023. Pazienza
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がちゃり。と無遠慮に開かれた扉。
身に纏わりつく葉巻の匂いはこの部屋の特権でもある。この香りを嗅ぐたびに、ここへ来たんだと思わせられるから。
続けて正面の資料に埋もれたテーブルの上に、分厚い書面を出してやった。
ここは誰もが恐れる相談役・ジョーリィの研究室。
その助手であるアッシュは、こうしてヴァスチェロ・ファンタズマでまとめていた考察を書面にし、ジョーリィに提出しに来たというわけだった。
「遅くなって悪かったな。これでも一応最短になるよう、努力したんだぜ」
椅子に腰掛けていたジョーリィは、目前にやってきて無愛想に言い放つ男を見上げるだけ。くすくすと笑いを漏らすのはいつものことだったので、アッシュも気にしていなかった。
「ジョーリィ。テメェがあんな分厚い文献を読めっていうから読んだ上で思考を俺なりにまとめてきたんだ。有り難く思えよ」
「クックック……ならば、天才錬金術師の子孫殿。白い龍の正体についてはわかったかな……?」
「……」
ポコポコ、と試験管の中の水泡が音を立てた。怪しく光るそれらは、”白い龍について”関係のあるものだろうか。
「ユエは未だ我々に隠していることがある……それを暴き出し、戦いに備えなければならない」
「……確かに、簡易的な内容はユエから聞いた。が、俺が持ってきた資料は俺なりにまとめたものだぜ。お前が読めって言った文献を参考にな」
「それはご苦労。ならば次はお前の考察と、ユエが語る真実と照らし合わせて答え合わせをしなければならないだろう」
まるでジョーリィは、求める答えの標的を変えたような言い方であった。
先日……7月17日。ユエが帰還するまでは白い龍についての答えを知りたがっていたが……今は、別の答えを知りたいように思える。
「あぁそーだな。でも、どっかの誰かが幼馴染をガキにしてくれたおかげでその答え合わせ自体ができねーよ」
「クックック……」
「どういうつもりだよジョーリィ」
「なんのことかな……?」
「ギラを狙ってる奴らの手がかりも目的もわかってない、ギラとリリアとアンナについての身元も不明、おまけに白い龍についての読解もできてない。……この人手不足な中で戦力になるユエを使い物にならなくした訳を教えろよ」
デビトが不憫だと思ったのもある。
あれだけ待たされて、きっちり説明を受ける間もなく怪我の回復に勤しむアモーレ。やっと落ち着いてきて、さぁここからファミリーでもう一度謎解きを始めようとした矢先……何故か子供の姿にされてしまったユエ。
今までどうしていたのか。という問いも落ち着いて出来ないとは。
「意味が全くねえなら、やめてやれ。さすがに不憫だ」
「意味……?意味ならあったはずだ。大きな収穫が」
「は?」
ジョーリィが手にしていた書物を置き、立ち上がる。
大きな水槽の前まで進めば、かつてそこにはエルモが収容されていた場所だと思い返す。
奥の部屋で当の本人……エルモは本を読んでいる。が、先程から気配がこちらに向いていることにアッシュは気付いていた。
「知り得ていなければ、懐かしみを覚えることなどない」
「どういうことだ」
「ユエの幼少期を知るはずもない人物たちが、あの姿のユエを見分けることができた……。即ち、それらが表す事柄が見えてくる」
「……ユエの幼少期を知るはずない奴が、今のユエの姿に懐かしさを覚えてるだと? デビトのことか?」
「アイツに幼少期、ユエと絡んだ記憶はない。ラ・ペーソが代償として持ち去っている」
「なら……」
今、この館の中にいる者で。
ユエのアルカナ能力の代償を受けたこともない者で。
昔のユエを知るはずないのに、子供のユエに懐かしさを覚える者がいる……。
「それが彼女たちの身元を示し、目的を語る一部になる……。そこに白い龍が絡めば」
「ってことは……ーー」
ギラ、アンナ、リリア。
あの者たちの中に……。
「それが”答え”さ」
023. Pazienza
「ンじゃ、頼んだゼ。ロロ、ジェルミ」
「ウィッス!」
「お気をつけて。カポ、ユエ」
「いってきまーすっ!」
アッシュがジョーリィに書類を提出しに行っている頃。
イシス・レガーロではデビトとユエの見送りが行われていた。
ジョーリィの薬を飲み、体が子供に戻ってしまったユエは、自由気ままに、本能のままに行動するようになっていた。
デビトの傍を離れたくない。と四六時中彼の後ろをついて回る。おかげでカジノにまでついてくる始末であり、ーー気持ち的にーー……仕事にならない。
既に薬を飲んでから一夜が明けていたので、恐らく今日の夜には……元に戻るはずだ。ルカの話によればだが。
あまりにも、いや前代未聞にユエが構ってちゃんになってしまったので、愛らしいと思う反面、どこか扱い辛さを感じるようになっていたデビト。
カジノに来る客からも、
「デビトさん、お嬢さんがいたんですか?」
なんて聞かれるものだ。本当に仕事にならない。
せっかくの稼ぎ時、邪魔されてなるか……と思いつつ、最愛のアモーレだと思うとどうにも拒否がうまく出来ない。受け流しても相手が子供だ。わがままで我を突き通そうとしてくる。
見兼ねたレナートが「カポ、ユエと一緒に街を散策してきてはどうですか」なんて言い出すものだから、それに乗ってしまったのだった。
「あァ、そうだ。ジェルミ!」
「なんスか、カポ?」
「ルカがここに尋ねてきたら、そいつを渡しといてくれ」
”そいつ”と言って示されたのは小さな封筒だった。
なんスか、これは。と続けたジェルミに、ただ一言。
「”ネオ”の件だ」
「ネオ?」
「そう伝えればわかる」
さて、行くとするか。と小さな子供を引き連れて、デビトはシエスタ時のレガーロへと足を赴けるのであった。
……ネオ。
それは、ユエが帰還する前。ルカがギラからの言葉をもとに、割り出した手がかりの一つ。
ギラの身元がわかれば、どうしてスペールたちがギラを追っているのかがわかるかもしれない。そう判断した。
なので、この街にいる”ネオ”という人物を探せば、ギラについての何かが出てくるかもしれないと読んだが……結果は残念なものに終わる。
「(悪いなァ、ルカ……このレガーロ島に”ネオ”って呼ばれる人物はいねェみたいだゼ)」
そう。レガーロに”ネオ”という名を語る人物は誰もヒットしなかったのだ。
もちろん、別の島などではあるかもしれないが、今ファミリーが手の届く場所にその存在はないということ。
もともとギラはレガーロの出身ではなかったのだけれども……。
「クレアシオン……か」
確か、そんな街の名前を口にしていた。
わかる単語として、そこから調べていった方がいいかもしれない。もしかしたらジョーリィかアッシュあたりが既に調べているかもしれないけれど。
思考回路をフルで回転させれば眉間にシワが少なからず寄る。
今日、結果が出たとルカに連絡した。ネオについての報告を知ったルカは、この次に一体どうするか。共に考えるべきだとデビトは思う。
……隣で呑気に歌を歌いながら、どこから拾ったのかわからないネコじゃらしを振り回すユエに、思わず溜息が出た。
「でびと?」
「あ~?」
「かんがえごと? まゆげがよってるよ?」
「そーだなァ。お前がいつになったら元に戻るのか、考えてたンだよ」
「ユエはユエだよ?」
「そーだな。じゃなきゃさすがに困るゼ」
「じゃあ、このねこさんじゃらし、でびとにあげるから!げんきだして!」
ひらひらと振っていたネコじゃらしが、ポケットに入れていた手の近くにやってくる。
これも優しさなのだろうと思えば、受け取らずにはいられなかったので仕方なく、いや有り難く頂戴し、右手に携えた。
両手が空いたユエは、次にデビトの左手をポケットから引っ張り出し、強引に手を繋ごうとする。
「でびとのおてておっきいねー!」
「そりゃ今のユエから比べたらなァ」
「でもおっきいときも、でびとのおててはユエよりおおきかったよ」
「……お前、やっぱデカかった時の記憶があるのか」
確かに思考と容姿が小さくなるだけの薬だと説明された。つまり、元々過ごした20年程の記憶は彼女の中にきちんとある。
「……」
また少しだけ、取り残された気にされたのは隠しておこう。
ユエがデビトと出会った、4歳から7歳になるまでの記憶がないことが……今、こんなにも心苦しい。
「ねぇねぇでびと、どこいくのー?トランプしないのー?」
「シエスタさ。さすがにお前を俺のアモーレとして、シニョリーナに紹介したら俺ァ犯罪者になっちまう」
「はんざいしゃー?」
「……呑気なもんだなァ」