022. 手蔓
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「……なンだ、コレは」
「えっと……その」
「あ、でびと!でびと!」
「……なンだ?コレは」
「でびと!でびとー!」
「その、いろいろ……ありまし、て」
「ねぇーえ!でびとぉー!」
「……。」
それは、とても夕焼けが綺麗な一日の終わりに発覚した。
ひくひくと動く頬から目尻にかけての筋肉。
ことの有様を理解するには少しばかり時間がかかりそうな事態。
眼帯で隠れた目の下は伺えないが、見える黄色の瞳は明らかに納得できない怒りを覚えている。
おそらく、その怒りを理不尽に受け止めることになろうであろう……幼馴染は覚悟の上で彼に話をしに来ていた。
「ユエの傷が異常な回復力で癒えたと聞きました。おかしいと思い、ジョーリィに診てもらったんです……気は進まなかったのですが、その……あとから更に事態が深刻化しても大変だと思ったので」
「深刻化してるじゃねーか」
「そうなのですが……っ!でもユエの体に異常がないことはわかりましたから!」
「異常が既に出てンだろーが」
「い、いやこれは、その、いつもより少しばかりユエが小さく、そして素直で可愛らしく見えるだけで……」
「無理があるだろーが。ルカちゃんよォ……」
まさか、ユエが幼児化してしまう心の準備はできていなかった。
しかしデビトは今朝リリアに詰め寄り、彼女がユエの傷を治しているのを知っていたし、ユエ自身から怪我が癒えるのが早いのも聞いていた。
ジョーリィに診せる予定も、そのつもりもなかったが、傍から見たら心配するのは仕方ない。
ルカがユエを案じてジョーリィのもとへ連れて行ったとなれば、理不尽な怒りをぶつける気にもなれなかった。
そう。
ひょんなことからユエの傷が完治したことを知ったルカは、ジョーリィのもとへと彼女を連れていき、容体を診てもらった。
結果、なんらかの力により完治した傷は、ユエ自身にリスクはなにも伴わないことがわかった。
医術にも錬金術にも精通しているジョーリィがいうのだからまず問題ないだろう。
が、問題はその後に起きた。
誰も気づいていないが……今朝、リリアとデビトの話を廊下の角から立聞きし、情報を得ていたジョーリィ。彼は何かを試すという意味で、ユエに体が幼児化する薬を盛ってきたのだった。
見事に乗せられたユエは、薬入りのショコラータを口に含まれ……今に至る。
先程から金髪でお目目ぱっちりの幼女がルカとデビトの周りをぐるぐると徘徊し、あーだこーだ声をあげてきている。
「すみません、デビト……。私がついていながら……」
「まァ、ヘタレ帽子ルカちゃんだからなァ」
「るかのへたれぼうしー!」
「返す言葉もありません……」
「……で。このガキんちょは、いつになったら俺の美しいベラドンナに戻るわけだ?」
起きてしまったことは仕方ない。
憎たらしいジジイの顔がちらちらと脳内をうろついたが、無視することを決め込んだ。
ひときわ大きなため息をついた後、デビトがルカに尋ねる。
「盛られたのはショコラータ一粒の中に含まれる薬です。多く見積もっても、明日の夜には元に戻るんじゃないでしょうか……」
「はぁぁぁ……」
「るかーぁ、おなかすいたー……!」
自由にわがままに声をあげる幼子は、紅色の瞳でルカを見上げてくる。
もう少ししたら夕食の準備ができますからね。と返す兄に、駄々をこねている様は本当に幼い子供だ。
「……」
少し、複雑、だ。
デビトの中には、ユエが幼かった頃の記憶がない。
どんな出会いを果たし、どんな日々を過ごし、どんな仲だったのかもすら。
今更それをどうこうしようなんて思いもしないけれど、今のユエの姿を見ていると少しだけ後悔の念が渦巻いてくる。
もし。や、あの時、こうしていうれば。や、例えば。とか。
「でびとー!おんぶぅー!」
「ったく、しょーがねェな」
もし、幼児化するのが逆だったなら。
ユエはデビトのことを懐かしんだだろう。
その気持ちが、少しだけ羨ましい。覚えていないことをこういう形で後悔するなんて思いもしなかった。
起きてしまったことは仕方ない。どうにもできないからこそ耐えるしかないのだけれど、デビトの表情に小さな影りが映る。
「デビト……」
しゃがんでやり、幼児化したユエを抱えたままデビトは自分の部屋に戻ることにする。
そんな二人を、ルカが……気持ちがわかるからこそ、切ない眼差しで見つめていた……。
022. 手蔓
夕食時。
食堂に集められたファミリーは、異常な空気に即座に気付いていた。
「ユエ、みーとろーふがいいなぁ」
「だめですよユエ。今日はミートローフは作っていません。こちらを召し上がってください」
「や!ぶろっこりーいらない!」
「あぁっ、そんな風に食べ物を扱ってはいけません!いいですか?ブロッコリーはこうしてドレッシングをつけて……」
「いやぁ!」
「こらっ、ユエ!」
「…………おい、なんだこの茶番は」
誰も突っ込まないようにしていたわけではない。
突っ込む気力すら失せる程の、異常な空気が漂っていたからだ。
リベルタ、ノヴァ、パーチェはもはや口を開けたままユエとルカのやり取りに驚きを隠せないでいる。
デビトに関しては奥の席で足を組んだまましかめっ面であり、ワイン片手に不機嫌な様子だ。
思考回路が最初に戻ったアッシュが、思わずルカに突っ込む。
皿の端に追いやられたブロッコリーをフォークで追いかけながら、ふりふりエプロンを着た従者は振り返った。
「簡潔に言えば、ジョーリィのせいです」
「は?ジョーリィ?」
「あの人にユエが薬を盛られたんです。幼児化する薬を」
「はぁ?なんだそりゃ。それでユエが子供に戻ってんのか?どーゆー趣味だよあのグラサンは」
「知りませんよ……!」
あぁ、どうりで部屋の端っこで眼帯ヤローが大人しいーーという名の不機嫌ーーなわけだ。
アッシュが気の毒に、と目を向けて苦笑い。
ノヴァとリベルタも思考が戻ってきたらしく、ユエの姿に声をあげている。
「ジョーリィがユエに子供に戻る薬を飲ませたってことか!?」
「一体、なんのために……」
「子供のユエが懐かしかったのかなぁ?」
パーチェもつられてそれとなしに言った言葉。
次いでガンッ!とテーブルにワイングラスが置かれる音がする。小さな主張に気付いたルカが、ヒッと声をあげていた。
今回はルカも責任を感じているらしく、先程からデビトの顔色を伺うばかりだ。
「だが、今はギラたちの件を速やかに調べるために人手が必要な時期だ。そんな時に、どうしてジョーリィはわざわざユエを幼児化する」
「回りくどいなぁヒヨコ豆。なにが言いたんだよ」
「僕をヒヨコ豆と呼ぶな!」
ノヴァが静かにリベルタに噛み付けば、リベルタがはいはいと簡単に流している。
つまり、ノヴァが言いたいことは……
「ジョーリィにも、なにか考えがあるんじゃないか……?」
「そうかぁ?」
「あの人は、いつも人の反応を見て楽しんでいるだけです。意味なんてありませんよ」
冷たく言い放ちながら、ルカは妹の口にブロッコリーを向け続けていた。
しかし、ユエは相当食べたくないようで首をぷいっと左右に振って上手にルカのフォークから逃れている。
「にしても、薬とはいえ子供に戻っても姿形はそのまんまなんだな」
「そうなのアッシュ?」
「あぁ。まるでヴァスチェロ・ファンタズマに初めてきた時のユエそのまんまだ」
再度、テーブルの角でガンッ!と音が鳴り響く。
今度はルカとユエも気付いたようで、くるりと視線を逆にした。
ワイングラス、それからボトルを叩きつけるかのように置きながらも、なんとか物腰やわらかく、スマートにみせようとしているのはレガーロ男の意地だろう。
「あれ?デビト、もういいの?」
「あァ。十分楽しめたからなァ」
ワインのみ。
食事はいらねぇと告げ、食堂を出て行こうとする。
アッシュとノヴァが再度”気の毒に……”なんて思いながら哀愁漂うデビトの姿を見送ったのは言うまでもない。
が、驚いたのはユエの行動だった。
「まってっ、まって!でびと!」
「あ、ちょっとユエ!まだ食事が……」
「ごちそうさまでした!」
「ユエ……!」
ブロッコリーを逃れたいためだけじゃないだろう。
食堂から姿を消したデビトを追い、小さな足でぱたぱたと彼の後をついていく。
途中でアッシュと擦れ違うのは必然で、その時に
「ぶぉなのってっ、あっしゅ!」
「あ、あぁ……ブォナノッテ」
なんて優雅に挨拶を交わしてきた。
余裕だな……なんて思いながらもアッシュは、あとでジョーリィに話を聞いてみようと密かに思うのだった……。