031. 古今
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
一度止んでいたアコーディオンの音楽がもう一度流れ出した。
リズミカルに刻まれる音の中にもう歌声は聞こえない。
ギラがステージで歌い終わり、恐らく席に戻ったことが感じ取れる中、ユエは溜息ひとつバールの外に吐き出した。
「まぁ、過去のことなんだし」
自分自身に言い聞かせたのは、先程店内で恋人とファミリーたちが話していた話題についてだ。
初恋。
誰にだってあることだ。今の恋人にとっての初恋が自分ではなくとも、今の恋人は自分自身なんだ。
そう思えばどうしたこともないのだが、ちくりと刺さった理由があるのは過去にユエが能力でデビトの記憶を奪っていたからだ。
「仕方ないよね、あの時はそれしか選べなかったし」
そうでなければ皆、死んでいたかもしれない。
後悔したことはなかったが、些かいい気分はしないもんだ。
欲張りになったもんだ。過去も今も、まして未来も含めて恋人の気持ちを欲しがるなんて。
「オリビオンのA殿が、円卓から抜け出して溜息とは……さぞ大きな悩みでも抱えているのか」
「!」
「だが、余程余裕があるように見受ける。ファミリーと食事をしている暇があるのだからな」
「ジョーリィ……!」
バールの出入り口で外の空気を吸っていたユエは、そこに現れ、言葉を投げかけてきた男に目を開いた。
というのも、しばらく会っていない相手と再会する場面だったからだ。
「白い龍、禁書の契約者など、悩みの種があるはずだが……どうやらお前は後回しにすることがお好きなようだ」
「嫌味ですか」
「時間は大切に使用したほうがいい。とくにユエ、お前はトロいからな……」
「わかってるよ。それより、相談役サマがどうしてここに?食事には誘われてなかったでしょ」
壁に寄りかかり、葉巻をふかす男を横目に、ユエは出入り口にあるウッドデッキの手すりに頬杖をつく。
ジョーリィがわざわざここに一人で来て食事をするなどまずありえない。
ならば、誰かに用があって来たんだろうと推測する。
「野暮用の帰りだ」
「あっそ。でもあんたがその帰りにわざわざ立ち寄る場所なの?ここは」
「私とて足を止めるつもりはなかったさ。ギラの歌声が聞こえるまでは」
「へぇ。誰かを賞賛するなんて珍しい」
「どうやら彼女が歌姫と呼ばれていたことは間違いなさそうだ」
吸い込んだ葉巻の煙を吐き出し、壁から背中を離した男はサングラス越しに視線を寄越した。
体は向けず、目で応える。
「だが、彼女の証言ではかなりの回数、こうして人前で歌を披露していたようだ。しかし、レガーロには生憎そのような催しはラ・プリマヴェーラの時にしかない……。ならば、ギラはどこで歌を歌っていたのか、気になっていた」
「……“クレアシオンの歌姫”」
「あぁ。そういうことになる。レガーロではなく、ここではない平行世界に存在している世界から来たのだろう」
ふと、ウィルと等価交換が成立した際に話した内容が話題の中に出た。
イル・ソーレの代償を聞いた時、オリビオンからパラレルワールドに移動したことがわかったヴァロン。
そしてヴァロンが辿り着いた地にいたギラ。
そしてそのギラが今、ここにいること。
オリビオンが、本来レガーロと交わる世界ではないように。
この世界には表裏一体とされる、別の世界もまた存在しているのだ。
ジョーリィがその事を知っているということは、人伝えに聞いたという事だろう。
恐らく、ウィルがエルモに話し、エルモからジョーリィが聞いたというとこか。
「だが、そのクレアシオンは滅んだと聞いた。白い龍によって」
「……」
「そしてその禁書の契約者がギラを襲う……。白い龍の傘下が何故、あの娘を襲うのかを考えていた」
どうやらまだ結果が出ていないようで、そのまま館に向けて歩き出したジョーリィはクツクツと喉の奥で笑いながら去っていく。
「あれ程の美声の持ち主ならば、誰もが傍に置きたいということか」
「笑えない冗談ね。そんな単純な理由なら、殺す必要ない」
「ご名答。それを解読するのが、“オリビオンの一部”でもあるお前の役目じゃないのか……?ユエ」
要はただ嫌味を言いに来ただけか。と、先程とは別の意味の溜息を零す。
さっさと動けと言いたいのだろう。呑気に食事をしている場合ではないぞ、お前の場合。と言われた気分だ。
わかっている。
レガーロに不本意だが、戻ってきてからの日々は落ち着いていて、戦いが終わり戻ってきたような錯覚をさせる。
このままではダメなんだ、と思いながらユエは星空を見上げた。
「コヨミとコズエのゲート……」
星空の奥には微かに光を放つ閃光が空に上がっているのが見えた。
まだ、時代を繋げてくれている。無理をしている可能性もある。
しかし、ギラを狙っている禁書の契約者がいるとわかった以上、オリビオンに戻るのもまた違うだろう。
レガーロに留まらなければならない理由があるのだが、ユエにはスッキリしない日々であり、それはまだ続くということだけはわかっていた。
「明日、オリビオンに一度戻ろう」
ウィルたちに、そしてリアにもう一度話を聞こう。
なにかギラが狙われる理由が隠れているのかもしれない。
呑気に食事なんてしている場合ではないのだけれど。
「あ、ユエちゃーん!」
「どうしたの~?外の空気吸いに行ってたの?」
「ルカが帰っちゃったのかって心配してたよ」
バールの扉をもう一度くぐり、席に戻ろうとした際に見えた光景。
誰もが客人と一緒に笑顔で食事をする姿。
一歩、皆距離が縮まっているような気がした。
ギラがフェリチータとデビトに歌を歌った感想を告げているのが見える。
リリアとパーチェが手をあげてユエを呼び、アンナも微笑で呼びかけてくれるのを見て「今日、食事をしてよかった」とやはり思った。
この一歩の距離が、先に続く謎を解き明かすと信じて。
031. 古今
明けた日の朝。
デビトにオリビオンに一度戻り、状況の整理とリアに会いに行くことを告げた。
あっさりするほど「行って来い」の一言だったので、拍子抜けしたところだったが彼のいいところはユエを自由そのものにしている部分だ。
好きにさせてもらっていることに感謝しながら、ユエは無事にゲートを潜るのだった。
「よっ、と」
久々に足を踏み入れたオリビオンの地。
鼓動の神殿……島の裏側に近い、城の敷地内に着地したユエは聳える王国を見上げた。
「…………。なんか安心する」
レガーロに戻った時も、もちろん安心感はあったのだが、まさかオリビオンにも感じるとは。
ここはもう本当に故郷のひとつになったんだと初めて認められた気がした。
ゲートの見張りを任されていた兵に挨拶してやれば、既にくたびれ始めている新調された団服をみてシャンと姿勢を正す彼ら。
そんな大層な人間ではないのに。と苦笑いしながら、ユエはご苦労様と声をかけた。
有難いことに城の中でも知っている場所にゲートをつくってくれていたおかげでユエは一人でウィルやリアがいるであろう場所に向かうことができた。
渡り廊下を抜けて、談話室も通り過ぎる。
談話室の中から「あれ、ユエ帰ってきた!?」と声をかけられればそこにいたのはエリカやファリベルだった。ちょうどお茶をしていたらしい。
「おかえり!ジジから話聞いて、戻ってこないと思ってた!」
「レガーロにいたんでしょう?戻ってきてよかったの?」
ファリベルも思わず心配そうに尋ねてきたので、ユエはそこは譲らずに頷いてやる。
ここで帰ってしまったら、本当になんの意味みない8ヶ月になってしまうから。
「大丈夫。むしろまだ終わってないからね」
「ユエ……」
「このあと戻る予定なんだけど、リアとウィルに会っておきたいの。どこにいるか知ってる?」
ユエの決意を聞き、改めて強いな……と感じたエリカとファリベルは、顔を見合わせる。
数秒目を見合わせていたが、笑い合ってくれた。
「ごめん、わからないわ」
「代わりにあたしたちも一緒に探す!手伝うよ!」
エリカが明るくユエの手に触れながら言えば、こちらもなんだか元気をもらった気がした。
頷きあい、広くて長い廊下を手分けして人探しタイムが始まるのだった。
といっても、ユエはウィルとリアがどこにいるかは予測がついていた。
外れた時にエリカとファリベルの好意が役立つと思い、言葉に甘えてしまっていたが、静かにやってきた場所の奥には気配が2つ、いや3つほどある。
当たりだろうと読みながら、ドアノブをノックしてやった。
そこはリアの自室だった。
「開いてる」
久しぶりに聞いた声は、予想していたよりも元気そうだった。
ガチャリと回ったドアノブ。正面にあるベッドの上にいると思った相手はおらず、足の踏み場もないくらい書類や文献が山積みだったことに驚く。
あの殺風景な部屋が、ここまで様変わりするとは。
「なに、戻ってきたんだ」
「みんな同じこと言うね」
頬から汗を流して笑えば、窓辺に腰掛けていたリアが不敵な表情を僅かに見せた。
その奥の棚付近を陣取り、本を顔の上に乗せて仮眠をとっていたのはジジ。見るからに疲れているように見えた。
その彼に毛布を持ってきたのがウィルなんだろう。今まさにジジに毛布をかけるところであり、動きはそのままに視線だけユエに向けられる。
「おかえりユエ。元気そうで安心したよ」
ようやく安心したというような面持ちになった王。過保護だな、と頭の中で言い返す。口に出したら面倒なのでなるべく伝わらないように努力した。
「ジジに用なら後にしてあげてくれ。今さっき、久しぶりに寝落ちたんだよ」
「忙しいんだ?」
「まぁね。禁書の契約者の名前が3名は割り出せたから、どんな経緯で契約したのか……追ってるところさ」
「3名?」
ふと、疑問が生まれる。
ユエが名前を知っているのは、スペールとルッスだけだ。残りの3人は名前も顔もわからない。
しかし、ウィルは3名と言ったのだ。
「スペールとルッスでしょ。あと1人、わかったの?」
「……まーな」
ウィルが返事をしなかったので、代わりに返したのはリア。
返事をしなかったのは、ウィルはリアを気遣ったつもりのようだ。
「とにかくその人物たちについて、詳しく調べてるところ」
「なるほど」
「そっちはなんかわかった?」
リアが視線は文献に向けたまま、声だけで聞いてくる。
ユエはどう説明しようか迷いながらも、白い蛇と呼ばれる“ウィル”から聞いた太陽の代償について伝えようと言葉を巡らせた。
「うん。残念ながらギラのことはまだだけど……太陽の代償についてなら」
「!」
「ヴァロンについて……?」