036. こけら落とし
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朝、目が覚めたら。
「おはよう、リリア」
やさしく迎えてくれる笑顔と、少しだけ調子が悪そうな顔色。
あたしと同じ色の目をした彼女は、いつだって温かかった。
「おはよう!―――ちゃん!」
「今日のモーニングティーは、自信があるってルカが言ってたよ」
紫色の瞳。あたしと同じアメジスト色の瞳。
でも宿している光が強くて、太陽に当たったときの宝石みたいにキラキラするから時々反射して、赤っぽくみえたりする……―――錯覚をさせる色。
彼女は、―――ちゃんはいつだってあたしの側にいてくれた。
「そうなのー?じゃあ、きっとパチッと目が覚めるね!」
「珍しいハーブが手に入ったからって言ってたから、本当に眠気覚しにもなるかもね」
「えへへ~!だと嬉しいなぁ。昨日の夜も張り込みしてたから、寝不足なんだよ~」
「張り込みご苦労様。リリアのおかげでここは安全だよ。ありがとう」
―――ちゃんが笑う。世界が輝く。
紫陽花の葉から落ちる雫が、波紋を生む。その荒波すらも受け止めて、乗り越えていきたい。彼女と一緒に。
ずっとずっと、―――ちゃんと一緒にいたい。
「そんなことないよ~!……それより、―――ちゃん」
「うん?」
「今日は体調は大丈夫?」
顔を覗き込んで、反射するアメジストを見つめた。
一瞬見開いたその姿に、快調ではないことがすぐわかる。
わかるよ、それくらい。
でも、―――ちゃんは辛いときでも笑うから。
「うん、昨日よりマシかな。まだ寝ると咳が出るけど」
「……」
「ごめんね、リリア」
そして、苦しそうに……―――謝るから。
「一緒に戦えなくて」
036. こけら落とし
「リリア?」
なにか遮る物がある。
少し籠った声が聞こえた気がして、リリアは身を捩った。
寝返りを打った先、カーテンの隙間から差し込む光が頬を刺す。
温かさを感じたあと、目尻から涙がこぼれたことを感じた。
「ん……?」
「リリア……?まだ寝てるのー?」
「……あ、……さ」
重たい瞼を開けると、先ほどまで脳裏で判別していたのとは別の光景が見えてくる。
あまり馴染みのない部屋。小窓からの光源で今日も天気がいいことが伺えた。
「ゆめ……だった……」
ようやく体を起こし、ごしごしと目をこすれば、ぼんやり消えかける記憶を追いかけることができた。
夢の中には、リリアが懐かしいと思える相手がいた。
その相手の名前を呼んでも、声にならなかったけれど、間違いなく彼女として認識していたのだった。
「……夢……だよね」
俯いた視線をあげるのは難しい。
ベッドの上で唇を噛みながら、もう一度雫が零れ落ちた目を拭う。
「リリア、朝ごはんできてるよ。開けてもいい?」
どうやら部屋まで迎えに来てくれているのはフェリチータのようだ。
待たせてはいけないと思い、裸足のまま扉を開けに向かう。
「はいはーい!リリさん、いま扉あけるからねー!」
今日も一日が始まる。
そして今日という日が特別になる。
特別ともいう、変化の一日に。
「夜の街も見回ったけど、時空に干渉したと思える相手は見つからなかった」
「ジジでもダメ。あんたでもダメ」
「コズエたちの勘違いか?」
リリアが寝坊してきた朝食の時間からさらに数時間後。
ユエの部屋に集まって、ユエとリアとジジとで時空への干渉者についての意見交換をしていた3人は、頭を抱えていた。
コズエたちが言うような時間へ干渉した者の気配が見つからないからだ。
戦いを仕掛けてくる準備をしているといえばそれまでなのだが、どうにも腑に落ちない。
「勘違いにしては切羽詰まった感じだったけど」
「まぁ、確かに」
「仮に勘違いだとしても、干渉者がいたことは受け止めてしっかり対策しておいた方がいいよ」
ユエが警戒心を解かずに言えば、リアとジジは頷きを見せる。
「まぁ、確かにな。んじゃ、俺は引き続き巡回してくることにするぜ」
「サボるなよ」
「サボんねーよ」
リアに一言釘を刺されれば、ジジは冷静に呆れ顔をしていた。
そんなに信用ないのか?とつづいて漏れていたが、リアはジジをいじっただけのようだ。
少し空気が和んだところで、リアも立ち上がる。
「んじゃ、ジジが行くならあたしらも行くことにしよ」
リアがユエを見れば、やはりそうなるよな。と思う。
最初の襲撃から既に数日。
ユエの銃槍も落ち着き、リアもジジもこうしてレガーロにやってきた。
となれば、やることは一つ。
「ギラに話、聞きたいんだけど」
リアからの一言に、ユエは頷きを一つ返す。
「……わかった。セッティングしてみる」
リアとユエは、先日話しをしていた通り、ギラから無理やり事情を聞きたいわけではない。
信頼関係がない中でそんなことをしても偽りが出るだけで、後々が厄介だ。
そのためにバールで交流を深めたりしたわけだが、彼女が本物の歌姫だということはよくわかった。裏を返せば、残念ながらそれ以外のことは記憶喪失の兼ね合いでまだ分からないことが多いのだが。
「食堂で待ってて。ギラを探して話してくるから」
「あいよ」
リアが後ろ手でヒラヒラと挨拶し部屋を後にしていく。
ユエも部屋を出る支度をするために立ち上がったところで、開けていた大きな窓から風が舞い込んだ。
ふわり、とカーテンが巻き上がり初夏の美しいレガーロが見える。
キラキラと輝く海。
白い砂浜が続く海岸。
反対の方角には緑の山々。
そして街中には軒並み揃えるレンガ造りの屋根。
石畳の歩道は見えないが、脳裏にきっちり蘇る。
「……この景色を、」
守りたい。
壊したくない。
なんてことない平和な風景が、強く強くユエの目に焼きついた。
ジジとリアと別れたユエは、ギラの部屋までの道のりを歩いていた。
この時間は大体のファミリーが巡回やカジノや港にいるので、館内は静かだ。
アンナとリリア、そしてギラは客人扱いなので普段は館の中にいると思う。
が、今どこにいるかはさすがにわからない。
とりあえずギラに与えられている客室へと向かっているが、彼女はいるだろうか。
もし館内にいて、でも部屋にいないとしたら暇を潰せる場所はどこだろう?と考えたら図書室にいる可能性も浮かんだ。
部屋にいてくれたら楽だな……なんて思いながら廊下の角を曲がった時だ。
「っと……」
「わっ」
角から歩いてきた者にぶつかりそうになった。
視線が少しばかり下に下がる。
相手の方が身長が低かったためか、反射的に避けるのが遅れてしまった。
水色のぴょこぴょこと跳ねた髪が視界を捉える。
接触しかけた相手はリリアだった。
「ごめん、リリア!大丈夫……?」
「あ……ユエちゃん……」
思わずよろけた彼女の体を受け止めて、ユエがリリアに声をかけた。
「……、リリア?」
戻ってきた返事がいつもより生返事っぽい。
しっかり視線を合わせて、リリアの紫色の瞳を見つめる。
アメジスト色。ユエからすると義理の兄にあたる男と同色だ。
そして親友セナとも同じ色。
一方、空元気のようなリリアもユエへ視線を絡めていた。
赤とピンクの中間色。紅色と言えるような、誰とも被らない特別な色。
―――見覚えのない、色。
「リリア、どこか打った?元気ないの……?」
ユエからかけられる声もスルーし、リリアはユエの瞳を見つめ続けた。
見つめて、記憶に刻めば刻むほど、思い出を否定される気分にもなる。
だけど。
だけど……まるであっちが夢だった。と慰められている気もした。
「ユエちゃん、その目」
「目?」
「実は色が違う?なにか錬金術でも使ってるの?」
「え?」
突発的に出てきた質問に、ユエは眉をひそめた。
リリアの体調を心配していたのだが、リリアの意識は別のところにあったようだ。
「えっと、生まれつきだよ」
「……」
「母さんと同じ色なの。確かにちょっと珍しい……かな?」
瞳の色のことはデビト含め、いろいろな人に言われたことがあった。
綺麗と言われるたびに、今は巫女の娘なのだ。と自覚できるから嬉しいとも思うようになった。
代わりに父の面影を探して髪を染めたことも思い返される。
「髪は染めてるの?」
「あ、そうだよ。よく気付いたね」
「うん。食堂に飾ってある写真、見たんだ」
いつもよりしっとりと答えるリリア。
ユエはリリアが元気がないことを、もう冗談や見間違いではないと確信した。
なんだか落ち込んでいるように見える。
「髪の色、戻さないの?」
ふと出された問いは、なにか胸をざわざわとさせた。
似合っていない、とかじゃない。
リリアが言いたいのはそんなことじゃないんだろう。
「……、リリア―――」
なにか、この物語の核心に触れるような、大事なことに手が届きそうな気がした。
思わずユエがリリアの肩に触れて、真意を聞こうとする。
「リリア、もしかして―――」
今までのリリアから接される態度。
そして発言。
ユエはどうしてこんなに懐かれているんだろう、と思っていた。
だけど……―――
「あたしのこと……」
―――ここで出会う前から知っているの?