035. 寂寞の魔物
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ルカがニーナと森で出会い、そして案内版の前で別れた頃。
リアが館で待っているとはいざ知らず、ユエはヴァスチェロ・ファンタズマからの帰路を一人で歩いていた。
イルマが死んでいるという事実。だが、目の前に間違いなく生存している彼女。
イルマの死を証言する者と物的証拠がある中で、いまレガーロにいる“イルマ”をどう説明していいかわからない。
アッシュに告げても同じく沈黙するばかり。なんとも言えない空気となり、一旦解散の運びとなった。
オリビオンから帰還し、近海の島まで出かけていたので館にしっかり戻るのは数日ぶりだ。
戻ったら幼馴染やフェリチータに声をかけなければと思い、ふと顔をあげた先にいた相手に驚いた。
「ジジ……!」
「おう」
ポポラリタ通りを抜けたところで正面から歩いてくる男は、オリビオンからレガーロに上陸したジジだった。
青いナポレオンコートは珍しいと思った次にはジジの顔を認識していたので、やはりこの青は目立つのだと実感する。
「来てたんだ」
「あぁ。お前がここにいるってことは、リアとはまだ会ってないんだな」
「うん。ちょっと調べたいことがあって出かけてた」
「禁書の件か?」
「ごめん、それとはまた別」
そうか、と一言もらして、ジジはユエが別件でも動いていることを初めて知る。
「お前も大変だな」
「お互い様」
眉をさげて困ったように笑うユエに、ジジもつられて同じ表情になる。
「リアは?」
「お前を探してるはずだ。館にいると思うから行ってやれ」
「わかった。ジジは?」
そういえば、ジジはどうしてリアと別行動でここにいるのかと思い尋ねる。
ジジは思い出したようにユエも知っていた方がいいと告げた。
「俺はもう少し巡回してから戻る。オリビオンからレガーロに来るとき、コヨミたちのゲートが別の者に干渉された」
「それって、スペールたちが……」
「コズエやコヨミによると、感じが違うらしいが、誰かこの時代に飛んできた可能性があるとさ。判明してない禁書の契約者だったら先手を打ちたいところだ」
「そうだね、ギラもここにいることは変わりないし……」
また誰か、このレガーロに乗り込んできたというのか。
オリビオンも最早ユエには故郷だったが、まさかレガーロが侵略の危機にあるなんて考えたくもない。
やはり急ぎ、リリアやアンナ、そしてギラたちがそれぞれ隠している事情を暴かないといけない。
焦りは禁物だが、胸の内がそわそわした。
「それじゃ、俺は行くぜ。怪しい様子がなかったら戻る」
「わかった。リアと合流してくる」
それぞれ別方向に歩き出した2人。
そんなユエとジジを、建物の上から見下ろしている人物がいた。
「紅色の瞳の……――ユエ」
殺気を放つことがなかったので、ユエたちも相手の気配には気付かなかったようだ。
切ない、苦しいという表情を浮かべたその者は、胸元に飾られた小瓶モチーフのペンタンドを強く握りしめる。
中身はルカが思い出すことができなかった……―――巡り雫だ。
「―――今度こそ……」
零されたのは決意か。希望か。はたまた敵意か。
ふんわりと揺らぐキャメル色の髪を靡かせて、ユエを見守っていた者……――ニーナは路地裏へと飛び、気配を喧騒の中へ溶かしていった……。
035. 寂寞の魔物
館まで無事に到着し、ホールから食堂に向かう途中でルカとすれ違った。
ユエを見るなり帰ってきたことへの安心感か、表情を柔らかくしたのが心配をかけている証拠だと悟る。
ハーブを採取したので、デビトに薬を処方すると言っていた。
この数日間の間に彼になにか起きたのか聞いたところ、寝つきが悪く睡眠不足らしい。
いい加減ほっておきすぎると、白い蛇男に言われた「レルミタ」の件が頭から離れなくなりそうなので、留意しようと誓う。
研究室へ向かうルカと離れ、ようやくリアのいる食堂へと辿り着く。
「リア」
「あー、遅かったね」
食堂のドアを開け放った先には大分顔色のいい彼女の姿。
もう体調は回復したと言えるようだ。
「待たせてごめん。さっきジジに会ったよ」
「そ。じゃあ、時空への干渉の件は聞いた?」
「うん。夜にでもまた巡回に行こうかと思う」
リアの真ん前の椅子に腰かければ、アイスティーが随分と底に少し残っていた。
結構待たせてしまったことを反省し、ユエもマーサに同じものを頼む。
「ってことは、禁書の契約者は見当たらなかったってことか」
「ジジは今のところ目星はつけてないみたい。広場もいつも通りだったから、侵入してきてたとしてもまだ動いてないのかも」
「後手に回るのは避けたいな」
「うん。ギラを傷つけたくないし、レガーロも守りたい」
マーサから差し出されたアイスティーをストローで飲み干す。
初夏真っ盛りのレガーロはカラッとしているが、やはり気温が高い。喉に潤いが生まれたことで快感を覚える。
ユエが一息ついたところで、リアが切り出した。
「問題はこれからだ。スペールたち禁書の契約者は、ギラって娘を狙ってるわけでしょ。でも理由がわからない。しかもギラは記憶喪失で、おまけでついてきた友人も事情を話してくれない、と」
「うん……。ただ怪しいと疑ってかかったところで信頼してもらえないし、きちんとリリアの立場を理解して話をしてほしいんだけど、難しくて」
「……」
不自然な間が生まれる。ユエがなにか変なことを言ったか?とアイスティーから顔をあげれば、リアがじーっとこちらに視線を投げていた。
責められているのか、試されているのか……。
「いや、リアの言いたいこともわかるけど!」
「なんも言ってないし」
「どうせ『こいつ甘いな~。だからなんもわかんないんだろ』とか『お前に付き合うより、さっさとボコって口割ったほうが楽』とか思ってるんでしょ!」
「ははーん、内心はあんたもそんな過激なことの方が効果的だと思ってるわけね」
相変わらずリアに口で敵う気がしない。
ユエは反論をいくつか投げたが、しれっとアイスティーのおかわりを注文したリアが、片肘ついてこちらにもう一度視線を寄越す。
悔しいぃぃと敗北の表情になるユエに、リアは今度は――無表情の中でも――真剣な眼をした。
「いいんじゃない。甘くても」
「え」
「どっちにしても命のやり取りになるだろうし。なら、信頼関係が少しでもある方がいい」
「リア……」
「人と人って、案外単純なことですれ違ったりするんじゃない? そのすれ違いを失くすことができるなら、甘くてもいいと思うけど」
―――過るのは、騎士団に所属していたのではないかと言われている“スペール”。
あのウィルを怨むような発言の中には、少なからず私情が含まれているのではないかと思う。
つまり、スペールはウィルとすれ違ったのだ。そして溝を埋められる機会がなく、溝は確かなものとなり、敵意を向けてきているのだろう。
「(ヴァロンがいたら、きっと同じことを言う)」
確信にも似た、あの金髪碧眼の男を思う。
あぁ、いつまで経っても、どこまで行っても、リアにとっての『団長』はヴァロンなのだと痛感した。
思い出される笑顔を描いたとき、頭の片隅になにか大切なことが浮かんだ気がした。
「団長……?」
騎士団の団長はヴァロン。
兼任して、アルベルティーナを守る能力者を率いた守護団の団長もヴァロン。
リアとスペールというヴァロンの部下たちは、通じるものがある気がした……。