027. Liar
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
晴れ渡る空が建物の隙間から覗き見える。まるで切り取ったパノラマのようなそれは、この薄暗い路地からは考えられない別世界に見えた。
裏路地にある、隠れ家に続くような入口。冷たいドアノブを押し開き、ユエとアッシュは地下へと続く階段を下っていく。
庭と化したレガーロでも、こんな場所は知らなかった。アッシュに案内されなければ来ることはなかっただろう。
海に近いせいか、天井から滴る水滴が肌に当たる度に肩が跳ねる。冷たいし、うすら寒い。
滑らないように進んでいけば、やがて階段の終わりが見えた。
背を屈ませないと通れない程の囲いを抜けて、ランプが灯る部屋の奥へ。
現れたローブの若い男は、前を行くアッシュを見つけてハァイと手をあげてきた。
「お久しぶりですねぇ、アッシュ」
「よう。ひとつ、情報を売って欲しい」
「アッシュの旦那の頼みなら、お安いご用で。さて、いったいどんな情報で?」
瞼が閉じるくらい細い目をしたその男。アッシュとはそれなりの仲らしい。
不敵な笑みが不気味に見えるのは部屋が暗いからだろうか。
洞窟の最深部にいるような感覚を覚え、団服という薄着できたことをユエは軽く後悔した。
どうしてこんなところにいるのか。
事の始まりは昨日、イルマとアップルパイを食べたことから始まる。
旧い友人に再会したユエは、純粋にイルマとの時間を楽しんでいた。
しかし、隣で彼女たちの会話や行動を見つめていたアッシュは、あまりにも過去の“イルマ”という人物と再会したイルマに違和感を覚え、矛盾を感じていたという。
その些細な事柄が気になる。
何故か引き下がろうとしないアッシュに連れられて、ユエは再会するまでの彼女に何があったのかを調べようと試みたのだ。
本当なら本人から聞くのがいいだろう。しかし、昨日の調子なら正しい答えは出て来ない気がした。なぜならば、彼女自体がその答えを持っていない気がしたのである。
「(記憶喪失……とか……?)」
ギラといい、イルマといい。
そんな簡単に記憶が飛ぶことがあっていいわけない。ふるふると首を振りつつも、アッシュの後ろをについていき、この情報屋に辿り着いたわけだ。
情報屋の男に“どんな情報だ”と聞かれ、アッシュはユエを前に差し出した。
一歩前に出てきた彼女を見て、男はニヤリとニヒルな笑みを隠さなかった。
「おやおや。ユエさんじゃないですか」
「あたしを知ってるの?」
「えぇ。ルペタの件、お見事でしたね。あなたでしょう?壊滅させたのは」
なるほど。さすがレガーロの情報屋だ。
思い出して頷き、ユエが知らずともこの男が自身を知っている理由に納得した。
確かに、あの戦いはそれなりに有名になったのは事実。こういう仕事ならば、ユエの顔を知っていてもおかしくないのだろう。
「アッシュからの依頼かと思えば、あなたからのものですか」
「頼める?」
「いいですよ。アルカナファミリアの皆様には日頃からご愛顧賜っておりますので……」
それはそれで裏世界に流通する仕事に手を染めている気がしてならなかったが、聞かなかったことにしよう。下手に手を出せば、デビトから怒りを買いかねない。
ユエがむっと口を噤んで、男から出てくる次の言葉を待っていた。
「さて。ユエさんが欲しい情報……とは」
深呼吸をする間もなく、ユエは唇を震わせた。振動に乗せて伝えた音は、確かに相手に届くだろう。一片の迷いもなく。
「ダンデライオン一座について知りたい」
「ほぉ。この海域で移動サーカスを営む一座ですね」
「その一座の人と連絡が取りたいの。どこにいるか調べて欲しい」
それが、ユエが望む情報だった。
ダンデライオン一座。
それは、イルマがかつて属していたサーカス団の名前。そこのメンバーに話を聞く事ができれば、イルマがいつからレガーロにいて、一体どんな経緯でサーカス団を休むことになったのかがわかる気がしたからだ。
「奇遇ですね。それならば、つい先程新しい公演先を貰ったばかりですよ」
「で、どこなんだそりゃ」
「レガーロから南西に70キロといったところでしょうか。とある片田舎が舞台ですねぇ」
おもむろにガサガサと荷袋を漁り始めた男は、あったあったと一枚の手紙を差し出す。そこにはダンデライオン一座の名前が走り書きで綴られていた。
「ここの座長とは旧い付き合いでねぇ。もし連絡を取りたいのであれば、彼宛に手紙を出すといいですよ。こちらからも話は通しておきますので」
ニヒヒ。と笑顔を向けられて、小さな封筒を受け取ったユエ。
間違いなく書かれた一座の名前に目を落としながら、嫌な予感を感じていた。
「……ありがとう。手紙、送ってみる」
「いえいえ。お役に立てたのであれば光栄です。報酬については後ほど、館にお送りしておきますので」
「あぁ、頼む」
この行動が、大きな波乱を呼び起こす……。
そんな気がしてならなかった。
027. Liar
ユエがこのレガーロに帰還して、それなりに時間が経った頃のこと。
少し前に善意から、見事にユエをジョーリィの思惑に乗せてしまったルカ。彼は深々と反省しながら日々を過ごしていた。
決して多くの事に無理はせず、適度な頑張りで生きて行くことが物事の成功の秘訣かもしれないと改めて実感する。
だがしかし、そんなルカにも--深入りしたら危ないことは重々承知で--深入りしなければならないと覚悟したことがあった。
「デビト」
「あ?」
「どうしたんですか。この間からそんな難しい顔をして」
そこにはソファーでくつろぎながらも、眉間にシワを寄せ考え込む幼馴染の姿がある。きっとユエのことであるのはわかっていたのだが、どうにも放っておけなかった。
機嫌が悪いならばそのまま自由にさせてやるという名の放置をするのが一番ではあるのだが、そうではないらしい。
「いや、なンでもねェ」
「……」
思い切って声をかけてみたのだが、デビトからは軽い返事しか返ってこない。これは傾向として良くはないと察したルカは、紅茶が入ったポットの口を拭いながら考えてみた。
デビトが考える事。そして難しい顔をしても解決するのに悩んでしまう事。
だとすれば。
「ユエの傷の件、ですか」
「へェ。よくわかったな」
「これでもユエを幼児化させたことには責任を感じているんですよ、私。それに、貴方がユエの傷が癒えたことに気付かないはずがありませんからね」
いろんな意味で、と付け加えると兄として複雑な気持ちになるので敢えて言わない。デビトはククッと喉の奥で笑ってみせて、続けた。
「ジジイがユエを幼児化させたのには理由があった」
“知り得ていなければ、懐かしみを覚えることなどない。”
ジョーリィから聞いた言葉が鮮明に脳に蘇る。
ひとりで考えていても仕方ない。突破口が見つからないのであれば、相談してみる価値はあると思い至ったデビト。
「ルカ。ついでだ、よく聞け」
「? えぇ」
そのまま、ルカに話を聞いてもらうことにした。
「ユエの傷が癒えたのには理由がある。治癒能力を持った奴が、ユエに仕掛けてたんだよ、癒しの力を」
「治癒能力……?ファミリーは誰も治癒能力など持っていませんよ」
誰もが思う疑問。ルカから投げかけられたものは、つい最近までデビトも思っていたことだった。
「あァ。アルカナ能力者に傷を癒す力はねェ。が、この館にいる者でユエの傷を回復させることができる人物がいた」
「この館に……?まさか……」
そう、そのまさかである。
ファミリーではなく、この館にいるとある人物……。
「……どうやら、そいつにとってユエは相当大事な相手らしいゼ」
「ファミリーではなく、今この館にいる人物。つまり、彼女たちの中に……リリア、アンナ、ギラが……」
「真相を確認しなきゃ、こっちとしても引き下がれねーからな。問い詰めたが、のらりくらりと交わされた」
「なんと言っていたんですか?」
「証拠はあるのか?ってな。おまけにユエを癒す理由を問い詰めたら、意味深な返事が返ってきやがった」
ルカも思わずデビトが悩んでいた内容に息を呑む。ポットを置き、正面のソファーに腰掛ければ、反り返っていたデビトも体を起こしてきた。
「ユエの傷を癒したところで、相手にメリットがないはずだ。けど、あいつ……リリアはユエを慕ってるみたいな言い方をした上で“過去に何度も何度も会ってるかもしれない”とまで言ってきたゼ」
「リリアとユエが初対面では無いということですか?」
「あァ。が、ユエからしたらリリアは間違いなく出会った事無い相手だったはずだ。話が噛み合わねー」
「そうですね……。ですがそれが本当の話であり、リリアがだからこそユエを慕い、自身が持っている治癒能力を使ってユエを癒していたのであれば……妙に納得もいきます」
口元を押さえ、考え込んだルカと頷くデビト。
チクタクと古時計の進む音だけが響く空間で、二人は考えを巡らせる。
「もしかしたら、ジョーリィはそのことに気付いていたのかもしれません」
「ジジイが?」
「はい。ジョーリィがユエを幼児化させる時に、“試せばいい”と呟いていました。もし、もし仮にリリアが本当にユエのことを昔から知っていたのであれば、ジョーリィはその確信を得たかったのかもしれません」
「だからユエを幼児化させ、その姿をリリア達の前に見せた……」
「ですが、だとするとジョーリィの目的も不可解です。単にユエを保護する意味でリリアの存在に目をつけたのでしょうか」
いや。どちらかというと……。
「ジジイは、リリアの治癒能力の方に釣られて動いてる気もするけどな」
「それは侮れません。私もそんな気がします」