033. 共通点
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「まもなくこの船はレガーロ島に到着します。お降りの方はお手荷物のお忘れ物がないようにご注意ください」
「ついにレガーロ島か~!」
「楽しみだね!」
豪快な汽笛が鳴り響く。
海の上を走る客船の甲板でユエは、乗務員が繰り返し到着が間近だと伝えるアナウンスや、周りの盛り上がる声を聞いていた。
ひとり、思考回路を埋め尽くしながら。
「……」
視線は微塵も動かぬまま、水面を揺らす波を見つめるばかり。
目には映している波や海面も、頭の中には入っていない。
ユエを困らせていたのは、昨日足を踏み入れた島にあった。
遡ること数時間前。
「イルマは……もう、死んでる……?」
ダンテライオン一座の座長から届いた手紙にはイルマの詳細が記入されていた。
彼女は既に亡くなっていること。
亡くなる寸前までサーカス団にいて、一座を離れたことはないとのこと。だからユエが気にしていることは勘違いじゃないかということ。
イルマの墓がとある島にあること。彼女の埋葬は座長が執り行ったので間違いないことが書かれていた。
「そんな……だって、イルマはレガーロに……!」
間違いない。
幽霊なんかいてたまるものか。
ついこの間、再会を果たし、一緒にドルチェを食べて笑いあったんだ。死んでいるはずなんてない。
「こんなのおかしい……」
自分の勘違いなんかではない。アッシュもイルマに出会っている。
話が噛み合わないという調査から、どうしてこんなことに発展したのか。ユエの処理能力ではついていけないところまで手を出してしまった気分だった。
「おや?」
「!」
「珍しいですね。座長以外でイルマさんに会いに来てくれる方がいるなんて」
考えに乗っ取られていた時。
ハッと後ろを振り返れば、この墓地を管理している牧師が大きな花束を持って現れた。
どうやらイルマに花を持ってきてくれたようで、にこりと微笑みながらこちらへやってくる。
「ご友人の方ですか?」
「え……えぇ」
「よかったですね、イルマさん。座長も一座の皆さんも忙しいのでなかなか会いにこれないですから、参りに来てくれる方が少ないのですよ。彼女」
「……」
「こうして私が花を手向けるだけでは飽きてしまうでしょうから。今日は嬉しいに違いありません」
にこにこしながら花を供え、墓石に触れる牧師は言う。
まだ信じられない。信じたわけではない。イルマが死んでいるなんて。
「あの」
聞いてはいけないと思っているのに。
聞いたって、望む答えが返ってこないとわかっているのに。
「イルマ……本当に死んだんですか……?」
その瞬間を見たわけでもないのに、背中をじっとりした嫌な汗が流れた。
否定してほしい。これだけの物的証拠があるにも関わらず、人違いですと誰かの口から聞きたかった。
「……貴女は、イルマさんの死に目に会えなかったんですね」
「……」
「まだ受け入れられてない……のですね。お気持ちお察しします」
牧師は“ユエのような者を何人も見てきた”という口ぶりで慰めてくる。
違う。そんなことを言っているわけではない。
死んだのを認めたくないのではなくて、認められないんだ。
だって、イルマはまだレガーロに……--。
「彼女が亡くなって、もう2年になります。早いですよね……」
「本当に、本当に死んだんですか……?人違いではなく?」
「……」
「ここに、あのイルマがいるなんて……おかしい」
「残念ですが……。あの日、葬儀を取り仕切ったのは私でした。今でも鮮明に覚えています。眠るように、安らかな笑みを浮かべて棺に--」
望んだ答えはもらえなかった。
でも、なら、じゃあ、レガーロにいるあの“イルマ”は一体……。
「本当に、本当にダンテライオン一座の空中ブランコの演目をしていたイルマなんですか……?看板娘の、ドルチェ好きな、猫と戯れることが得意で、天真爛漫な……あのイルマなんですか!?」
ついに信じられなくて、牧師に詰め寄ってしまう。
驚いていたようだったが、牧師は哀れみの目をユエに向けていた。
同情、共感、そして哀愁……。
無言がなによりも効くと知っていたようで、そのまま返事はもらえなかった。
ユエが信じられずに、ついに手の力を抜いてしまう。
その隙を見て、牧師は衣服の乱れを直し、お辞儀を一度して去っていった。
「嘘じゃ……ないなら」
レガーロにいるイルマは、一体……誰なのだろうか……。
「レガーロ島に到着しました。足元にお気をつけて順序良くお降りください。この先の旅路に幸あることをお祈り致します!」
豪快な汽笛は鳴り止み、船から港に降りる人々の声が代わりに響く。
きゃっきゃと騒ぎ回る子供達や、観光客に紛れながらユエは故郷に戻ってきた。
貨物の方ではリベルタとダンテの姿が見える。
きっちりと諜報部の仕事をこなしているんだろうと思いながら、ユエはそのまま屋敷に足を向けた。
アッシュなんて説明すればいいのだろう。
次にイルマに会った時、どんな顔をすればいいのだろう。なんと問えばいいのだろうか。
「なんでこんなことに……」
大通りを抜け、穏やかな気候に包まれた人気の少ない小道で、ユエはぽつりと吐き出した。
足を止め、どうしてもわからないことに頭を悩ませる。
どうにも素直に帰る気にはなれなかった……。
―――そんな港が活気ずく光景を、森の中にある丘から見つめていた者がいた。
杏色の髪を揺らし、トンネル近くの丘に立つ。そう、アンナだ。
リベルタにいつか尾行されていた場所にひとりでやってきた彼女は、今日ユエが港へ、レガーロへ戻ってくることを予測していた。
多くの観光客に紛れて、あの中にユエがいるだろうということも。
彼女がいつかここで探していたものは、ないことをもう認めていた。
今、ユエが証拠があるにも関わらずイルマの死を認められないのとは真逆の答え。
というのも探し物が見つからない件に関してアンナはユエとは違い、当事者であるからだ。
ここにないなら、そういうことだ。間違いないんだろう。と、認めるしかないと思っていた。
初夏の日差しにキラキラ輝く海。
エメラルドグリーンのそれは、遠くから見ても美しい。きっとこの色はどこにいても、いつ見てもこの色であり、美しいのであろう。
ずっとあとの時代にも残しておきたいと思っていた。
風に流れる長い髪。
低く二つに結んだリボンは、レガーロに流れ着いたときにひとつ失くしてしまっていた。大事な大事なもの。
今は代わりをフェリチータに借りているが、買えばいいという問題ではなかった。
もう取り戻せない、本当の意味で失ってしまったもの。大切な大切な、贈り物だったのだ。
「エラルド……」
「それって、大事な人の名前?」
「っ!」
突然背後から聞こえた声。
即座に臨戦態勢をとり、飛び跳ねて距離をとる。
同時に館から拝借したナイフの柄に手をかけたが、目で捉えた相手に力を抜いた。
「あなたは……」
「やっほー!アンナちゃん」
くるりん、と毛先がはねた箇所を気にしながら手を元気よく上げて声を掛けてきた彼女。名前は、リリア。リリアーヌ。
「すごいねーここ。こんな場所があるなんて、知らなかった!」
「どうしてここに……」
背後からリベルタの時のように尾行されている気配はなかった。
つまり、気配も音もなくアンナに近付いてきたということか。
ギラと一緒に館に現れた少女・リリア。
決してまだ親しいといえる間柄ではなく、アンナからみればリリアも要注意人物のひとりであった。
「アンナちゃんが街を一人で歩いてるのが見えてね!どこにいくのかな~って思ってさ」
「それでついてきたの?」
「そうだよ。おしゃべりしたかったから」
屈託のない笑顔。騙されているような感覚はない。
アンナが警戒態勢を解けば、もとよりアンナとやりあう気のなかったリリアはゆっくり合間を埋めてくる。
隣に並んで、街並みを見下ろした。
「レガーロって本当に綺麗な街だよね~」
「うん……そう思う」
「ご飯も美味しいし、景色も最高だし、人柄も優しいしさ!」
ウキウキしているんだというような声音で言われれば、アンナも頷くことしかできない。
リリアが何か悪気があって、アンナに敵対を見せる素振りも一切なかった。
「そーんな素敵なこのレガーロを見下ろしながら、アンナちゃんに聞きたいことがあったりして♪」
「……なに?」
どきりと鼓動が跳ねる気配。
このリリアという少女の本領はどこにあるのだろうとアンナが探りを入れたくなった。
嫌な予感がする。
今、触れられたくない扉をこじ開けられる気分……。
「あたしとアンナちゃんって、間違いなく出会ったのは初めてだよね」
「そうだと思うけど……出会ったこと、あった?」
「んーん。ないと思う~」
「なら、どうしてそんなこと……」
「ちょっと確認しておきたいことがあってさ!」
鼓動が早くなる。
予想は何度もしていた。アンナとリリア。
この2人には……
「じゃあさ、」
共通点がある。
「ギラちゃんは?」