028. 等価交換
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ダンテライオン一座という移動サーカスの集団がある。
その一座の座長に、どうしても確認したいことがあった。情報屋から仕入れたサーカス団の公演地に手紙を送ったのは昨日のこと。
どうしてイルマがレガーロにいるのかが気になる。故にイルマについて詳細を教えてほしいと願ったものを差し出したのだった。
まさか一日で返事が来るわけない。
焦らずに待つユエは、今は別の事柄から片付けようと動いていた。
その別の事柄のひとつが、これだ。
「やぁ、ユエ。この前は手間を取らせてすまなかったな」
白い長髪、白いスーツ。切れ長の瞳は睨みを利かせる蛇のよう。
ノルディアからの商人・ウィル。
彼と等価交換を交わしてからは、まだひと月も経っていないつもりのユエだったが、現実的な時間では既に半年近くの時が流れている。これが時間に干渉するゲートを飛び越えた時の時差ボケに近い感覚か。まだ慣れずにいるユエを他所に、ウィルは腕を組みながらささやかに笑った。
「せっかく来てもらったのに、追い返してしまって」
「今日、片がつくのならそれでいい」
「あぁ。……等価交換を始めようじゃないか」
ユエの手中に握られているのは、ルッスから奪った巡り雫。その雫は彼との等価に値するやり取りに出されるものだ。
そして、ウィルが差し出すのは長年ユエが求め続けた情報……“イル・ソーレ”についての代償や能力の詳細だった。
館の客室で対峙を示すユエとウィル。
くすりと口角を上げながら目を細めた彼の表情がひとつの合図になった。
028. 等価交換
「改めて、ユエ。前回は見事だったね」
前置きと言わんばかりの含みで、ウィルが告げてきた。
それはどの前回を示すのか。ルッスやスペールと戦った時か。はたまた腕章を受け取った時の話か。
「俺もあれから出来る限りで調べてみたよ。イル・ソーレの情報について」
「なら申し分ないわね」
確かめるような口ぶりの彼に、ユエは不機嫌そうに瞼を落とす。
小瓶に入った淡い水色の液体をテーブルの上に置き、ユエは雫を彼に差し出した。
「例の巡り雫よ。煮るなり焼くなり、好きにすればいい」
「ふぅん。これが君が言っていた、水滴型錬成陣発動術か」
「誰でも使いこなせるものだから、使ってみたら?」
試しに小瓶のコルクを開け、そのままウィルに突き出した。面白そうに首を傾げた彼は雫を受け取り、床に数滴落としてみる。
「……」
「望む錬成陣がつくれるらしいよ」
やってみろ、と示唆するユエ。
ウィルがうすらと浮かべた笑みを消して、落ちた数滴の雫を見つめる。
願いを込め、彼はとある錬成陣を発動させた。
「!」
辺りに眩い光が立ち込め、四方八方に散りばめられていく。光源の先には小さな炎が生まれており、煌々と燃え盛りながらウィルを囲んで行った。
思わずユエが黙って光景を見つめる中、やがて炎は納まる。火のあった箇所に現れたのは木箱だった。
「なるほど。本物のようだ」
「……」
「これは実に興味深い」
コルク栓が開いたままの小瓶を眺め、ウィルは満足したような眼差しを見せた。
ユエは難しい顔のまま、彼が望む情報を口にするのを今か今かと待っている。
「素晴らしいよ、ラ・ペーソ。これで等価交換は果たされる」
「ならいいけど」
小瓶の栓を閉じたウィルは、間もなくパチンと指を鳴らした。
同時にユエのベルトについていた赤い腕章が青紫の炎に包まれ、燃え始める。体に害がないと悟ってか、ユエが燃え落ちる証を冷静に見つめながら顔を上げた。
「交換成立ね」
「あぁ。俺が持っている、愛しいイル・ソーレについて教えよう」
現れた木箱はどうやらユエとの交換に必要なようだ。
蓋を開け、中から出てきた一冊の本とワインボトルを傍に置き、ウィルは軽やかに唇を震わせた。
「まず結論から伝えよう。イル・ソーレの代償は、ラ・フォルツァのように宿主の命を喰うものではない」
「……つまり、」
「イル・ソーレのカードを宿す者は、代償では死なないということさ」
刹那、ずっと張りつめていた心の糸が一気に緩むのを感じた。
オリビオンから姿を消したヴァロンは、代償の影響で死ぬことはない。
つまり、生きている可能性があるということ。
代償の影響で死なないのであれば、病死や殺傷がなければ生きている。
ヴァロンが、生きている。
そう誰かに確証を持って言われただけでユエのここまでの努力が報われた瞬間だった。
「よかっ、た……」
喉に張り付いてうまく出なかった声。口から発して耳に戻った言葉は、ユエを酷く安心させた。
もちろん、姿を確認するまでは心から安らぐことなどできないが、オリビオンからいなくなった時に命を落としていたわけではないとわかれば……それだけでも。
「イル・ソーレの代償は、“生まれた場所に存在できなくなること”」
ウィルから告げられる言葉は、確かに聞き覚えがあった。
オリビオンの庭園で、ヴァロンと最後に会話を交わした時。同じことを彼が口にした。
そこから全て始まったんだ。もう一度、ヴァロンに会いたい。死んでしまったのか、助けられるなら助けたい、と。
「タロッコの力を制御し、能力を操る契約者……。彼らが限界を超えれば代償は必ず発動する。それが太陽の場合は“存在する世界の転移”だった」
「存在する世界の転移……?」
「そのままの意味さ」
言葉を言い換えて伝えられると更にわからなくなる。
存在する世界が変わる、ということなのだが具体的にしっくりこない。
「あまりイメージできていなさそうだな。ホームグラウンドが変わり、慣れ親しんだ者たちの誰とも交わることのない世界に移る……」
「……」
「つまり、平行世界さ」
「平行世界……?」
「君も既に体験しているはずだ」
白い蛇が睨みを利かす。
諭すように目で語るウィルに、ユエは自身の存在に気付くのだ。
オリビオンとレガーロ。
過去と未来の位置にある世界線。時代はオリビオンよりレガーロの方が先へ行く。しかし、レガーロと同じ時間や時代で動くわけではないオリビオン。その存在こそが別世界があることを伝えている。
時代も時間も違えど、距離ではなく、この世界には存在するのだ。
自分たちがいる場所とは違う、未知の世界が。
「平行世界。パラレルワールド。これは実に面白いものだ」
「パラレルワールドって……そんな、本当に世界があるなんて……」
「そうかな?俺は君こそがパラレルワールドの存在を証明した人物そのものだと思うが」
「……っ」
言葉が詰まる。
そうだ、と認めざるを得なかった。
ユエの中にはヴァロンのオリビオンの血と、巫女のレガーロの血を持っている。
「そのパラレルワールドに、君が求める男がいる」
「ヴァロンが、平行世界で生きている……」
ニヤァとウィルの口角があがる。何か嫌な気配を感じ取ったのは間違いじゃない。違和感だ。
代償によってパラレルワールドで生きることになったヴァロンは、もうオリビオンに戻ってくることができないのだろうか。
コヨミの勇敢な働きによってわかった、クレアシオンという町の情報。写真に写ったのは間違いなく父にそっくりな男であった。
クレアシオン……そこにいたであろうヴァロンは、つまりその世界に存在することを余儀なくされている。
なら、会いに行くにはどうしたらいいのだろうか。
ふと、冷静になり始め、解析を始めた頭で考える。
クレアシオン。ヴァロンが写った写真。そして、パラレルワールド。
繋がり始めた違和感に、ユエは気付く。
「ヴァロンがクレアシオンにいたってことは……オリビオンからパラレルワールドであるクレアシオンに飛ばされたってことだよね……?」
瞼を落とし、満足げに巡り雫の香りを嗅ぐウィルはユエの言動にも興味がありそうだった。耳だけをこちらに集中させている気がする。
「じゃあ、クレアシオンからレガーロに来たギラって……」