024. 罪なきアップルパイ
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024. 罪なきアップルパイ
「……はぁ」
食堂の窓から見える風景は、夏らしい日差しでキラキラしていた。
誰もがレガーロが輝く季節だと思える今日この頃。
昨日、幼女化するというハプニングを乗り越えたユエは、遅い朝食を食べながら大きな溜息をついていた。
「どうしたんだい、ユエ。今朝焼いたクロワッサン、口に合わなかったかい?」
「ううん、違うのマーサ。クロワッサンは美味しいから気にしないで」
「うん……?ずいぶんぐったりしているし、朝食というより昼食に近い時間だからねぇ。体調が悪いんじゃないのかい?」
「いや、ほんとに大丈夫……」
ユエにとっては朝食だったが、マーサからすれば昼食の準備を始める時刻。いつも通り、かなり遅い時間に起床したユエは気怠さを感じながら頭を抱えていた。
「まさか断られるなんて……」
体が少しばかり怠いのは色々諸事情があるからだが、溜息が出るのはまた別の理由からだ。
目が覚めて、体調が完全完治したユエはとある男のもとに足を赴けた。
予想もしていなかった、この館の中に今現在客人として滞在している”行商人・ウィル”のもとへだ。
どうしてあの男がレガーロのアルカナファミリアの館にいるのかは謎だが、聞いた話によるとモンドが呼んだらしい。
食えない男だが、近くを行商しているなら寄っていけ、と。
それでエルモがノルディアまで彼らを迎えに行き、おまけで付いてきたセラフィーノとテオと一緒にスペール&ルッス戦で参戦してくれたようだ。
ここに留まっている理由はわからないが、ユエの手元には彼と契約を交わした赤い腕章がある。
そして、それと引き換えにできる巡り雫も揃っていた。
しかし。
いざ、話を聞きに行こうと勇み足で向かったところ……なぜかネーヴェに門前払を喰らったのだった。
「”旦那様、今はお話したくないそうです……。ごめんなさい”って……どーゆーことだよ、あの蛇男」
どこからか耳にした”白い蛇”と呼ばれるウィルを、悪態ついてユエは蛇男と呼び捨てた。
机に突っ伏して、サラダとフォークを視界いっぱいに写してから、もう一度深く溜息をつく。
「こんなにゆっくりしてる場合じゃないんだけどな……」
小鳥の囀りを聴きながら朝食を食べる優雅な時間。
こんな時間を望んだ覚えなどない。今は禁書の契約者について調べを進めること、白い龍の居場所、そしてギラやアンナ、リリアについて一刻でも早く理解しなければならない。
その先にくる、太陽……ヴァロンに繋げられるように。
「あれ?ユエちゃん?」
「んー……?」
思考回路をくるくる回していたユエに、明るく声をかけてくる人物がいる。一体誰だ?こんな時間に館にいて、且つ食堂へふらふらと来れるということは余程時間がある者なんだろう。
ファミリーの者ならば各自セリエにて仕事をこなしている時間である。
と、思い返してユエも傍からみたら、余程時間がある者に見えるはずだ。こうしてこの時間に、ここにいるのだから。
「あ、やっぱりユエちゃんだっ!」
食堂の入口から声をかけられたユエは、体を机から起き上がらせると同時に人影を捉えた。
水色の髪にセーラー服。にこにこ元気な笑顔の娘は、ユエが帰還する前からここにいる……リリアだ。
「おはようユエちゃん!っていっても、もうすぐお昼だね」
「おはよ、リリア」
「体の調子はどう?もう痛いところとかない?」
ぱたぱたとユエの席まで駆けてきたリリアは、ユエの体を見回すようにして確認してみせる。
心配かけたのかな、と思い眉をさげて告げてやった。
「ありがとう。もうどこも痛くないから平気」
「本当?それならよかった!なんていったって、ユエちゃんはあたしの恩人だもんねっ」
「恩人?」
「うん!」
当たり前のようにユエの正面の席に腰掛けて、マーサにジュースをお願いしているリリア。
ユエはその人懐っこさを、素直に可愛らしいと思った。リリアの明るさに元気をもらえる。
「だって、スペールやルッス戦で何度もあたしのこと助けてくれたでしょ!だから、ユエちゃんはいろんな意味でリリさんの恩人だよっ」
「いや……もともと、ルッスをノルディアで仕留められてたらあんなに被害は拡大しなかったし……。むしろ巻き込んでごめん」
「謝らないでよ!あたしなら大丈夫だよ!」
サラダもクロワッサンも、オムレツももういらない。投げ出したフォークをそのままにしていたユエは、食器の向こう側から体を前に屈ませてくるリリアに目をぱちくりさせた。
「大丈夫だよ、ユエちゃん」
「リリア……」
「だから……無茶だけはしないでね」
「……」
切なく、冀われる。
何も言い返す気になれなくて、視線を逸らしてから微かに微笑んだ。
「うん。ありがとう」
「えへへ~!あたしね、こうしてユエちゃんと、またきちんとお話したいって思ってたんだ。だから今、すごく嬉しいよ!」
素直に好意を向けてくれることが、これだけ温かい気持ちにさせてもらえるなんて。ユエは久しぶりに実感した気がする。
ストローを使い、パイナップルジュースを飲むリリアにユエはまた笑顔が漏れた。
ふと、色々気になっていたことをここで聞いてもいいだろうか。
口を開きかけ、言葉を発しようとした時だ。邪魔が入ったのは。
「ユエ」
食堂の入口から、聞き慣れた声が呼んでいる。
一度はリリアに向けた視線も、そっちへ連れて行かれればアッシュの姿があった。
「お前、またこんな時間に起きたのかよ」
「まぁ……。色々あって」
その色々を、なるべく伏せておきたくてユエは気まずそうにアッシュから視線を逸らす。
……敢えてなにも言わないアッシュは、はぁ。と聞こえる大きさで息を吐き出して続けた。
「いいけどよ。俺はお前が何してようと」
「……。」
「隠してるつもりだろうが、察しはつくしな」
「う……っ」
「ところで、このあと時間あるか?」
ゆっくりとした歩調で歩いてきたアッシュは、ユエの前で立ち止まる。斜め前にリリアが見えれば、彼女の方から「チャオ~アッシュ!」なんて声をかけてくる。軽く、だがきちんと挨拶を返してからユエの返事を待った。
「あるけど……。肝心のウィルには会えなかったし」
「ならちょうどいい。後でヴァスチェロ・ファンタズマまで来い」
「いいけど……なんかあったの?」
「お前の話。もう一回最初から詳しく聞きたい」
ユエがしゃんと背筋を伸ばし、きちんとした姿勢に戻る。
リリアはストローをくわえ、ジュージューと音を立てながら飲み物を飲んでいたけれど次の単語で僅かに表情が険しくなった。
「”白い龍”についてな」
「……ーー」
「なにかわかったの?」
「グラサンから古代文献を読めって言われてな。ヴァスチェロ・ファンタズマで読解してたんだよ。そのまとめをお前と一緒にできればと思ってな」
「わかった。支度したらすぐ行く」
「あぁ。悪いが俺は先に行ってるぜ。買い出しの用があるんだ」
そのまま食堂を後にしたアッシュ。立ち去る背中を見つめながら、ユエはしばし無言を貫いた。
リリアから見て、恐らく何か思案しているに違いないと読める。何も触れず、何も触れらる前に立ち去るのが吉だと悟ったリリアは、飲み干したグラスをコトンとテーブルに置いた。
「あ~美味しかった!それじゃあ、あたしも行こうかなっ」
「リリア、これからどこか行くの?」
「うん!街までおさんぽ!」
ジュース飲んで、お腹ちゃぷちゃぷだから!と付け加えれば、誤魔化したようではなく、それなりに聞こえるのは彼女の声質からだろうか。
ユエはそのままリリアの背中を送り出すが、何かが気になるようだ。
だからこそ、最後に尋ねる。
「リリア」
「なーに、ユエちゃん?」
「……変なことだったら、ごめん」
一度、最初にクッション言葉を置き、ハッキリと聞いてくる。
「リリアは、クレアシオンについて……何か知ってる?」
ーー……その地名は、この戦いに大きく絡む町の名前。
ギラが語る町だ。
少しでもいい。この町について、そしてそこにいた”ネオとスザク”について話が聞きたい。
その先に、ヴァロンに繋がる手がかりが欲しい。
ユエはそう思っていた。
リリアからユエの声は切望に聞こえただろう。
細く、だがしっかりと答えを受け止めるかのようなそれに、リリアは泣きたくなってしまう。
……やがて、声を落ち着かせて告げた。
「ごめんね。あたしは、その町のことは本当に何も知らないんだ」
「……そっか」
”なら、何を知っているの?”
ユエの心の声が聞こえた気がした。
だけど、彼女はリリアを、そしてアンナをギラを信じることに決めている。
何か決定的なものが見えるまで、疑うことはしないだろう。
「ありがとう」
小さく告げたお礼に、リリアは眉毛を下げるほかなかった。
降下する瞼をそのままにして、もう一度意地で押し上げる。
食堂を出た途端に、切なさで苦しくなる胸を押し潰されないように。必死にただ歩くだけだった……。
◇◆◇◆◇
相変わらず、自分の幼馴染は誤魔化すことが下手だと思った。
その分、嘘が含まれていないとわかるから扱いやすいのだけれど、そんな長所が短所に成り得るとユエが自覚していないのが心配だ。
アッシュはレガーロの街を抜け、石灰岩の入江に向かいながらそんなことを思っていた。
「今更だろ……」
ユエが気怠そうにしていたこと。
それから今朝、すれ違ったデビトが満足そうにしていたこと。
どちらも確認すれば安易に想像できることだ。
過去に心から思いを寄せ、玉砕したといえるアッシュ。彼もまた、この2年半できちんと気持ちに整理をつけていた。
だからこそ、ユエが帰還し、デビトが少しでも報われるならそれはそれでいいことだと思える。
アッシュは小さく祝福しながら、スーツのポケットに手を突っ込んだ。
「さて。さっさとやるべきことを片付けるとするか」
ユエがヴァスチェロ・ファンタズマに来るまでに、少なくなってきたリンゴの補充とインクを買い足しておかなければならない。
考察をまとめながらメモを取るつもりなので、カスカスになったペンで字を書いて、後で見返して読めないなんて失態は避けたいものだ。
裏通りにある雑貨屋に向かうため、アッシュは薄暗い石畳の道を迷いなく進み続けた。
この道は人通りが比較的少ない。
そんな影が広がる道には、意外とおしゃれな隠れ家的な店が多く軒並み揃えている。アッシュが向かっている雑貨屋もそうだった。
年老いたお婆さんが経営しており、窓辺にテディベアが飾ってあるのが印象的だ。とても可愛らしい内装であり、普段のアッシュからは想像もつかないお店であるがここのインクが長持ちするのを知ってからは定期的に買いに来ていた。
「ん?」
テディベアの窓辺がもう少しで姿を表す。
矢先、アッシュは見知った姿をみつけてしまった。
「あれは……」