスペールたちの襲撃ならば、ユエやギラたちに危険が迫っているはずだ。
理由はどうであれ、動けるならば彼女たちと合流……または石化されたかもしれない彼女たちを探すしかない。
「ユエ……っ」
走り出したデビトの心に映された女。
もし、この石化が命を脅かすのだとしたら……正気でいられる気がしなかった。
時、同じ頃。
港にいたリベルタとダンテ。
幽霊船にいたアッシュ。
街を巡回していたノヴァ、別行動ではあるがパーチェ。
館の庭園にいたルカ。
研究室にいたジョーリィ。
食堂にいたリア。
廊下にいたユエ、フェリチータ、リリア、アンナ、ギラ。
そして塔の真下にいたジジ。
彼ら彼女たちの戦いがまさに始まった瞬間だった。
038. 白亜の塔
「揺れ……おさまった……?」
フェリチータが静けさを取り戻した辺りを感じて、小さく零した。
館の廊下で体を小さくしながら床に縮こまっていた彼女たち。
ユエは窓の外を睨みながら、現れた塔に嫌な予感を感じていた。
「(何する気だ……)」
レガーロの地形を変えて、一体なにを企んでいるというのか。
モノクル男と変態男の薄ら笑いが浮かべば奥歯を無意識に噛み締めてしまう。
まだ様子を見て床に座り込んでいるフェリチータやリリアを一瞥した後、ユエは立ち上がった。
「ユエちゃん……!」
リリアが不安そうにしつつ、行くなという意味で声を上げた。
が、ユエは聞こうとしない。
「様子を見てくる。食堂にリアがいるはずだから合流して」
ユエがフェリチータに投げた依頼に、剣の幹部は頷く。
そのまま走り出したユエは、近場のバルコニーから外へ飛び出して庭園へと着地した。
止まることなく市街地へ。
不気味に聳える白亜の塔を目指して、走る速度を緩めることはできなかった。
一方、フェリチータはユエから託された言葉通り、リアと合流するためにギラとアンナに手を貸していたところだった。
激しい揺れだったため、ギラは恐怖に腰を抜かしている。先程ギラは頭痛も訴えていた。
彼女は命を狙われていることもあり、最優先で守る意識をしなければとフェリチータは思う。
「ユエちゃん!だめだよ!」
「リリア……!」
ギラに意識を向けていた時。
駆け出したユエから数拍遅れてリリアが立ち上がり、彼女を追いかけようとしていた。
ここで離れるのは得策ではない。
ユエのように強者であることが証明されていればまだ説得力があったが、リリアはあくまで客人だ。
「ユエちゃん戻って!!」
「リリア!」
「そのままじゃ死んじゃうよ……ッ!!」
「え……」
フェリチータが数歩先を走るリリアの発言に目を見開く。
まるで、この先の結末を知っているかのような発言。
思わず漏れた声、そのまま宙を彷徨う手。
リリアを逃してしまう、行かせてしまうと分かりながらもフェリチータは言葉に気を取られてしまっていた。
そんな無我夢中でユエを追おうとしていたリリアを止めたのは―――
「リリア」
「っ!」
意外にもアンナだった。
小柄な彼女の腕を掴んで、やや強めの力で引き留めている。
彼女がリリアを止めるという行動は想定外だ、アンナも客人であり、この事態に巻き込まれている理由なんてわからないだろうに。
しかし、意外すぎるほど冷静だったのだ。
「今は戻って」
「でも、ユエちゃんが……!」
「―――ユエは、大丈夫だよ」
アンナの瞳がリリアに訴えかけている。
エメラルドとアメジストがぶつかり合う。
憤りはない。互いに不安を乗せつつ、信頼を見せるような視線。
「リリアも見たでしょ。この前の、あのユエの戦い方」
「見た……けど……」
「ユエは……大丈夫。戻ろう?」
前回の襲撃でユエが強いことはアンナも知っていた。
説得力のある説明だが、リリアは少々不満そうであった。
「今、ここでバラバラになるのは危険だよ。次に何があるか……合流できるとも限らないから」
「……わかった」
リリアは渋々というように見えたが、アンナと足並み揃えてフェリチータとギラのもとまで戻ってきた。
フェリチータが安堵のため息をつき、4人はリアが待つ食堂に向かうことにしたのであった……。
食堂の扉をいつもよりゆっくり、警戒しながら開ける。
いつもは気にならない、ギギギと古ぼけた音が静まり返った空間に響わたった。
ここに来るまで、フェリチータやギラたちは誰ともすれ違うこともなく、ましてや生活音のひとつも聞くことがなかった。
まるで世界にフェリチータたちしかいないような錯覚を覚えるほどに。
「(リアが無事だとは限らない。もし、食堂にスペールたちが先回りしていたら……)」
フェリチータがナイフに片手をかけながら一歩、覚悟を決めて飛び込んだ。
いつも通りの食堂。
飾られた写真たちは先程の揺れで倒れているものもあった。
テーブルやカウンターはいつも通りだったが、そこに人の気配はない。
まだ警戒は解けない中で、フェリチータが逆側へと振り返った。
反対側の光景が見えるはずが、視界は何かに遮られる。
それが敵からの攻撃だと理解して数コンマで受け身を片手で取りつつ、ギラを背後の廊下へと突き飛ばしていた。
「フェル……!」
「くぅ……ッ」
凄まじい打撃。
ましてそこにいると気配を感じさせることのない攻撃。
やり手だ。
こんな相手を1人で相手にできるだろうか、とフェリチータは不安を覚えた。
よろけながらも倒れることなく体制を保ち、反撃のナイフを投げようと抜き去る。
敵を目でとらえた時、相手の姿に見覚えがあった。
それは……
「リア……!」
「あ。ごめん」
強烈な蹴りをフェリチータに見舞ったのは、食堂で待機していたリアだった。
「よかった、無事で」
「ここに来るとしたら事情を知ってるユエか、敵だと思ってな。お嬢様だと思わなかったから、つい」
青い団服を纏い、腰に手を当てながら無表情で説明される。
つい、とはユエならばあの打撃でも詫びるつもりはないのだろうか。
信頼からか、なにか理由があるのか知りたかったが深く突っ込むのは控えておこう。
「そっちも……無事みたいだな」
「うん。ギラとアンナ、リリアも一緒だよ」
「へー。まとまってて幸いしたな」
リアが背後から現れたギラやリリア、アンナを見て呟く。
つまり、ユエのセッティングはリリアやアンナがいる時点で失敗していたのでは?という疑念があったのは別の話。
「ところで、レガーロでは突然塔が建設されるのは一般的?オリビオンにはそんな常識ないんだけど」
「レガーロでもない」
「ってことは、アレ。スペールたちの攻撃であるのは間違いないわけね」
リアが睨む先の白い塔を見つめて、フェリチータも横に並ぶ。
市街地に現れた塔は、レガーロの景観を壊しているといっても過言ではない。ミスマッチにも程があった。
「ユエは?」
「様子を確認に行ってる。たぶん、塔の近くに行くんじゃないかな……」
「スペールたちがいるなら、なにかしら合図があるはずだ。とりあえず―――」
とリアが言いかけながら背後を振り返りながら、動きを止めた。
気配が2つ、食堂に近づいてくるからだ。
同じくフェリチータも気付いたようで、ギラやアンナ、リリアを厨房へ繋がる扉へと促す。
冷静なアンナが頷き、扉を開けて奥へ進もうとした。
だが……
「え……―――」
「……っ、きゃぁぁぁああ!!!」
ギラの叫び声。
大きく廊下まで木霊すれば、やってくる気配にも勘付かれただろう。
フェリチータはギラたちを見に行き、リアは気配の相手をすることを瞬時にアイキャッチで理解する。
リアが隠れても無駄だと思い、食堂の扉から距離をとり真正面で構えをとった。
一方、フェリチータはギラが叫んだ理由を確認するために彼女たちに駆け寄れば、目を疑うことが起きていた。
「マーサ……!?」