032. 海中の街
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ウィルやリア、ジジから新たに得た情報。
禁書の契約者であるヴィヴィと呼ばれる者がいるということ。
そして、スペールが元騎士団のメンバーである可能性が高いということがわかった。
同じオリビオンを守る者として立場を得ているユエは、複雑な心境になる。
リアの体調も確認できた。
顔色もよかったので、彼女のことだ。近々レガーロに来るだろう。
もう完全復帰とも言えるほどだったので安心した。
やはりギラともう少しだけ話をしたいと思ったユエは、早々にオリビオンを立ち去り、レガーロへと戻って来る。
時の流れる速さが違うのは承知の上の行動だったので、戻ってきた際の日付が発った時よりも3日経過していたは致し方なかった。
「あ、ユエ!おかえりなさい」
時刻は朝食を終えたところだろう。
朝陽が眩しくて目を細めながら廊下を進んでいたユエに声をかけてきたのはフェリチータだった。
「フェル」
「青い服だったからすぐユエだってわかった」
ちょうど会えたらいいなって思ってたの。
そう続けられたので首を傾げれば、差し出されたのは一通の手紙。
同じくらいの目線であるフェリチータから、感謝の意を込めて手紙を受け取る。
この手紙は恐らく……。
「ダンテライオン一座って書いてあった」
「うん。手紙を出したんだ。その返事だと思う」
「移動サーカスに手紙を?」
フェリチータが今度は首を傾げたが、ユエは続きを話さなかった。
険しい視線のまま、丁寧な型取りと上品な封筒を見つめる。端に描かれたタンポポと、ラッパを吹くライオンの絵が可愛らしい。
フェリチータが目の前にいるが、この一座の座長には確認したいことがあった。
旧友……イルマのことだ。
ちぐはぐで、記憶が欠落したかのような対応と返答。久しい再会であったのでさほど気にはしなかったのだが、ユエはアッシュに勧められ事実を確認することにしたのだ。
どうしてサーカスを離れているのか。
いつからレガーロに滞在しているのか。
改めて聞いておこう、と。
所作で焦りを感じられないように、ゆっくり、丁寧な手つきで封筒を切り破った。
中から出てきた便箋も同じ柄であり、早急に読み進めていく。
中には手紙をくれたお礼と、ユエとアッシュのことを覚えていること、久しく感じていること、そしてまた時間があったらサーカスを見に来て欲しいことが書いてあった。
同封されていたチケットは2枚。わざわざ招待してくれたようだ。
そちらを有り難く思いながらも、切り出された本題が目に入る。
「これ……」
そこに書かれていた……文字。
羅列の意味に、ユエは目を疑った。
ごくりと生唾を飲み、目を泳がせる。
そんな。まさか。
「ユエ……?」
明らかに様子がおかしくなったユエに、フェリチータが声をかけたが彼女はそのままそそくさと便箋を閉じ、別れの挨拶を告げる。
「ごめんフェル。あたし行くね」
「……うん」
ユエは今オリビオンから戻ってきたのに、休む間も無くなにかを確認するために歩き出したように見えた。
フェリチータはユエが今、何で動いているのかを知っている。故に止めなかったのだが、続いた言葉には耳を疑った。
「フェル、あたしもう2日くらい空けるから、デビトに何か聞かれたらそう伝えておいて」
「え?」
「あと、もしリアがオリビオンからレガーロにきたら無理ない程度に好きにさせてやって。あたしの部屋を使わせていいから」
「ちょっとユエ、どこ行くの?またオリビオンに戻るの?」
「いや……」
決してふざけている印象ではない。
どちらかというと、怖い顔して遠くを見つめていた。
フェリチータが能力を使おうか迷いながらも……抑える。
「ちょっと隣の島まで」
032. 海中の街
耳の奥に貼り付いた銃声。
叫び声、火薬の匂い、そして滴り広がる赤い円。
その円を見下ろしながら、デビトは酷く暗い目をしていた。
光などない、闇に溶ける目だ。
隻眼に映るのは闇そのものであり、片目にはアメジストの宝石が生成された義眼。
見えるものも、映るものも、視るものも……自分を絡め取る負の感情でしかなかった。
「死人に口なしだぜ」
掠れた声で呟いた、精一杯の強がり。
あえて口角をあげて、音もなくその場から立ち去る。
自分が殺した相手は、もう微塵も動かなくなっていた。
「いつまで……」
いつまで。
いつまで、こんなことを。
いつまでこんなことを続けなければならないのか。
「俺は……」
どうして生きているのか。
何故、こんなに苦しいのか。
何を排除しているのか。
何を守りたいのか。
「もう……」
終わりにしてしまう。
館に戻らず、心のままに足を向ける。
高台から見える夜のレガーロはとても美しいが、街灯だけが輝く時刻。
街も薄暗い闇に飲み込まれていた。
どこにいっても、常闇から逃げられないとは。
笑えてくる。
自分が一人になりたい時に訪れる森の奥へ足を向ければ、草木がさざめく音だけが響き、世界にひとりだけ取り残されたかのような感覚がした。
「俺がここで終わっても、」
誰も困りはしない。
ジョーリィが次の駒を探すだけだ。
手に携えた銃。
引き金に指をかけた。
こめかみに当て、目を瞑る。
さようなら、世界。
心を苦しめた世界。
幸せなんてなかった世界。
光なんて浴びることができなかった世界。
純粋で、透明な、デビトの心は既になかった。
生きる為だけに生きていることが辛い。
生かされている。なんのために?
もう……--。
『 生きて 』
「--……」
クリアに聞こえた気がした声。
あぁ、この声の相手を、デビトは知っていた。
あの日、デビトを生かした女。
金髪の、月夜に靡く綺麗な髪。
美しい声。
顔も名前も歳も知らない、どこにいるのかもわからない彼女。
眩しい夏の日差しが、閉め忘れたカーテンから届く。
瞼を持ち上げ、状況を確認すれば、美声の持ち主である女は夢の中だけの幻想であり、今日もまた変わらない一日が始まろうとしていた。
「夢……な」
夢だった。
それにしては久しく見た悪夢に近い、苦い思い出のひとつ。
自分で自分の生命を終わらせようとした日に邂逅した、命の恩人の夢。
少し前に初恋の話をしたからだろうか。
やけにはっきり思い出されたことに、デビトはエメラルドの義眼を抑えて笑った。
痛むわけではない。
今の大事な人を写した瞳。早く会いたいを思いながら……身支度を整え、部屋を出た。
そしてそのあと、デビトの願いは儚く打ち砕かれる。
「デビト」
朝食はいらないと思い、そのままカジノに足を向けようとスーツを背負ったところでフェリチータに声をかけられた。
「あァ、バンビーナ。いい朝だなァ?」
「ちっともそう思ってなさそう。まだ眠たいんでしょ?」
「ちがいねェ。眠ィな。だが?美しいシニョリーナを前に、うかうか寝てらんねーだろ。なァ、フェル」
「口は元気みたいで安心した」
フェリチータがくすりと笑えば、つられてデビトも微笑んだ。
「ユエ、今朝帰ってきたよ」
「そうか」
なら会いに行くか。と思いながらも、すぐデビトに会いに来ないのも珍しいと思っていた。
嫌な予感がすれば……見事にそれは的中する。
「でも、すぐ出掛けたよ。帰ってくるのは2日後だって」
「は?どこに」
「隣の島だって。ヴァニアさんがいる島だって言ってたけど」
恐らく、フェリチータへの説明に省略をしたのだろう。
ヴァニアがいる島ならば、隣の島ではなく近海の島だ。大差はないが、またなんでそんなところに行きたがるのかがわからない。
「確かにヴァニアの一族がいる島なら2日あれば往復できるが……なにしてんだ、ユエは」
「ダンテライオン一座っていう、移動サーカスの座長から手紙を受け取ってた。それを見てから出て行ったよ」
「……」
「手紙を出した返事だって」
その件に関してはノータッチだ。聞いていない。
一体、いくつの事柄を一人で調べようとしているんだと思い、また心配したが……その感情を取りやめる。
一呼吸し、眉を下げて笑った。
「ったく、俺のベラドンナは。帰ってきたら聞くとするか」
「うん、そうだね。寂しいもんね」
「バンビーナ、そうは言ってねェ」
「当たらずも遠からず?」
「はっ、叶わねーな」
あの夢を見た後だ。
別に会いたくはなかったと言われれば嘘だが、会わなくても……まだ大丈夫だ。
どうせ2日ならばすぐだ。2年半に比べれば大したことはない。
気を取り直し、デビトはゆっくりとカードゲームでもしながらユエを待つことにしたのだった。